第21話 青い再会後
「ほう、それでこの状況ね」
目の前で蓮司がピキピキしている。
青山と仲直りした翌日。
その日は前々から蓮司と遊ぶ約束をしていた日でもあった。体育祭で勝利したからご飯を奢ってもらう約束をしていたのだが――
「偶然だよ、偶然」
「言っとくが、おまえの分は奢らないからな」
「わかってるよ。ボクは自分で出すから大丈夫」
何故か青山もいる。
これは狙ったわけではない。
事情を説明すると非常に簡単である。昼飯を奢ってもらってから遊びに行く約束をしていたわけだが、蓮司との待ち合わせ場所であるファミレスにやってきたら近くを青山が通りがかった。
向こうから声を掛けられ、この状況になった。
で、昨日の出来事を説明した。
蓮司は勝手に青山と仲直りしたことに対してピキピキしているというわけだ。
「ったく、勝手に動きやがって」
「だから悪かったって」
「絶対反省してねえだろ」
「けど、青山は大丈夫って説明しただろ?」
「……まあな」
青山の話はしてある。
「前から謝罪の言葉があったらしいし、あれは事故って聞いた。この流れはそれほど不思議じゃないか。いい、わかったよ」
不承不承といった感じだったが、蓮司は納得してくれた。
「で、青山はこれからどうするんだ。例のコンテストを辞退したそうだが」
話を振られた青山は頷いた。
「ボクは女神を降りるよ。あの称号に価値を感じないしね。今後は桃楓ちゃんをこっそり応援するって決めたんだ。表立って応援するとあの子は反発しそうだしね。ボクを支持してくれた人にそれとなく話をして、支持を流すつもり」
「……確かに反発するだろうな」
「あの子、ボクのこと凄く嫌ってるし」
「当たり前だ!」
などと話をしながら、俺達は料理を注文した。
……この面子で飯を食う日が来るとはな。
蓮司と青山はそれほど関係が深かったわけではないが、俺との関係もあって何度か一緒に遊んだ仲でもある。俺が転校してからは絶縁状態だったらしいが。
しばらく思い出話をしながら食事をした。
「……それで、おまえ的に赤澤と黒峰はどう見る?」
蓮司が青山に問いかける。
「ちょっと前までは翔太に気付いてないって思ってた。けど、翔太と犬山のテンションから何となく察してるかもって考えるようになった」
「……」
「ただ、赤澤夕陽に関してはさっぱりわからない。あいつは昔の翔太を知ってるし、本来なら真っ先に気付くはずなんだ。犬山のテンションがおかしいのも絶対気付いてるはずだよね。あれだけ仲良しだったんだから」
あいつに関しては俺も全然わからない。
「でもさ、こうなったら連中を気にしなくて良いでしょ」
「どういう意味だ?」
「ボクに犬山、それから白瀬が仲間なわけでしょ。あいつ等の思考や行動はわからないけど、仮に翔太を狙ってきても討伐できると思うんだ」
討伐という言葉を使うのはアレだが、言いたいことはわかる。
俺にとって天敵だった【4色の女神】も半分と関係を修復した。それに加えて男神である蓮司もこちら側だ。
あいつ等がまた悪魔みたいな所業に出るのかは不明だが、仮に動き出しても何とかなるかもしれない。
「翔太はどう思う?」
青山に話を振られた。
「そうかもしれないけど、俺は特に何もしない。現状維持だ」
「どうして?」
「天華院には東部中学出身の連中が他にもいるだろ」
「……そういえば、名塚にも言ってないんだっけ」
「あえて言う必要もないと思ってる。中学の頃を知ってる奴からしたら俺は浮いてたからな。変な目で見られるのも嫌だし、余計な噂を立てられるのも嫌だ。何事もないのが一番だよ」
構築した人間関係がごちゃごちゃするのは嫌だ。
「それに、紫音に過去のことを知られたくないし」
「余計な火種はいらないってわけだね」
そういうことだ。
「現状維持の理由はもう一つあるぞ。残念ながらそれどころじゃない問題が発生したんだよ。俺はこれからそっちの問題を全力で片付けないと」
