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鎧暮らしの首だけ姫〜おひとり様おひとつ限り〜  作者: 風見鶏
第一章「どうしてここに生首が?」

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 時たま飛び出してくるゴブリンを仕留めつつ、午前中に通った道をまた辿っていく。あの教会が近づいてくる。何もただミドの実戦訓練をするためだけではなく、もう一度、教会をよく見ておこうという目的もあった。


 動揺と興奮のせいで、よく確認もせず教会からまっすぐ逃げてしまった。もしかするとミドの身元に繋がるものや、あの黒い化け物の手がかりがあったかもしれないと思い直したのだ。


 家の並びを抜けて、一本道の丘を上る。左右には柵が並び、いつかはそこに放牧された羊か牛でもいたのだろうか。なだらかな緑の丘が牧歌的なのどかな光景を見せていた。


 やがて教会の前の広場に着くと、そこにはもう、冒険者の遺体はなくなっていた。迷宮では、冒険者も魔物も、死体は時間と共に呑み込まれてしまう。ここで死んだ人間や魂がどこに向かうのかは誰にもわかっていない。


 またあの灰色ゴブリンでも出やしないかと警戒しながら、教会の中に入っていく。

 その光景はここを出て行ったときと変わらないように思える。整った空間の中で、砕けたステンドグラスが荒廃した気配を醸し出していた。

 しんとした教会の中に僕とミドの足音だけが響きながら、奥まで進んだ。


「何もないな」

「何も、ないですね」


 手荷物も残っていないのは疑問が残る。武器も持たずに迷宮にいるのもおかしいし、連れ去られたミドの身体はひどく軽装だった。


「なんでミドは迷宮にいたんだろうね」

「……思い出せれば、よかったのですけれど」


 兜の奥で反響した声でも、そこに気落ちした気配が籠っているのが伝わる。

 前世の記憶があるせいで悩みも問題も抱えてきた僕だけれど、ミドの場合は記憶がないのが苦しみの種だ。どちらがと比較はできなくとも、その辛さに寄り添う気持ちはある。


 ミドの背中を励ますように叩く。ごん、と固い音と、冷たい感触。


「あ」


 声をあげて。ミドが数歩進んでしゃがみ込んだ。ステンドグラスの破片をそっとかき分けて、何かを摘み上げる。


「ネックレスだな。覚えがある?」

「いえ……でも、見ていると心が落ち着くような……不思議な気持ちです」


 細い鎖の先に、青い小さな宝石を銀細工で囲い込んだ美しい飾りが繋がっている。冒険者が落としたにしては品が良すぎる。貧乏貴族だった僕から見ても安物とは思えない。


「ミドの記憶に繋がるものかもしれない。持って帰ろう」

「いいんでしょうか……? 誰かが落としたものかも」

「誰かが名乗り出たなら渡せばいいよ。それまでは僕らが預かる」


 おそらくは自分が落としたネックレスだろうに、記憶がないためにミドは思いきれないでいるらしい。

 もどかしく思えて、僕はさっさか歩み寄り、ミドの兜を引っこ抜いた。


「ふあっ!?」

「ほら、貸して。その手じゃ無理でしょ」


 兜を足下に置き、ミドの無骨な指からネックレスを引き取る。


 教会の中でミドの氷の彫像のような美貌は際立って、銀色の髪に青い瞳という色合いが浮世離れして見える。小柄とはいえ騎士鎧を纏った姿は、叙事詩に歌われる神話の姫騎士みたいだった。ただ、ぽけっとした顔は勇ましさよりも子どもっぽさを感じさせたけれど。


 僕はミドの後ろに回って、その首にネックレスを留めた。とはいえ、肩から下がない。このままだと落っこちるのではと考えて、スキルを使ってネックレスを首に繋いだ。チョーカーのように首にぴたっと張り付いて見える。


「よし。これならもう落とさないで済むと思うよ」

「……あ、ありがとう、ございます」


 ほのかに顔を赤らめて俯き、照れた様子で礼を言う儚げな美少女––––の生首。甘酸っぱい青春を味わえたらよかったのだけれど、生首と鎧の組み合わせではちょっと雰囲気が足りない。

 と、そのとき、教会の外で誰かが争う声が聞こえた。



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