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そこには僕よりわずかに大きい鎧……西洋甲冑が飾られていた。磨かれることもなく放置されてきたらしく、全体が埃をかぶっていた。甲冑といえば騎士が着るものだけれど、この世界じゃもっぱら冒険者の実用的な防具として使われる。
ただ、どうにも不思議なのは、甲冑の頭に犬のような突起がついていることだった。
「なんで獣耳……?」
「そりゃ、そいつが獣人用の甲冑だからだよ」
「うおっ、びっくりした」
薄暗い物陰に目を向ければ、無精髭の目立つおっさんがカウンターの奥から姿を見せた。
「女の声も聞こえた気がしたが……おまえさんひとりか?」
「ああ、そうだけど。なるほど、獣人が着る甲冑かあ」
誤魔化すためにわざとらしく声を高め、犬耳付きの甲冑をじろじろと眺めてみる。
「だけど、獣人って素早さが自慢でしょ。こんな重たいもの着たら動けなくない?」
「だから売れ残ってんだよ。人間には小さいし、獣人は着ない。なんでこんなもんを作ったんだかね」
「じゃあなんでそんなもん売ってるの?」
「俺が決めたんじゃねえさ。親父だよ。もし欲しいなら安くしとくぜ。片付ける荷物が減ってくれりゃ俺が助かる。ったく、なんでこうガラクタばっかり集めるかねえ」
おっさんはため息をつきながらカウンターの奥に戻っていく。ガタガタと荷物を整理する音が聞こえる。
「獣人用の甲冑、ね。犬耳がついてるのは、まあ目立つけど……安いなら助かる」
「もしかして買うおつもりですか?」
ミドが小声で訊ねてくる。僕は「さて」と答えながら、甲冑の前の荷物をどけて、その兜に手を伸ばした。
「もし僕の計画が当たったら、そうしたいところなんだけ、どっ、と」
甲冑の兜を外すと、ふわりと埃が舞った。空っぽの胴体には何も入っていなくて、がらんとした黒い空洞が広がっている。手近なところに兜を置いて、僕は奥の方に耳を澄ませた。がしゃん、と荷物がひっくり返る音と、おっさんの悲鳴のような悪態が聞こえる。大丈夫そうだ。
肩の結び目をほどいて、ミドの頭をそっと下ろす。覆っていた布をどけると、ミドの作り物めいた幼なげな美貌が眩しげに目を細めた。戸惑った顔に、断りを入れて、その生首を持ち上げる。長い銀の髪が垂れ下がるけれど、今はそれの扱いが雑になることを許してもらうしかない。
「トモスさま? いったい何を……?」
「この世界じゃ、スキルってひとり一個なんだよね」
「はい……?」
ミドの生首を甲冑の胴体の上に合わせてみる。そこはもちろん空洞で、手を離せば生首は落ちるだけだ。
「教会が言うには、スキル––––神様の贈り物は、命に刻まれた聖痕なんだって。ひとつの魂に一個。じゃあ、ふたつの魂には?」
僕が前世の記憶を取り戻した時––––それはトモスが七歳のときだった。貴族の嗜みとして乗馬の訓練を始めて間もなく、藪から飛び出した蛇に暴れた馬から落っこちて、後頭部を強打した。そこからしばらく、トモスとしての幼い自意識と、すでに死んだはずの現代人の僕という意識が混濁していた。それは同じ魂なのか、それとも別の魂が共存していたのか。
理由は分からないけれど、いつしかトモスの意識は僕に混ざり合って、トモスが授かったスキルだけが残った。
それが「断絶」
あらゆるものを断ち切るという分かりやすいスキル。
そしてもうひとつが。
「繋がれ」
力を込めれば、身体の底から引きずり出される不快な感覚。魔力みたいなものを消費して、スキルは発動される。
「––––!?」
ミドが目を見開いた。
手を離す。ミドの首はそこに浮いたままになっている。ミドが甲冑を見下ろしている。その腕が軋むように動いた。




