第20話 青い仲直り
「――というわけだ。それで、白瀬にバレちまった」
白瀬に正体がバレた経緯を説明した。最初こそ興味津々に聞いていた青山だったが、途中から呆れ顔に変わっていた。
「ドジだね」
「うるせえよ」
「じゃあ、あの料理対決も白瀬のアイデアだったんだ」
「お粗末だったろ、段取りも悪かったし。終始グダグダだったけど、紫音が何とか形にしてくれたんだ。本命は女神達からの聞き取りだったから」
俺がため息交じりで言うと、青山は何かに気付いたように。
「あっ、翔太が白の派閥に入ったのってあいつと仲直りしたから?」
「今さらだな。それも白瀬からの提案だった。他の女神からの勧誘を断るためだったんだが、実際には全然効果なかった」
「……てっきり脅されてるのかと思った」
「違うって前にも言っただろ」
「あいつのことだから裏で秘密でも握ってるんじゃないかと」
白瀬の信用のなさがえげつない。
あいつの信用度は置いておくとして、青山は色々と納得したみたいだ。俺と白瀬の関係が修復したことは驚いていたようだったが。
ここであの疑問について聞いてみることにした。
「白瀬との話で俺の存在を知らないって嘘を吐いたみたいだけど、何故だ?」
「あいつが翔太の正体に気付いてないと思ったからだよ」
「……」
「白瀬に翔太のことを忘れてほしいから知らないって嘘を吐いたんだ。そうすれば興味を失って、翔太の存在を忘れると思った。まあ、実際には全然意味なかったみたいだけどね。その話が本人に伝わるとも考えてなかった」
そうだったのか。
青山が俺を忘れているはずがないのは最初からわかっていたしな。あれはそういう狙いだったのか。
俺と白瀬がその前に繋がっていたから意味が無くなったわけだ。
「つまり、白瀬から守ろうとしてくれたわけか」
「仲直りしてるとは思わなかったからね。むしろ、一番それから遠い奴かなって。だから完全にノーマークだった」
俺自身もそう考えていた。
実際のところ青山と違って白瀬は俺に気付いていなかった。一番遠い存在だったのも間違いない。
……なるほど、忘れたフリか。
その事実を知った瞬間、ある可能性が脳裏を過った。
黒峰と赤澤も同じことを考えているのではないかと。
蓮司が言うには赤澤の部屋には俺の写真が飾ってあるらしい。同じように忘れたフリをしている可能性は高い。
もしかして、俺の正体に気付いていたりしないよな?
さすがにそれは考えすぎだろうか。赤澤のほうはさっぱりわからないが、黒峰と出会ったのは中学の頃だ。今の俺の姿が小学生時代に近いのなら絶対にわからないはずだ。
とはいえ、考えたところで答えは出ないか。
「犬山とはいつ会ったの?」
「体育祭のちょっと前だ。こっちから正体を打ち明けた。あいつもかなり驚いてたな。信じられないものを見るような目で見てきた」
蓮司と再会した時の状況を話した。
話しているうちに気分が乗ってきた。いつの間にか数分間ほど喋っていた。
「……犬山の話をする時は嬉しそうな顔してるね」
「えっ」
「いや、何でもないよ」
話が切れると、青山は思い出したように。
「そういえば、白瀬の話で脱線したから中途半端になっちゃったね」
「ああ、そうだったな。青山の話を聞かせてくれ。具体的には、俺のことを知った後でどうしていたのか」
「ボクがどういう気持ちでここまで過ごしてきたのか話すね」
青山はこれまでの日々を振り返りながら、説明してくれた。
打ち明けるか迷いながらも、それでも保留しながら日々を過ごしてきたようだ。転機になったのがさっきも出てきた桃楓との話し合いになる。
「桃楓とは何の話をしたんだ?」
「……会話の内容を言うのは本人から許可がないからダメだけど、大丈夫な範囲で言うと桃楓ちゃんは女神になりたいんだって」
「お、おう」
「真っすぐな気持ちが眩しかった。ボクはあの子の応援をしようと思った。コンテストを辞退したのもそれが理由。自分が女神にふさわしくないっていうのもあるけど」
