第27話 無色と黄色の再会
ふと、あの頃を思い出す。
悪魔共にズタボロにされて逃げるように田舎にやってきた時、俺は生きる気力を失っていた。新しい中学にも通えず、祖父母の家で引きこもっていた。
そんな俺を助けてくれたのは祖父母の家から一番近い家で暮らしていた少女だった。年齢は1つ上だったが、当時の俺には彼女がもっと年上に感じた。
引きこもっていた俺の元を毎日訪れて、いつも優しい言葉を掛けてくれた。
『今日もお姉さんが遊んであげよう』
『お姉さんは料理も得意なんだよ……カップ麺を作る天才なんだから』
『よしよし、翔ちゃんは良い子だね』
最初は反応しなかった。しかしどれだけ無反応でも、あの人は構わず手を差し伸べ続けてくれた。
祖父母と彼女のおかげで徐々に立ち直っていった。
おかげで中学にも通えるようになり、人付き合いも出来るようになった。あの人がいなかったら俺の人生は今もまだ暗い闇の中だったと思う。
けれど、何一つ恩返しが出来ていない内に彼女はいなくなってしまった。
「――久し振りだね、翔ちゃん」
その彼女が目の前に立って、俺の名前を呼ぶ。
初恋のせいで嫌な思い出もあった『翔ちゃん』という呼び方も、今となっては一番好きな呼び方だったりする。
「久し振り、黄華姉さん!」
水無瀬黄華。彼女は俺にとって大恩人であり、そして人生で二度目の恋をした相手でもある。
名前を呼ぶと、姉さんの手が俺の頭を撫でる。
「はい、黄華お姉さんだよ。やっぱり翔ちゃんだったんだ。大きくなったね」
懐かしいな。
あの頃はよくこうして頭を撫でてくれたものだ。一般的な中学生男子からしたら子ども扱いされたと怒るかもしれないが、メンタルがボロボロだった当時の俺はこれをされるのが大好きだった。
――今は少し恥ずかしいかな。
当時は姉さんのほうが大きかったけど、今は俺の方がずっと身長も高い。
懐かしさに浸っていると、目の前にある蓮司の顔を見て正気に戻った。蓮司は状況が理解できず目をぱちぱちさせていた。
「……あ、天塚先輩と知り合いだったのか?」
「天塚先輩?」
誰のことだろうと思ったけど、この状況では姉さん以外にありえないよな。
でも、俺の知っている苗字とは違う。それに天塚先輩といえば先代の女神だった人の名前だ。
「それって、前女神の名前だろ?」
「目の前にいる人がその天塚先輩だ」
どういうことだ?
会話を聞いていた姉さんが答えてくれる。
「天塚は今のわたしの苗字だよ。こっちに転校してきた理由がお母さんの再婚だったんだ。それで苗字が変わったの」
転校した理由も俺と一緒だったのか。
クラスメイトとの会話でも天塚先輩の名前は出てきたが、下の名前は誰も呼ばなかった。名前で呼ばなかったのは先輩だからだろう。
「引っ越す時に言ったはずだけど、忘れちゃった?」
当時の俺は姉さんがいなくなる事実がショックでひたすら泣いていた記憶がある。そういえば、引っ越しの理由を覚えていなかった。
「苗字といえば、翔ちゃんも変わってたよね?」
「う、うん」
「翔ちゃんのことは体育祭の時に初めて見かけてね、何となく似てるって思ってたんだ。でも、あの時は遠かったから確信が持てなかった」
「……俺だとわかったのは?」
「確信したのは今日だよ。テストの結果が張り出された時、たまたま近くにわたしもいたの。翔ちゃんが掲示板の前で喜んでるのを見て、その時に名前を見たの。苗字が違ったけど、翔ちゃんを間違えるはずないもん。もしかして、わたしと同じ理由で苗字が変わったんじゃないかなと思って探してたんだ」
そういうことだったのか。
「改めて自己紹介するね。今のわたしは天塚黄華だよ」
「――俺は虹谷翔太だ」
改めてお互いに自己紹介をした時、視界の大半を埋め尽くした姉さんの背後にいる赤澤の姿が小さく映った。
