第9話 青い謎
青山とGPEXする約束をした日の夜。
いつもならゲームをしたり、勉強をしたりする。たまに寝転がって読書をすることもある。本来なら中間テストに向けて勉強しなければならないはずだが、今日に至ってはその気が起きなかった。
あいつはまだGPEX続けてるんだな。
青山がGPEXをしていたのは意外だった。俺との関係がなくなった時にゲームは辞めたと思っていた。
いやまあ、それはさておきGPEXだ。
離れている間は別にやりたい気持ちにならなかったが、一度気になるとまたプレイしてみたくなる謎の症候群に襲われていた。特にFPSはその傾向が強く、話をしたせいで無性にやりたくなってしまった。
我慢できずにパソコンを立ち上げ、GPEXを起動させた。
アップデートにやたらと長い時間が必要だったので、その間に動画で情報を集めるとした。しばらく完全に離れていたので新しいキャラだったり、銃だったりが出ているらしい。
動画サイトを開いたところで真広からおすすめされていた配信者を思い出す。
「確か『青海』だったよな」
おすすめされたのはGPEXの配信をしている女子高生だ。
女子高生というのは自称で本当かどうかは不明だ。配信者の中には名前やら年齢で視聴者を集める輩もいるので鵜呑みにはできない。
真広がGPEXを始めた理由は彼女にある。何でもたまたま見かけた彼女のプレイと配信に惚れてしまったらしい。声とか性格が好みで、プレイも上手いのでファンになってしまったという。
ちょうど生放送がやっていたので覗いてみる。
『ほいじゃ、今日もGPEXやっていくからよろしくね』
顔は出していない。かといってVtuberでもなく、単純に声だけで配信をしているタイプの人らしい。
『よっし、チームメイトのみんなよろしく』
『今日はエイムの調子いいかも』
『うわっ、これ逃げないと囲まれちゃうね』
『蘇生させるからちょっと待って』
腕前は見事だった。
現役女子高生配信者という触れ込みなので腕前など期待していなかったが、かつての俺よりも遥かに上手い。動きもスムーズだ。
同接は大体2000人前後。優勝が近づく度に同接は上がっていき、瞬間では3000人に届く。顔出しもなくVtuberでもなく、おまけにプロゲーマーでもないのにこれだけの同接ならば大人気といえるだろう。
人気の秘訣はトークだ。
『機嫌悪そう? 実は友達に彼氏ができたんだ。ボクとの約束破りやがった』
『最近料理にハマってるんだけど、ボクの手料理食べたお父さんが感涙してたよ』
『授業中って眠いよね。先生の声ってお経みたい』
『わかるわかる。小学生の時ってよく居たよね。プールあるからって水着で学校来てパンツ忘れる男子。実はボクもやっちゃったことあるんだよね。超焦ったよ』
軽妙なトークだった。コメントを拾いながらでもプレイは散漫にはならないのはセンスと慣れだろう。
雑談の内容は大半が学校での出来事だった。友達の話だったり、授業の話だったりだ。会話の内容からしても女子高生というのは嘘じゃないらしい。人気の秘訣はリアルっぽさで、コメントには男性視聴者が多いのも特徴だ。
俺は首を傾げる。
彼女の声はどこで聞き覚えがあるような気がした。特に一人称が「ボク」な辺りあいつを連想させる。
いやいや、ありえないよな?
そんな奇跡があってたまるか。大体、俺が知っている頃のあいつは配信とかするようなタイプでもないし、そんな知識もなかったはずだ。
ふと、アカウント名に視線が向かう。
GPEXでは左下にアカウント名が表示される。
アカウント名には【UMINEKO1223】と表記されていた。
「……マジかよ」
青山海未のアカウントだった。
アカウントの由来だが「UMI」は単純に青山海未の名前。続く「NEKO」は猫派という意味で、最後の「1223」は12月23日生まれだからである。
何故知っているのかって?
そりゃそうだ。俺と一緒に考えて作ったアカウントだから。
頭が混乱した。
あいつが配信者になっていたのも驚きだし、あいつが未だにこのアカウントを使い続けているのも驚いた。
驚いていたらアップデートが終わった。久しぶりにゲームに接続したことに若干の感動を覚える。
元々俺が使用していたアカウントは【syoutainu1119】というものだ。名前と犬派、そして誕生日という青山とまったく同じシステムで作ったアカウント。名前が小文字な点については特に意味がない。
接続してフレンドを確認する。
そこには【UMINEKO1223】がいた。オンラインになっていた。絶対に削除されていると思ったんだがな。
驚いていたその時だった。
『えっ、嘘でしょ?』
配信のほうで青海が声を荒げる。
――おっ、急にどうした?
――トラブル発生か?
――親フラの可能性。
コメント欄が慌てる。
『えっと……急に黙ってゴメンね』
良かった。タイミング的に俺がログインしたことに気付いたかと焦ったが、特にそういうわけではなさそうだ。
そりゃそうだよな。相手は人気配信者だ。フレンドなど無限に存在しているはずだ。俺との間にフレンドが残っていたのは削除し忘れたからだろう。
『あのさ、このゲームってフレンドにメール送れたっけ?』
――メールは無理だよ。
――フレンドなら招待すれば?
