第26話 神々の激突後
天華院学園は大きく揺れていた。
無敵だった男神が体育祭に続いて中間テストでも敗北した。これだけでも衝撃的なビッグニュースなのに、それに加えてコンテスト辞退だ。しかも【4色の女神】の一角である黒峰も同時に辞退した。
これで揺れないはずがなかった。
動揺していたのは俺も同じだ。
テスト結果が張り出された日の放課後、蓮司とコンタクトを取って合流した。学園内での接触は誰かに見られるリスクが高いのでやりたくなかったが、それどころじゃなかった。
何があったか問いただしたいところだったが――
「生きてるか?」
「……かろうじてな」
蓮司は明らかに意気消沈していた。
声に生気がない。
ショックを受けるのもわかる。初めての敗北だからな。それも黒峰だけでなく、赤澤にも負けたのだから。
燃え尽きたボクシング選手みたいになっていた蓮司を問いただすのはさすがに躊躇った。
「すまねえ、無様に負けちまったよ」
「いや、それは別にいいけど」
ショックではあった。
しかし別に謝られることではない。そもそも今回の戦いに俺は一切関係ないわけだし。謝罪されたところで何かあるわけでもない。
「――って、問題は負けたことじゃない。コンテストを辞退したのは本当か?」
「ああ、本当だ」
蓮司が肯定した。
「黒峰だろ?」
「……」
「タイマン勝負で負けたから男神を降りろって言われたんだよな」
辞退の話を聞いて仮説を立てた。
次回のコンテストに出場しない理由は黒峰だろうと。蓮司と黒峰はこの中間テストで賭けをしていた。内容は”負けた方が相手の言う事を一つ聞く”というものだ。
恐らくそれで蓮司に次回のコンテスト不出場を命令したに違いない。
と、思っていたのだが。
「いや、全然違うぞ」
「えっ?」
「理由は別だ。辞退したのは夕陽のせいだ」
赤澤がどうして出てきたのか。
あいつとは賭けをしていないはずだが。意味がまるでわからず俺はその場で首を傾げた。
「……だって、あの夕陽だぞ」
「うん?」
「この俺が夕陽ごときに負けたんだ。男神なんぞやってられるか!」
どういう理由だよ。
黒峰との勝負で負けた命令だと思っていただけに拍子抜けした。
しかしまあ、蓮司にコンテスト辞退を命じる理由とか一切ないもんな。黒峰にとってメリットは何一つないだろうし。
冷静になって考えてみればわかる。
「……てっきり黒峰から男神の座を降りるように言われたのかと」
「自主的に降りたんだ。あまりにも不甲斐なかったからな」
「お、おう」
「黒峰に負けるならまだいい。あいつは勉強が得意だし、入学してからのテストでは常に接戦だった。だから負けても納得はできる。ただ、夕陽はダメだ。夕陽程度の負けるような、どうしようもない野郎に男神は務まらない」
それを言ったら務まる男子がいないのだが。
男子最高の順位が蓮司なのは変わらない。その蓮司が負けた以上、誰も男神になれないのだが。少なくとも同学年では。
「元々辞めたかったし、いいきっかけになった」
「きっかけも何も勝手に辞めただけだよな」
「まあな」
辞退を決めた理由は聞いても意味不明だったが、ここは納得しておこう。
蓮司の表情から読み取ると、男神って立場に対して未練も興味もないらしい。ただ赤澤に負けたのが悔しかったというわけだ。
こりゃ男神争いのほうも激化しそうだな。
個人的には八雲君を推したいところではあるが、こっちの結果はどうなるのか。
「さっきの話に戻るが、俺が謝ったのは翔太にも関係あるからだ」
「……それはどういう意味だ?」
「黒峰だよ。あいつからすぐにコンタクトがあった。賭けに勝ったから命令をしてきたわけだが、正確には要望といったほうが正しいかな」
蓮司は少しだけ言いにくそうに。
「あいつ、間違いなく翔太の正体に気付いてやがる」
「っ!」
「俺と翔太、そして黒峰の3人で誰もいない場所で会って話がしたいってよ。あいつからの命令は翔太にそれを伝えてほしいって内容だった。受けるか断るかは翔太の好きにしていいってよ」
何だよそれ。
