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「どう、なってるんですか? いったい、なにを? う、動かせるんです、けど、え?」
挙動不審に動揺するのは、自分の身体ではないのに、自分の身体のように操作できる矛盾した違和感がすごいのだろう。
「僕のスキルでくっつけた。それはそれで不便だろうけど、生首のままよりはいいでしょ」
「それは、まあ、はい、頭だけで抱えられているよりは、自尊心を保てる、かも……ええぇ……?」
ひどく困った顔のまま、甲冑の指を動かして動きを確かめている。そのたびにキイキイとうるさいから、手入れは必要そうだった。
ミドは信じられないという顔で僕を見返すが、僕自身はまあ大丈夫だろうという推測が立っていたから、驚きもない。
七歳のトモスに僕という意識が発生したとき、もちろん異物は僕という意識、あるいは魂の名残だった。トモスは僕を消そうとしたし、消えるのが当然のことだったと思う。けれど僕は消えるという恐怖、二度目の死を恐れて、足掻き、しがみつこうとした。その時にほとんど無意識的にスキルを行使したのだ。
それは『繋合』。繋ぎ合わせるということ。
僕は僕自身の魂、意識と、トモスの身体とを繋いだ。トモスのスキル『断絶』とぶつかり合いながらも、結果的に残ったのは僕の意識だった。
それが結果的にどう混じり合ったのか、僕には二つの相反するスキルが残り、けれど不完全な魂の有り様のためにか、生きる上での現実的な実感を失うことになったのだ。
スキルがどこまで及ぶのかは知らないけれど、僕の魂とトモスの肉体という概念的なものを繋ぐことができるのだ。生首と甲冑を繋ぐこともできるだろう、という思いつきは、事実、理想的な結果となった。
「じゃあちょっとこれ、被っといて。それで元の姿勢で、そう、じっとしてて」
「え、あの、ちょっと」
戸惑う顔に犬耳付きの兜を被せる。声がくぐもって響く。頭をコツンと小突けば、「ひゃあ」と悲鳴が響いて、静かになった。これでよし。兜もしっかりと獣人様に加工されていて、猟犬の鼻のように高く突き出している。中に美少女の生首が入っているとはだれも思うまい。
「すみませーん」と奥に声をかける。
荷物を蹴り飛ばすような大雑把な音が続いて、先ほどのおっさんが顔を覗かせた。
「この甲冑、いくらです? 安くしてもらえるなら欲しいんですけど」
「え。きみそれ買うの? 物好きだな。いや、持ってって貰えるならこっちも助かる。そういう武器防具ってさあ、売るならこっちに金が入るってのに、ギルドの業者に引き取ってもらうならこっちが金を払わなきゃいけないんだよ。変な仕組みだろ? ええとそうだな、銀貨五枚でどう?」
「え、安っ。買った」
儲けようというやる気がなさすぎてこっちが戸惑うほどだった。普通は金貨で何十枚とかいう品物なのに。提示額次第では値引きを粘ろうか、無理そうなら諦めていったん帰って金策に励むかと悩んでいたのだけれど、それはもう即決だった。
僕としては余計な出費には違いないものの、銀貨五枚なら折り合いがつく。さっきの……名前は忘れたけども、灰色ゴブリンの魔石と鎌腕の対価を足せば懐はたいして痛まない。支払いを済ませる。
「じゃあ、これ、もらっていきます」
「毎度あり。あとで取りにくるんだろ? 今日は日暮まではここにいるから、いつでもいいけど。あ、それとも後日に? それだと日程を合わせないと」
「いえ、このまま」
「は?」
ミドの入った甲冑の胸を、こんこんとノックする。ギシギシと軋みを上げながら、甲冑が動き出した。おっさんが目を丸くして、ぽかんと口を開けている。
ミドはおっかなびっくりという様子でぎこちなく歩き、足元にあった箱を蹴り飛ばし、それにあわてて手を伸ばそうとして肘が樽に詰め込まれた剣を引っ掛けて薙ぎ倒し、振り返って両手をアワアワさせている。
「……何やってんの? すみません、すぐ片付けますんで」
「……ああ? いや、大丈夫、こっちでやっとくよ……」
「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて。ほら、いくよ」
ミドがコクコクと犬顔の兜を頷かせ、僕の後ろを付いてくる。
おっさんが呆然としたまま、僕らをずっと見送っていた。
通りに出てからしばらく、ミドはぎこちなく歩いていた。しかしだんだんと新しい身体の違和感にも馴染むと、声音も明るくなり、動きも自然なものになっていった。
「なんだか変な感覚ですけど、慣れてきました!」
「そう。よかったね」
動かせる身体ができたことが嬉しいのか、ミドはやたらと腕を回したりスキップをしたりと忙しい。生首だけだったことを思えば気持ちはわかるのだけれど、周囲から奇異の目を集めるのは勘弁してほしい。ただでさえ珍しい獣人の甲冑が変な動きをしている。僕はそっと距離を離した。
「? どうしたんですか、トモスさま」
「せっかく離れたんだから近づくなってば」
「ど、どうしてそんなに冷たいことをおっしゃるんです!?」
甲冑が両手をあげて僕にアピールしてくる。
まったく表情が見えないからやりとりに難があるかと思いきや、全身を使った動作と、感情豊かな声音のおかげで困りそうもない。
ミドは横でガチャガチャと金属を鳴らして動き回りながら、子どもみたいにきょろきょろと街を見ている。記憶がないと普通の街並みまで新鮮に見えるのだろうか。
わけの分からないまま生首を拾ってきてしまったけれど、その生首はいま、獣人顔の甲冑に進化した。僕は考える。意外とこれ、僕にも都合がいいのかもしれない。
「な、なんですか? どうしてさっきからずっと私を見ているのでしょうか」
「ミドは自分の身体を取り戻したい?」
「もちろんです! トモスさまが用意してくださったこの身体も素敵だとは思いますが……!」
配慮に抜け目のないセリフだった。
「じゃあ、ミドも迷宮に潜るしかない。僕ひとりじゃ探索の効率も悪いし、自分の身体のためには、自分で頑張るのが筋だし」
「め、迷宮……はいっ、精一杯やらせていただきます!」
ミドはやる気を示すように両手で握り拳を作った。犬鼻と犬耳付きの小柄な甲冑が女性的な仕草をすると、なんだかマスコットキャラクターのようにも見えてくるから不思議だ。
「よし、じゃあ早速行こう。まだ日も高いし、冒険者登録もしとかないとだし」




