10
「身体を取り戻さなきゃいけないよな」
「はい。自分のことさえはっきりしませんが、身体が必要なことはわかります」
そりゃそうだ。生首のままじゃ不便だろうし。
素焼きのカップに入った果実酒を舐めるように飲み、その匂いの豊かさ、アルコールの香りに感動しながら、僕はふむと悩んだ。
「いや、普通は断るでしょ」
「うっ。それは、そうです。私もそう思います……なにかお礼ができれば、よかったのですが……」
ミドが生首のまましょんぼりと目を伏せる。
どこの誰とも知れず、おまけに首ひとつ。この場合、美少女だからという言い訳は加点にも何もならない。生首というだけで社会的に死ぬ可能性すら高いのだから。
「取り返すって言っても、どこに行けば良いのかも分からないし」
「……はい。その通りです」
迷宮の中で奪われて以上、手がかりを頼るのは迷宮しかない。けれど迷宮なんて広すぎるし、そもそも迷宮の外にあるかもしれない。
「しかも、あのヤバいやつがまた来るかも」
「……うう」
ミドが弱りきった様子でうめいた。
黒い騎士甲冑に、生命的な甲殻と、翼や尾を捻り合わせたようなヤバいやつ。あれが魔物なのかどうかも分からない。ただ、目にしただけで全身が震えて命が剥き出しになる。
普通なら絶対にお断りだろう。絶対に。普通なら。
「––––でも、いいよ。一緒に探す」
「よ、よろしいんですか?」
僕は頷く。酒が入ったおかげか、時間が落ち着きを取り戻したのか。死にかけたはずのあの一瞬はもう過ぎ去った時間になって、僕は平静となっている。また元通りに白い膜が視界を包み込んで、口にする果実酒に味はない。
あいつに出会った瞬間、僕は生きている実感を取り戻せた。この世界が虚構や幻や作り物めいたものではなく、本物の現実なのだと思えた。
あいつはミドの身体を目的にしていたのは間違いない。
けれど、忘れ物をしている。
僕はミドを見下ろす。縋るような瞳が僕を見上げている。
ここに、頭がある。
それに気づいたあいつが、ミドを取り戻しにくる可能性がある。そうすればもう一度出会えるだろう。そしたらまた、僕は生きる実感を取り戻せるんじゃないか、それが希望だった。
「どうせやりたいこともなかったし。ただ迷宮で生活費を稼ぐより、目標がある方がやりがいがある」
「トモスさま……本当に、ありがとうございます」
「礼を言われることじゃないよ」
なにしろ善意じゃない。僕は僕の私欲の理由で、ミドに協力するというだけで。
「ただ、それにしたって生首のまんまじゃまずいよね」
「それは、はい。そうですね。不便ですし……」
肩身離さず生首を持ち歩くのはどう考えたってヤバいやつだ。僕がいくら現実味を感じないからといって、ヤバいという判断はつく。迷宮に潜るのに生首という荷物を抱えているのも面倒だし。
「ううん。代用できる身体があればいいんだけど」
「代用、ですか?」
僕は飲み干した素焼きのカップを屋台に返し、通りを戻ることにした。迷宮の門が存在するのは街の端っこに位置するギルドで、その周りには冒険者のための店や施設が集まっている。
通りから店を覗き込んで眺めながら、裏路地に入る。大通りに面した店は、立地が良いぶん値段も質も高い。裏通りは昼間にも関わらず陰気臭い影が落っこちてはいるけれど、それはそれで落ち着くような雑多な雰囲気だった。裏通りを進んで、手頃な店を探す。
「あの、トモスさま? どこに向かってらっしゃるんですか?」
「ちょっと探し物。うまく行けば楽になる」
「はあ」
通りすぎざまに店を覗き込みながら探して、お、と足を戻して一軒の武具屋に入った。
こじんまりとした店内には武器や防具が乱雑に並ぶ。中古ばかりを取り扱った店だ。奥の隅に、目的のものを見つけた。
「ちょっと小さいけど、まあ手頃かも」
「あの、何を見つけられたんですか?」
「鎧」
「よろい?」




