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人助けというのは良いものだ。という善性を否定はしない。ただ、人助けを肯定できるのは、それで良い気分になれるからだろう。自分は正しいことをした、おかげでぐっすり眠れる、とか。
ただ、僕の場合は、感覚や感情が鈍い。目に映る世界が白い膜越しのようにぼやけているせいで、何事も他人事だ。恐怖や痛みですら鈍いのだから、人助けでいい気分、ということもない。
だからこうしてギルド併設の食堂で打ち上げの真似事をしてはみても、達成感もなく、ただ全身が重たいような疲労感に困っているだけである。
「……! トモスさま、これ、美味しいです!」
「……そっか。よかったね」
「はい!」
「というか、ご飯、食べられたんだ。飲み込んだやつどこいってるんだろう」
「分かりません!」
自信満々に答えられると、僕もまあ、どうでもいいかという気分になる。
獣顔の兜を被っているミドは、その長い鼻先の面頬だけを上に跳ね上げ、ひょいひょいと食事を口に運んでいた。常に視界が狭い中では息苦しさも相当だったのだろう。顔を露わにできることで機嫌も良さそうだった。
僕は果実水を飲みながら、思い出したように適当に食事をする。昼間はあれほどに味を感じた食事も、今は以前のように味気ないものに戻っていた。何をどうしたって味は薄いし、となると木の皮や砂を噛んでいるのと気持ちは変わらない。食事とは栄養を摂取するためだけの行為に成り下がっている。
テンション上がらねー、と鉄串に刺さった焼き鳥をブラブラさせる。
僕にとって食事時間は苦痛で退屈なものだった。しかし対面では笑顔でもりもりと食事をするミドがいる。その楽しげな様子を見ていると、なんだか気分が明るくなるのが不思議だった。
美味しそうにご飯を食べる人を見ているだけで、気持ちが和やかになるということもあるらしい。
「あのおふたり、大丈夫でしょうか」
ふと手を止めて、ミドが言った。
「大丈夫じゃない? 間に合ったよ、多分。あれだけ走ったんだから」
無事に存在した教会の裏口から抜け出して、僕らは全力で丘を走り抜けた。ゴブリンたちが教会に詰めかけているおかげで村で遭遇することもなく、帰還の門まで一直線だった。あとはもう、ギルド職員に託し、そのままクロエとイリアは施療院に直行である。
「お元気になるといいですね」
まるで家族を心配するみたいにしみじみとした感情がこもっている。
「なるでしょ。怪我は繋げたし」
僕も同じくらい親身になれたら良かったのだが、どうしたって言葉は自分でもわかるほど平坦になる。家族にもよく不気味がられ、不審がられ、感情の薄い子だと非難されたものだ。
けれどミドは素直に「はいっ」と頷いて、再び食事に戻る。
その純粋さは生まれ持ってのものなのか、それとも記憶を失ったことに起因するのかは知れずとも、僕にとってはほんの少し救われるものがある。
味よりは香辛料の刺激が舌に残る焼き鳥を齧り、果実水で流し込む。味よりも周囲の喧騒の方が意識を引く。
冒険者というのは陽気な奴らが集まるのか、冒険者を続けているうちにネジが緩むのか、とにかく喧しい人が多い。
ちょうど隣のテーブルでも、四人のパーティーがジョッキを打ち鳴らし、飲み比べだ祝杯だと大声で笑っている。
ギルド併設の食堂は街の酒場よりも安い。ろくに稼げない新米冒険者への救済でもあり、酒癖悪く喧嘩っ早い荒くれたちのせいで、一般人が多い街の酒場で揉め事が起きるのを防いでいるからとも言われる。
ちょうど今も、カウンター席の方で争いごとが起きたらしい。太い声が上がり、椅子が倒れる音が響いた。
「ひゃっ……あの、トモスさま、あれはけんか、ですか? 誰かお止めしないと」
「よくあることなんじゃない? 周りも誰も気にしてないし」
見回しても、あれだけの物音をちっとも気にした様子もなく、みんな自分の懐の酒と食い物が優先らしい。
「おお? 獣人なのに鎧着てるなんざ珍しいな! それもお嬢ちゃんじゃねえか」
喧騒に顔を向けたミドの顔にめざとく気づいた隣テーブルのおっちゃんが、赤ら顔で言う。
酔っ払いの絡み酒かと身構えたが、おっちゃんはジョッキを煽ると手をひらひらと振った。
「あんたは若いから慣れてねえんだろ。気にしなくていいんだよあんなの。どうせ勧誘の条件でも合わなくて殴り合ってんだから」
同じ卓の細面のおっさんが「そうそう」と頷く。
「酒場で仲間を探そうってのが無理あるんだから。酔っ払いがまともに会話できるわけないだろうに」
「そらそうだ! お前ともまともに話が通じたことがない!」
「そりゃこっちの台詞だっての! たまにはその酒臭い息を止めてみな!」
そして二人して肩を組んで大笑い。また酒を煽る。
「陽気な方ばかりですね!」
振り返ったミドがニコニコとしている。
「優しく言い表すのが上手いね」
「?」
首を傾げるミドに、僕は苦笑した。生まれ持った性格は、同じ世界を見ているはずでも異なった顔を見せるものだ。
食の進まない焼き鳥をぷらぷらさせていると、食堂から見渡せる階段を上がってくる姿があった。
長い黒髪を後ろで結んだその少女は、遠目にも僕と目が合うと、まっすぐに向かってきた。