しまった。
感動の再会に酔いしれていたが、そもそも逃げ出すことになった元凶が目の前にいるじゃないか。すっかり存在を忘れていた。
まずい、俺の苗字が変わったことがバレてしまった。
「――なるほどな。天塚先輩が前に言ってた人だったのか」
そう言って蓮司が立ち上がった。
「積もる話もあるだろうし、俺は席を外そう。天塚先輩、失礼します」
歩き出した蓮司は教室を出るついでに呆然と立ち尽くしていた赤澤を連れ出してくれた。赤澤は石像のように動かなかったが、強引に引っ張って教室から追い出してくれた。
ナイスだ。
「気が利くね。さすがは男神君だ」
「蓮司は俺の親友だからね」
「じゃあ……彼が翔ちゃんが自慢してた万能超人の?」
そういえば、姉さんには何度も蓮司の自慢をしたっけな。
「同じ高校だったんだ。再会できて良かったね」
「うん」
それから姉さんは先ほどまで蓮司が座っていた場所に腰かけた。
「けど、苗字だけじゃなくて見た目も随分変わったね。遠目からだと確信できなかったくらいだよ」
「見た目が変わったって言うなら姉さんだって」
チラッと見かけたことはあったかもしれない。
ただ、遠目からではわからないほど姉さんの見た目は変化していた。
あの時の姉さんはメガネを掛けた地味な感じの少女だった。系統としては黒峰に近しいものだ。もっとも、中身はちょっぴり天然でめちゃくちゃ明るかったから黒峰とは全然違ったけど。
それに、姉さんは地味な感じを出しながらも目立っていた。
元々の顔立ちは整っていたし、お洒落をすれば凄く綺麗になるだろうと思っていた。また、とても目立つ胸をしている。制服の上からでもわかるそれは、黒峰のよりもずっと大きなサイズだ。
地味系だった姉さんが今ではすっかり垢抜けている。
髪の毛は茶色だし、軽くメイクもしているようだ。
「ふふふっ、ビックリしたでしょ。こっちに引っ越して色々とあったんだからね。お姉さんも成長するってわけ。どう見ても都会の女でしょ?」
「……そうだね」
根っこの部分は全然変わってなさそうで安心した。
「けど、翔ちゃんが同じ高校だったなんてビックリだよ」
「俺もだよ。偶然ってあるんだな」
「こっちにはいつ引っ越してきたの?」
「今年の一学期。母さんが再婚したのがきっかけ」
「だから苗字が変わったんだね。わたしと一緒だ」
そう言って姉さんはあの日と変わらない笑みを浮かべた。
「ねえ、あれからのこと聞かせて。わたしが居なくなって大丈夫だった?」
「最初は辛かったよ。あれから――」
それから俺達は昔話をして盛り上がった。
向こうで一緒に通っていた駄菓子屋の話だったり、よく野菜をおすそ分けしてくれた近所のオジサンの話だったり、思い出話に花を咲かせた。
夢中でお喋りしていると、いつの間にか外はオレンジ色になっていた。
「もっと話をしたいところだけど、遅くなると両親が心配しちゃうから」
「――あの、姉さん。連絡先を聞いてもいいかな」
俺がスマホを取り出すと。
「翔ちゃんがスマホ!?」
そこに驚くのか。
変なところに驚かれたけど、姉さんと連絡先を交換した。
「……また会えるよね」
「もちろんだよ。同じ学校に通ってるんだからね。少なくとも卒業まではどこにも行くつもりはないよ。それに、卒業しても大学はこの辺りにする予定だしね。ほら、お姉さんは都会の女だからさ」
それを聞いて安心した。
「これからまたよろしくね、黄華姉さん」
「こっちこそよろしくだよ、翔ちゃん」
蓮司の敗北だったり、相次ぐコンテストの辞退だったり、赤澤に見られたり、男神になれと言われたり、今日は様々な出来事があった。
でも、最後に一番嬉しい出来事があった。自分の人生を救ってくれた黄色い女神様との再会を果たしたのだった。




