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ゴブリンの数は十よりも多く、二十よりは少ない。けれどこれだけ騒げば村中から集まってきそうだった。時間を掛けてる場合じゃない。
僕に気づいて立ち塞がったゴブリンを剣で薙ぎ払う。スキルを使えば処刑剣の刃がわずかに赤く発光し、ゴブリンを容易く両断した。
スキルの使用回数は有限だ。体力なり気力なりを消耗する。だから無駄遣いはしないのが当たり前だけれど、命懸けのこの状況なら大盤振る舞いだ。
ゴブリンに囲まれた中央まで走り込んで行ったミドの背を追いながら、邪魔なゴブリンはさくっと処する。
冒険者二人とミドは合流できたらしく、ミドは両手を振り回して精一杯にゴブリンを威嚇していた。たまに殴られたゴブリンが吹っ飛んでいくのが見える。強いんだよな、それで。
「勝手に行くなってば、バカ」
「と、トモスさまぁ! 来てくださったんですねえぇっ!」
兜の中に反響するくぐもった声は半泣きくらいだった。よほど怖かったのだろう。殴り飛ばされるゴブリンの方も怖かったとは思うけど。
「よし、その調子でゴブリンを引き付けててくれ。頼りにしてる」
「ひえええ!?」
背中を叩いて押し出す。腕をぶんぶん振り回す甲冑姿に、ゴブリンといえども戸惑いは隠せないようだ。時間稼ぎにちょうどいい。
「おい、あんたら、大丈夫……でもないか」
冒険者に声をかける。それは僕と同じように若い冒険者だった。女が二人。ひとりは腹の辺りを血に染めていて、もうひとりが肩を貸してようやく立っている。
ゴブリンの返り血やら、転げ回った時の泥土やらで顔から服まで汚れ回していて、それだけでふたりの苦闘が目に見えた。
「……あたしは大丈夫。この子は、はやく手当てしないと」
肩を貸していた黒髪の少女が、息を荒げながら答えた。バトル・ハイってやつか、目はガン開きで殺気立っていて、右手に血塗れの剣を握っていることも考えるとうっかり近寄りたくはない。
「だろうね。まだ戦える? まあ、無理でもがんばって。あの教会まで逃げ込む。いい? 分かった? よし」
横から突っ込んできたゴブリンに剣を突き出す。処刑剣は切先がないが、スキルを発動している限りはどこでも切れる。
「ミド! おいで!」
「はいっ!」
「よし、いい子」
「わん! ……って、誰が忠犬ですか!?」
「ほら、こっちの子を担いで。怪我してるから慎重にね。教会まで戻るから」
ミドが引いたことで活気づいたゴブリンを相手にするために、僕が前に出る。同時に攻めかかられて、一刀で斬り倒したってこっちも怪我をする。錆びた剣で腕を裂かれた。けれど、痛みはぼやけている。
「おー、ゴブリンもお祭り騒ぎだね」
村に降る道から、どっとゴブリンの集団が現れる。あれに追いつかれたら間違いなく死にそうだ。だというのに、視界はまだ白い膜越しの他人事のように見えている。あの黒い化け物に出会ったときみたいに、全てがはっきりとして空気の手触りまでするような感覚とは程遠い。
「この程度じゃだめってことか。難しいな」
「と、トモスさま?」
「なんでもない。抱えた? よし、行こう」
僕が教会に向かって駆け出すと、隣に黒髪の少女も並んだ。当事者意識があるようで何よりだ。怪我をした少女を庇うのに精一杯だったのか、両手が自由になればなかなか頼もしい剣を振る。すれ違いざまにゴブリンを撫で斬りにしていく剣の扱いは、僕よりもずっと達者だ。
二人で活路を開きながら教会に走る。背後で金属を叩く音と、ミドの悲鳴が聞こえた。背中を襲われているらしい。心配するな、お前の身体は空洞だ。
教会に駆け込んで、すぐ反転。ミドがガッシャガッシャと入ってすぐ入れ替わり、追い縋っているゴブリンを断ち斬り、扉を閉めた。すぐに扉を叩く物々しい音が続くが、ゴブリンの力じゃ押し破るにも日が暮れるだろう。
「しばらくはしのげるかな」
剣を払って血を飛ばし、鞘に収める。けっこうな仕事をやり遂げた気がする。別に満足感もないのは、映画のアクションシーンを眺めているような気分でしかないからだ。




