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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第一章「どうしてここに生首が?」

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「大丈夫だったのか。よかったね」


 声をかけると、クロエは目を瞬いた。


「どうしてもう知ってるの?」

「でなきゃそんな平然とした顔はしてないでしょ。ほら、座ったら?」


 空いている椅子を示すと、クロエは一礼して腰掛けた。面頬をあげているミドの顔を一瞥して、目を丸くして動きを止めた。

 まさか鎧の中に美少女が入っているとは思わなかったのだろう。


「それで、何か用事? わざわざ探しに来たみたいだけど」

「あっ、そう、そう、です。改めてお礼を言いたくて」


 曲がってもいなかった背筋をさらにまっすぐにして、口調まで改め、クロエは頭を下げた。前髪が垂れてテーブルに触れるほど。


「あなたたちのおかげで、イリアもあたしも命を救われました。本当にありがとうございます」

「うん、どういたしまして。二人とも無事でよかったね。じゃあこれでおしまいね。はい、顔あげて」

「へっ? えっ」


 クロエの顔には戸惑いが浮かんでいる。一方、ミドは「よかったですねえ」と頷いている。


「いえ、あの、礼金のお話を……」

「ああ、冒険者の掟とかだっけ? いいよべつに、そういうの」


 迷宮の中で助けになるのは冒険者だけだ。その相互補助を促すために、助けられた方は一定の礼金を支払うべきだとギルドで定められている。申し立てれば、適正な金銭の受け渡しを仲介してくれるらしいけど、すごく面倒くさい。


「助けようとしたのはこっちのミドだし、ミドもどうせお金とかいらないでしょ?」

「お金、ですか? はい、いりません!」


 底なしの常識なしなのか、底なしの善人なのか、はたまた合算されてるのか。ミドの答えは予想通りだった。


「で、ですが、そういうわけには」

「真面目なのはいいと思うけど、正直、君らだってそんな余裕ないでしょ」

「……売れるものは売って、借りれるものは借りて、なんとか用意するつもりで」


 クロエがちらと視線を落としたのは、腰にある剣だ。そこそこは良い物かもしれないが、冒険者として武器を手放すのは致命的だ。


 これで遊んで暮らせるほどのお金が入り、相手もそれで懐が痛まないなら喜ばしいけれど。年若い少女が––––前世からの記憶を合わせればもはや娘みたいな相手が、身を切るようにして用意するお金は、気楽に受け取るにはあまりに重い。


 それなら実感は薄くても人助けをしたという事実だけを報酬にして、あとはさっさと忘れるほうが心も楽というものだ。


「余裕がある人からならお金も貰うけど、君らも新米でしょ? 僕もそうだ。同じような境遇の相手から無理して礼金なんてもらっても仕方ないよ。いらない」


 焼き鳥串を皿において、懐から出したナプキンで口を拭く。


「なら、あたしたちとパーティーを組むのはどう、ですか?」

「はい?」


 クロエがずい、と身を乗り出した。それはいま思いついたアイデアというより、むしろ最初からこっちが本題だったのかもしれない。


「恥ずかしい話、蓄えはあまりなくて。売れるものを売っても、たいしたお金にもならないだろうし……それなら、身体で払わせて欲しいの」


 ひゅう、と。隣のテーブルのおっさんたちが口笛を吹いた。睨むと、ニヤニヤした顔でウインクをされる。気色悪いからやめてほしい。


「一緒に迷宮に行って、その取り分をあなたたちが多めに分ける。それで礼金を分割で返済する、という形なら」

「パーティー、ねえ」

「あなたたち、ふたりでしょう? こっちも同じ。合わせて四人のパーティーになれば都合は悪くないと思うけど」


 少し顔を俯け、上目遣いで伺うように反応を確かめられている。


「たしかに、まあ、四人のほうが楽だろうけど。ミドはどう思う?」

「私、ですか? トモスさまの思うがままに。私は賛成するだけです」


 きょとんとした顔のくせにやけに極端な思想ではっきりと言い切られて、僕の方がドン引きだ。まだ会ったばっかりなんだけどな。


「……貴族と従者?」


 ボソっとしたクロエの疑問形に、僕は首を左右に振った。


「今日会ったばっかり。そっちは長い付き合いみたいだけど、こっちは即席のパーティーってわけ。だからまあ、二人も四人も変わらないか。人数が多い方が楽そうだし」


「それなら」とクロエが表情を明るくした。


 僕とミドだけじゃ戦力的に心細いのは間違いなかった。ミドは戦い慣れていないし、武器も使えない。探索の効率を上げるにも、稼ぐにも、安全を確保するにも、人数は多い方が良いのは確かだ。


「しばらくお試し期間ってことで。お互いに不満がなければ、そのまま続ける。それでどう?」

「あたしたちに有利すぎる条件だと思う。どんな扱いでも文句は言わない、です」

「重っ」

「え?」

「いや、独り言。そういうのやりにくいからさ。パーティーを組むなら遠慮はなし。口調ももっと気軽なやつでいい。じゃないとこっちが気を遣うから。わかった?」

「……うん。分かった。それなら、そうします。違った、そうする」

「よし。じゃあ、改めてよろしく。一応聞くけど、あの怪我をしてた子も了解してるよね?」

「ええ、もちろん。むしろパーティーを組むようにお願いしようって言い出したのはイリアなの」

「へえ。肝の据わった子だ」


 クロエはくすりと笑う。


「ええ、そう。あたしよりずっと思い切りが良いんだから。––––それじゃあ、イリアの病室に戻るわ。次の探索はもう決まってる?」

「明後日かな。明日はさすがに休むよ」

「分かった。それなら––––」


 明後日の探索について待ち合わせ時間やらの打ち合わせを軽くして、病室に戻るクロエの後ろ姿を見送った。


「トモスさま、仲間が増えてよかったですね!」


 とミドが明るい声で言う。


「まあ、そうだね。酒場で仲間を探す手間が省けてよかったかも。喧嘩になっても困るし」


 答えると同時に、隣のテーブルのおっさんがずい、と椅子を寄せてきた。


「おうおう、もっと喜べよ! ただでさえ少ねえ女の冒険者だってのに、おまけに顔に性格まで良いじゃねえか! そんな相手からパーティーを組んでくれってのは、おい、男なら誰だって夢だろうや! 羨ましいねえ!」


 もう一人のおっさんが僕にグラスを押し付け、そこに瓶からワインをどぽどぽと注ぐ。


「そうだそうだ! ただでさえぶっ飛ぶような美しいお嬢さんを侍らしてるってのによ! なんで鎧甲冑着てるのかは知らねえが、将来が羨ましい坊主だ! 飲め!」


 羨ましい状況かどうかは、まあ、これからだろうな、とため息をつきつつ。

 褒められていてもただきょとんと首を傾げているミドを尻目に、僕はワインを煽った。



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