「応援?」
「例のコンテストの応援だよ。女神を目指してるみたいだから、少しでも力になりたいなって」
意外だった。
「あっちはボクのこと嫌ってるけど、ボクは桃楓ちゃんを嫌いになれないからさ。誰よりもまともだと思ってる。あの子が女神なら安心できるよ。少なくともボクよりは何倍も素敵な女神になれるはず。後任の子には頑張ってもらいたいでしょ?」
さっき言っていた任せられるってのはそういう意味か。
桃楓とした会話の内容は気になるところだが、話したくなさそうだし今は止めておこう。
「これが今日までのボクの考えと行動だね」
「なるほどな」
「それで、ボクとしては考え抜いて翔太に謝ろうと思ったわけだよ」
青山が真っすぐに俺を見る。
「……あの時の、俺を階段から落とした時の話を聞かせてくれるか?」
「わかった。嫌な気分になるかもしれないけど」
「構わない」
青山は全部話してくれた。
その内容はディスボードのほうに書かれていたものと同じだったし、作戦会議の際にファミレスで聞いた話と同じだった。
嘘ではないだろう。
「……やっぱあれは事故だったんだな」
「確かにそうだけど、事故で済ませる気はないよ。翔太のおかげで何事もなかったようになったけど、本来なら警察沙汰になってもおかしくなかった。それに、ボクは自己保身のために翔太の悪口も言ってた。我ながら最低だよ」
青山は立ち上がった。
「そんなことしておいて都合がいいのはわかってる。でも、ボクはやっぱり翔太と友達に戻りたいんだ――」
青山は三度頭を下げる。
「改めて謝るよ。あの時は本当にゴメンなさい!」
その姿を見て、昔のことを思い出した。
「簡単に許されてるとは思ってないよ。だから、気が済むまで殴ってくれ!」
「……いや、解決法がヤンチャすぎるだろ」
「でも、謝る方法ってそれくらいしか思いつかないし」
俺にとってあの出来事は2年以上も前の話だ。
当時ならともかく、今となっては青山に何かしようという気にはならない。
そもそもこいつはずっと謝っていた。謝罪のメッセージが今もディスボードに数多く残っている。謝罪する気持ちに嘘はないだろう。
故意に突き落としたわけでもないと理解した。
すぐに全部を許せるのか問われたら無理だけど、少なくとも今の青山に対して報復しようという気にはならない。
大体、ここで青山に殴って俺に何の得がある?
「……」
ない。一切得がない。
正直なところ俺はこいつを殴っても気持ち良いという感情を抱かない。残されたメッセージを見たら心の奥底にあった復讐心みたいなものは萎えてしまった。
「別に何もしなくていい」
「えっ?」
「俺さ、新しい家族ができたんだ。新しい父親は俺を良い息子だと言ってくれるし、義妹の紫音は俺のことを良い兄貴だと慕ってくれてる。状況的には青山を殴るのもアリかもしれないが、それをしたら少なくとも紫音には引かれる気がする。父親のほうも良い顔はしないだろう。どっちも理解はしてくれるだろうけど、それで関係がこじれたら最悪だ」
「……誰にも言わないよ」
「ここからの帰りに顔が腫れてるところ見られたらどうするんだよ」
復讐が頭にちらついたこともあった。
だけど、平穏な生活を目指したい気持ちが勝った。平穏な日々が長く続けば続くほどそっちの気持ちが強くなっていった。
「だからいいんだ。俺はもうおまえを許したよ」
「……翔太」
「ただ、全部を許したわけじゃないし、あの時のことは忘れない。仲直りってほど大層なものじゃないぞ。だから昔みたいには戻れない。正直なところ、友達なのかって聞かれたら俺は首を横に振るからな」
そう言うと青山は瞳に涙を浮かべながら頷いた。
「わかってる……ありがとね、翔太」
こうして俺達は仲直りをした。
あの頃みたいに戻れるかは正直微妙だ。でも、この青い少女をまた”友達”と呼べる日は何となく来る気がしていた。




