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ただでさえ難しい二者択一を前に、酔った頭じゃますます判断は鈍くなる。結局、投げやり気味に決めた選択肢が正しいのかどうかも分からないが、とりあえず、薄暗い部屋にミドがいる。
正確には、ミドの生首がいる。
「うーん。なんて言うんだったかな、これ。ミュー、違うな、なんとかレアリズム、レアリスリズム? なんだっけ、ああ、そうだ、シュールだ、シュールレアリスリズム? うん? 本当にシュールか? 忘れたな、もう」
いくら母国語とはいえ、話す相手もいないと忘れていくものだ。たぶん、シュール、だったはず。
ベッドの上に白銀の髪が長く広がり、その中心に生首が据わっている。丸い瞳がきょろきょろと動いている。
「あのう、トモスさま? 私、どうすればよろしいのでしょう」
「僕もそれに悩んでる」
まず、同じ部屋でいいのか、というところが問題だった。しかし記憶喪失な上に生首を鎧にくっつけているだけのミドをひとりにさせるのに不安があったし、そもそも鎧のままどうやって生活するのかという疑問もあった。
甲冑でベッドに横になるのはおかしい、というのは一般常識だろう。だからミドの首だけを取り外して、ベッドに置いてみたのだけれど、これは一般常識としてどうなんだろう?
はっ、と僕は気づいた。
「もしかすると、生首を取り扱う常識は一般的じゃないかもしれない」
「いま思い至られたんですか」
「でも甲冑で寝るよりは気楽じゃない?」
「はい……いえ……うーん……」
生首にも生首なりの問題があるらしい。
「ま、今日はこれでいいか。とりあえず寝支度をしよう」
宿に風呂はないけれど、追加料金を払うとお湯がもらえる。それで身体を拭くわけだ。
洗い立てのタオルを浸して絞り、ミドの隣に腰掛けた。頭を持ち上げて膝に載せ、顔を優しく拭いてみる。
「わっ……ふあぁ、温かいです……お手数おかけします……」
「本当は髪の毛も洗ったほうがいいんだけど。また洗髪剤とか買っておくよ」
「すみません、お気になさらず。お手間をかけるのも申し訳ないので、切って下さっても」
「うーん。もったいないからいいんじゃない? このままで」
手に掬ってみれば、細いのに絡みもせず、さらさらと手触りの良い生地みたいだ。長い髪をここまで手入れできると言うだけで、ミドの素性は予想もできるのだけれど、それはそれで余計に謎も深まる。
「ミドはどこから来たんだろうなあ」
「もうふぃわふぇありまふぇんなにもわふぁふぁらくて」
「そっかそっか、大変だ」
顔を拭き終えたタオルをたたみ、ミドの頭を枕に横たわらせてみる。
「どう? 眠れそう?」
「頭だけで横になるって不思議な感覚ですね……あ、でもなんだか落ち着きます! 眠れそうです! 眠くなってきました!」
「健やかでいいことだね。じゃ、おやすみ」
肩まで布団をかけてあげようと手を伸ばして、かける肩がないことに気づいた。うーん、難しいな、扱いが。
まあいいかと気を取り直して、僕は服を脱いで汗と汚れを拭うことにする。
「えっ!? わ、わ、わあ!? とととトモスさま!? どうして私の目の前でそんな!?」
「いや、目を閉じてなよ。横目で見なきゃ視界に入らないでしょ」
「はっ、そ、そうでしたっ! …………ちらっ」
「むっつりすけべか」
僕は肌着のままベッドに戻り、ミドの首を横向きにした。
「ほら、これで見えないでしょ」
「はい! 落ち着けるような、なんだか残念なような……」
生首になった人間はそうそういないと思うのだけれど、意外とこうして適応できるものなのか。ミドがずば抜けてポンコツなだけなのか。
気にするだけ無駄か、と思い直して、さっさとお湯で身体を清めていく。
「……と、トモスさま、音だけ聞こえるのも、悩ましいですね……」
「早く寝ろ」
さっぱりすると、手早く寝巻きに着替える。ミドの頭をまた上に向け、僕は隣に入った。狭いベッドだが、ミドの身体の部分はすっかり空いている。頭ばかりが二人並んでも、布団の中はすかすかで、なんだか奇妙な感覚だ。
「よし、それじゃおやすみ」
「……き、緊張して、眠れないかもしれません」
「そっか。まあ無理に寝ることはないよ」
「どうしてそんなに冷静なんですかっ!? 同じベッドなんですよ!?」
そりゃきみは生首だし……とは言わない自制心はしっかりある。
それにまあ、意識してみれば、そこにいるのは恐ろしいほどに整った美貌だ。窓から入る月明かりに照らされた銀髪はほのかに光っているようにも見える。安っぽい表現だとは思っても、事実、それを女神とか、妖精とか、人間の枠を超えた神秘性を宿した存在として認識してしまう。
現実を遮る白い膜が間になければ、僕も緊張して眠れなかったかもな、と思いつつ。今日はけっこう疲れている。いろんなことが多すぎたし。あ、眠いな。と思った時には、瞼は重く下がっている。
「え、ね、寝ちゃうんですか!? 私より先に!? トモスさま!?」
ミドの慌てる声も遠くなって意識がすとんと落ちる前。
「––––助けていただいて、ありがとうございます」
お礼を言われた気がする。それは僕の心を少し軽くしてくれて。もしかすると、誰かと一緒に眠るということが安心感を与えてくれるのかもしれなくて。
僕はぐっすりと眠りについたのだった。
第一章 終わり




