第1話 虹色の決意
人生ってのは何があるかわからない。
使い古された言葉ではあるが、それは紛れもない真実である。少なくとも俺はそれを誰よりも強く感じている。
自分を壊した元凶が転校先の高校に通っていたり、その元凶が過去の出来事を謝罪してきたり、ボロボロになっていた自分を癒してくれた恩人がこれまた同じ高校に通っていたりしたのだ。
人生ってのはホントに何があるかわからない。
さて、人生の不条理と面白さを垣間見た高校二年の秋。中間テストの結果が発表されてから数日が経過したその日――
俺の通っている天華院学園はしばらく何のイベントもない虚無期間に突入した。
本来であれば学園全体が静かになるところだ。次なるイベントに向けて生徒は力を溜める時期であり、これといった問題は発生しないのが普通ってものである。
しかし、現在の天華院学園はかつてないほどに荒れていた。
原因はこの学園に存在する【神制度】が関係している。この制度は男女からそれぞれ投票によって”男神”と”女神”が選出されるというものだ。要するに容姿の整った人気者が選ばれるミスコンみたいなアレである。
現在の男神であり、今年も当選確実と言われていた男神最有力候補であり、我が親友でもある犬山蓮司は神を選出する文化祭の目玉企画”天華コンテスト”を辞退した。
突然の辞退に多くの女子生徒が驚きの声をあげた。
それだけじゃない。
昨年、史上初となる同票によって学園に君臨していた【4色の女神】の半数がコンテストを辞退したのだ。
体育祭で世紀の大逆転劇を披露した青山海未。
中間テストで満点を獲得した黒峰月夜。
女神候補の中でも頭一つ抜けようとしていたその矢先に、両者は天華コンテストを辞退した。
このビッグニュースに学園全体は未だ揺れていた。
「……今日も荒れてるね」
目の前でそうつぶやいたのはクラスメイトであり、友達の名塚真広だ。
「荒れてるな」
「まあ、しょうがないけどね。男神の犬山君に、女子人気の高かった黒峰さんが相次いで辞退だからね。女子の多くは悲しみに暮れてるよ」
「……だろうな」
女子生徒からしてみれば悪夢だろうな。
応援していた男女の神がそれぞれ辞退したのだ。テンションは下がり、やる気が失われるのも頷ける。
このクラスにも両者のファンは多い。
女子生徒の狼狽っぷりは見ていて少しだけ面白かったが、それ以上に悲しい気持ちになった。俺にはそのショックがどれ程かわからないが、推しのアイドルがグループから脱退した時みたいな気持ちなのだろうか。
「なあ、女神関連で聞きたいことがあるんだが」
「いいよ。何でも聞いて」
「最新の情勢を教えてくれ」
俺はこの手の情報に疎い。
それでなくとも今は大きな変化があったところだ。女神と関わりが深い身としては聞いておきたい。
「現状は混沌としている感じかな。体育祭と中間テストで大きく株を上げて最有力だった二名が辞退して、現在の候補は五名に絞られてるね」
現役の女神が二名と、その他が三名だな。
「誰が有利なんだ?」
「有利なのは現役の女神だよ。さすがに目立つからね。史上初の同票っていう話題性もあったし、女神の存在は学園のシンボルだから」
なるほど、それはそうだな。
注目度やら話題性、あるいは露出の面でも現在の女神は抜けている。
これは考えてみれば当然だろう。例えば政治家でも前大臣と現役大臣、どっちが話題になるかといえば後者に決まっている。政治家と一緒にしていいのか知らんけど。
「真広は誰が選ばれると思う?」
「どうだろうね。ただ、最近になって下級生の二人がグングン票を伸ばしているみたいだよ。勢いはそっちになるみたい」
「ほう、勢いがあるのか」
心当たりがあるとすれば中間テストの結果だろうか。
下級生女神候補の片割れであり、俺の義妹でもある虹谷紫音は無事に中間テストを乗り切った。猛勉強のおかげか、そこそこいい結果を出せた。
「それと、辞退した二人の票がそっちに流れてるらしいよ」
「……そうなのか?」
「アンケートを取った新聞部の友達が言ってたよ。たまたま聞いた生徒がそうだっただけかもしれないけどね」
なるほどな。実際にアンケートを取った人間からの情報なら一定の信憑性はありそうだ。
現状を聞いたところで。
「……じゃあ、次は天塚先輩について教えてくれ」
「そういえば、翔太は去年いなかったんだよね」
「転校生だからな。前女神ってことは知ってる」
真広は少し考えた後で。
「去年の天華コンテストね、実は天塚先輩は女神最有力だったんだ。さっきも言ったけど、基本的に現役の女神が有利だから。けど、文化祭直前に噂が流れたんだ」
「噂?」
「天塚先輩に年上の彼氏がいるって噂」
「……」
俺は目を瞬いた。
「その噂は真実だったのか?」
「さあ、どうだろうね」
「どういうことだ?」
「噂はいつの間にか消えちゃったんだ。そもそも見たって言ったのは誰なのかもわからないんだよね。この噂を聞いて本人に突撃した人もいたらしいけど、天塚先輩は肯定も否定もしなかったんだ。だから、真相は闇の中だね」
「……なるほどな」
「僕からしても噂でしかないから、実際のところはわからないけどね」
誰かが女神を妬んで適当に嘘の情報を流した可能性もあるし、真実の可能性もあるわけだ。
――天塚黄華。
前女神であるその人は、俺にとって恩人だ。かつて【4色の女神】という名の悪魔共にズタボロにされた後、あの人に救われた。冗談ではなく命を救われた。
俺はあの人に惚れていた。再会した今も姉さんが綺麗で素敵な人だと思う。
でも、今願うのは黄華姉さんの幸せだ。
姉さんが幸せになってくれればそれでいい。誰目線だよと突っ込まれるかもしれないが、俺はあの人が幸せになってくれたら最高に嬉しかったりする。
しかし恋人の噂か。
「……わかった。教えてくれてありがとな」
「ちなみに、男神候補の情報もあるよ」
「ほう。一応聞こう」
「こっちも混戦になるって予想だけど、最有力候補が一人いるよ」
「誰だ?」
真広が俺を見る。
「って、俺かよ!」
「体育祭の活躍、それから中間テストの結果で評価はうなぎのぼりだからね。妥当なところじゃないかな。見た目的にも問題なさそうだしさ」
「そいつは嬉しいような、面倒なような」
男神に興味とかない。今のところは考えなくてもいいだろう。
でも、黄華姉さんに恋人か。
高校三年生だから恋人がいてもおかしくない。むしろあれだけ綺麗で優しい女性に恋人がいないほうが不思議だ。
数日前、あの人と再会した。
それからずっと考えていた。いつか恩を返そうと。あの時に受けた返しきれない恩を必ず返そうと。
明日に控えているイベントが終了したら、黄華姉さんに噂の真相を聞いてみよう。その噂の真贋はわからないが、もし俺が力になれるのなら全力で頑張ろう。
俺はそう決意した。
まずは明日に迫った一大イベントを乗り切ってからだ。そう、黒峰月夜が我が家に訪問するというビッグイベントを。