俺の言葉に蓮司と青山が顔色を変えた。
声を揃えて「どうした?」と聞いてきたので答える。
「目の前のことに集中しなくちゃいけなくなったんだ。そう、目前に迫っている中間テストというイベントにな」
体育祭を終えた直後だが、間もなくして中間テストが始まる。
「でも、翔太って成績結構良かったよね。一学期の期末テストの時にチェックしたけど、かなり上位だった気がするけど」
俺に気付いていた青山は成績のチェックとかしていたらしい。
「今回のテストは事情が変わったんだ。頑張る理由ができたというか、俺以外の奴を頑張らせないといけなくなった」
「どういうこと?」
昨晩の会話を思い出す。
青山が帰宅した後、両親と紫音は無事に戻ってきた。そして晩飯の時、ある話題になった。
それが紫音についてだ。
高校デビューした紫音は今の生活をエンジョイしている。高校生活にもすっかり慣れ、夏休みの終わり頃から近所のコンビニでバイトを始めた。それ自体はとても素晴らしいのだが。
「実はな、紫音の成績がピンチなんだ」
このところ紫音は友達と毎日のように遊び歩いているのだ。
遊ぶといっても健全な遊びだ。買い食いしたり、カラオケに行ったり、ショッピングしたりそういう女子高生らしい生活だ。
元々は姫宮女学院という名門女子校出身だった。それに加えて母親がおらず、これまでは家事もこなしていた。だから今まで遊ぶ暇がなかった。その反動で今は遊びまくっている。抑圧されていたものが噴出した感じだ。
家事も母と一緒にやるので負担が減り、バイトを始めたから金の問題もない。
遊びまくっているので成績が急降下した。
俺が紫音と話し合いを出来ていない理由もこれだったりする。女神に関する話し合いをしたかったが、紫音が中々家に帰ってこないのだ。夜中に尋ねるのは義理の兄妹なので遠慮していた。
「……華の高校生だ、遊びたくなる気持ちはわからないでもないな」
「しかも紫音ちゃんには翔太っていう新しい兄貴も出来た。二学期になって高校生活も安定してきたところだし、人生が楽しくて仕方ないのかも」
困った父親から紫音の勉強を見てほしいと頼まれた。
新しい家族との関係を大事にしている俺がこの申し出を断る選択肢はなかった。そもそも、今の俺にとって一番重要なのは紫音だ。このまま堕落させるのはダメだ。
「俺は可愛い義妹を落ちこぼれにしたくない!」
そう宣言すると、目の前の両者は顔を見合わせた。
「俺等には立ち入れない問題だな」
「そうだね。ボク等は完全な部外者なわけだし。勉強を教えるほど仲が良いってわけでもないからさ」
「おまえは翔太の母さんから特に憎まれてそうだから家に行けないだろ」
「……中学の頃に謝って許してもらったけど、内心では嫌ってるよね」
「当たり前だ」
両者の話を聞きながら、俺は深々と息を吐く。
「というわけで、俺にとって今の最優先はこれだ。明日からは紫音の勉強を手伝う。そのためにも俺自身しっかり勉強しないとな」
俺の意識は中間テストに向いた。
「良い兄貴になったな」
「本当のお兄ちゃんみたいだよ、翔太」
これからも良い兄貴でいるために努力あるのみだ。
それからはくだらない話で盛り上がった。幼馴染だけあって思い出話を探せば結構見つかるものだ。
ファミレスを出たところで青山とは別れた。
「ごちそうさん。やっぱ無料で食う飯は最高に美味いな」
「次は俺が勝つ!」
「いつでも挑むといいぞ」
「なら、中間テストで勝負だな」
「そ、それは蓮司に有利すぎないか?」
「言ったからには逃げるなよ。次も飯を賭けた勝負だからな」
話をしながら俺達は歩き出す。
……あれ、誰かに見られてる?
ふと、視線を感じたので歩きながら振り返る。そこには、今まさにバイト先であるこのファミレスに到着した猫田の姿があった。彼女の視線は俺達をジッと捉えていた。