――おっ、誰か来る感じか。
『フレンドなら招待ね。了解』
直後、ゲーム画面に招待が送られてきた。相手は【UMINEKO1223】だ。
『もしかしたら誰か来るかも。ていうか、来てほしい。めちゃくちゃ来てほしいからフレンドに招待送ったよ。めっちゃ会いたいよ。っていうか、ログインしてるの久しぶりに見たんだけど』
「……」
どういうつもりだよ。
あいつの過去の行いから考えても俺とコンタクトを取ってくるなどありえない。
招待を無視していると何度も何度も招待が来た。もはや嫌がらせのレベルで招待が送られてきた。
このままだとまずい。ひとまずゲームを終了させる。
『あっ……そっか』
配信からはシュンとした声が聞こえた。
悲しそうな声にバツが悪くなり、そのまま配信を閉じた。
◇
青山海未の行動が謎だった。
あいつは何を考えてゲームの招待を送ってきたのだろうか。一緒にゲームをする他に理由はないんだろうけどさ。だからって今更だろ。最後にプレイしたのは二年前だぞ。
もやもやしたまま時間を過ごしていた。いつの間にか深夜になっていた。あれから雑念を振り払うように勉強したが、まるで集中できなかった。
眠れそうになかったので再びパソコンを立ち上げる。
ディスボードを開く。
ディスボードはスマホやパソコンで動作するフリーウェアだ。ビデオ通話・音声通話・チャットが出来る。かつて俺はGPEXをする際にこのソフトで青山と通話しながらプレイしていた。
こちらも約二年ぶりにログインする。
ログインするとフレンド欄があり、青山海未がいた。こちらも削除されていなかった。さすがに深夜なのでオフラインになっていた。
俺達は必ずチャットで連絡を取り合ってから通話を開始していた。チャットで挨拶したり、雑談したり、愚痴をこぼしてからゲームをするのが通例だ。
――ケガしちゃった。ボクってホントに馬鹿だね。
――天華院に合格しました。勉強めちゃくちゃ頑張ったんだよ。
――中学卒業しました。そっちはどうかな?
――高校入学してあいつ等がいるって気付いた。気分最悪だよ。
何だこれ。
チャット欄には青山から一方的な書き込みがあった。
遡ってログを見ると、毎日のように書き込みがあった。俺からの返信はない。当たり前だ。そもそもログインするのが中学二年以来だから返信などできるはずがない。
誰かと間違えてるとか?
一瞬だけそう考えたが、最新のチャット欄を見て考えを改める。
――GPEXにログインしてたよね。もしディスボ見ていたら連絡ください。
――いつまでも待ってます。
――お願いだよ。返事ください。
数時間前にあった最新のチャットがこれだった。
俺が先ほどGPEXにログインしたのはあっちも理解している。だからこのチャットは俺に向けられているわけだ。
えっ、怖いんだけど。
俺達の関係はとっくの前に切れたはずだ。おまえは俺を裏切って病院送りにしただろ。今さら連絡取ったところで話す内容はないぞ。
ログを遡っていく。
――いつもの時間に待ち合わせね。
――うっし、今日も優勝するぞ。
――最後惜しかったね。明日リベンジするよ。
――部活でむしゃくしゃした。ストレス解消するため戦場に向かおう。
――ごめん。しばらく一緒に出来ない。
俺のログインした最後のログがこれだ。これに対して俺が「わかった」と返信したところで二年間ログインをしなかった。
ここからしばらくチャット欄は空白になっていた。
そして、半年ほど経った日だった。日付からして俺が転校した直後くらいだ。
――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「……ひぇ」
謝罪の言葉が並んでいた。
一度だけじゃなかった。毎日毎日謝罪の言葉だけが書かれていた。びっしりと埋めるような言葉に思わず引いた。
どうしてこうなった?
中学二年の最後のほうは俺も休みがちでひきこもり状態だった。学校に行っても保健室登校だったので情報は入ってこなかった。
突然の変貌はどうしたよ。
虐めるおもちゃが無くなったからストレス解消ができなくなった。だから再び俺を呼び戻そうとした、とかどうだろう。
さすがに被害妄想が酷すぎるかもしれんが、かといって調子に乗って返信すると後々恐ろしいしっぺ返しがあるかもしれない。
「……よし、見なかったことにしよう」
考えてもわからんものはわからん。下手に首を突っ込むとロクなことにならないだろうしな。
ディスボードを閉じようとしたら。
突如、青山海未がオンラインになった。
「っ、こんな深夜にログインするとか美容とか健康に悪いだろ。このアホっ」
慌ててログアウトした。どうだろう。タイミング的に見られたかもしれない。もしそうならまずい。
改めて確かめる勇気もなく、もやもやしたままベッドに戻った。謎は深まるばかりだ。
あえて言うまでもないが、その日は全然眠れなかった。