全然関係ないはずの俺がどうして出てきた。
「わざわざ俺に勝利しての命令だ。翔太に気付いてると見るべきだろうな。でないと、3人で会いたいって意味がわからん。そもそも、俺達が繋がったことを知っていないと出てこない話だからな」
「……黒峰の狙いは?」
「さあな。本人に聞いてくれとしか」
狙いがさっぱりわからないな。
「先に言っておく。俺は会ったほうがいいと思う」
「えっ――」
「会いたくないって気持ちはわかるが、正体がバレてるなら話は別だ。ここで会わないほうがまずい。情報も得られないしな」
確かにそうだな。
バレていないのならともかく、すでにバレている可能性が高い。会わないほうが後々不利になりそうだ。
「話してみた印象だが、翔太をどうこうしようって感じでもなかった。大体、翔太に気付いてるのに何もしないってことは悪意がないのかもしれん」
「そう……だな」
「それに、単純に気になる。翔太だってあいつの行動が気になるだろ?」
俺だって気になる。
黒峰は何が狙いなのか。会って何を話したいのか。
「黒峰と2人で会わせるとかだったら命令違反になっても拒否したが、話し合いに俺を入れたのは断れなくする狙いがあったんだろうな」
「……」
「まっ、詳しいことは本人から聞くしかないけど」
それしかないか。
頭の中で考えをまとめ、ゆっくりと頷く。
「わかった。黒峰に構わないと答えておいてくれ」
完全に予想外だったな。黒峰が勝利した時の命令がそれとは。
……誰もいないところで会いたい、か。
俺と蓮司が親友で、しかも繋がっていると確信しなければ出てこないだろう。かなりの確率でバレていると考えていいだろう。
「ついでになるが、俺からも翔太に頼みがある」
「頼みって?」
「次の男神になってくれ」
「……」
「翔太が適任だと思う。体育祭で俺に勝っただろ。それに今回のテストでも上位だった。これだけ優秀なら誰も文句は言わないはずだ」
どうして俺が?
そう言おうとしたが、蓮司が続けた。
「提案したのも理由がある。青山の話じゃないが、今の翔太なら大丈夫だと思ったからだ。黒峰も悪意は少なそうだし、問題になりそうなのは夕陽だけだ。けど、翔太には俺達が付いてる」
「……赤澤が何をしてきても対抗できるか」
「そういうことだ。翔太の目立ちたくないって気持ちはわかるけど、俺としては他の野郎じゃなくて翔太になってもらいたい」
どうしてだろう。俺を指名する意味がさっぱりだ。
「後任者がダメな奴だと何となく嫌なんだよ。自分の後輩がポンコツっていうか、クズみたいな奴が次の男神だと俺までダメに思われるっていうかな」
「……」
前に青山が似たようなことを言っていたな。後任には頑張ってもらいたいとか。感覚的には部活の後輩みたいなものだろうか。あるいは、弟子とかそういう感じか。
「なるほどな。けど、俺は――」
答えようとした時だった。
そう、ここは放課後の教室だ。放課後とはいえ誰かが来る可能性はある。
俺達はお喋りに夢中で足音に気付かなかった。気付いたのはそいつが教室の扉を開けた時だった。
教室の扉の前に立っていたのは赤澤夕陽だった。
「……」
「……」
目が合った。
これはまずいぞ。俺と蓮司が一緒にいるところを見られた。しかも偶然でも何でもなく、イスに座って楽しそうに喋っている場面を。
突然の事態に固まってしまった。
それは向こうも同じで、俺と蓮司の姿を交互に見て固まっている。
誰も言葉を発しない沈黙が続いた。沈黙の中、足音が響いた。その足音を出した主は赤澤の後ろを通過した。
その時、偶然そこを通過した女子生徒と目が合った。
「……良かった。無事に見つけられた」
その女子生徒は足を止めると、固まっている赤澤の隣を抜けてこっちに近づいてきた。
彼女には見覚えがあった。
あの頃から随分と変わっている。
でも、容姿が多少変わっても俺がその人を見間違えるわけがない。その人は一番辛かった時に寄り添ってくれた恩人なのだから。
「――久し振りだね、翔ちゃん」
姉と慕う女性は、あの頃と変わらない優しい笑みを浮かべていた。




