第18話 青いメッセージ
『天華コンテストを辞退したって本当なの?』
天華院学園に青い暴風が吹き荒れた日の夜。
その日の放課後は青山や真広とGPEXをする約束をしていた日だった。青山がディスボードに入ってきた瞬間、真広は我慢できずに口を開いた。
俺にその件を教えてくれた真広だったが、人伝てに聞いたので本人から聞いたわけではなかったらしい。
学園では聞けなかった。
真相を確かめようと多くの生徒が青山の元に詰めかけたからだ。さすがに人の群れを縫って進む勇気はなかったらしい。
「俺もその噂は気になってた」
『本当だよ。天華コンテストを辞退することにしたんだ』
青山は迷わずそう言った。
「どうしてだ?」
『どうしてと言われてもね』
「あの勢いなら単独で女神になれる可能性は全然あっただろ」
『そうだよ。僕達も応援してたのに!』
待て、勝手に俺まで応援していたと捏造するな。
ツッコミを入れたいところだが、グッと耐えた。
『理由はいくつもあるけど、自分が女神にふさわしくないって思ったからだよ。まあ、元々興味もなかったんだけど』
「……もう辞退で決定なのか?」
『先生にはもう言ってある。撤回する気はないよ』
青山の決心は固いらしい。
『……青山さんは女神にふさわしいと思うけどね。体育祭だって、あんなに盛り上がったじゃない。あそこまで盛り上げられる人はいないよ』
納得できないのは真広だろうな。
青の派閥としてずっとやってきたわけだし、推しである青山がいきなり辞退だ。意味がわからないだろう。
『別に卑下してるとかそういうのじゃないんだ。むしろ逆かな』
『逆って?』
『ようやく一歩踏み出せそうな気がしてるんだ。吹っ切れた感じ。女神って称号は格好いいかもしれないけど、ボクには必要ないんだ』
正直、辞退の話を聞いてからネガティブな想像をしていた。
体育祭で蓮司達と話していた。あの直後の青山は暗かったし、あの時に何か言われて嫌な気持ちのまま仕方なく辞退したと思っていた。
しかし、青山の声に悲観などなかった。こいつのことは昔から知っているので間違いない。
『あのさ、続きはゲームしながらでどう?』
『えっ――』
『アップデートで新マップが追加されたんだよね。楽しみだったんだ。新しい武器も追加されたみたいだし、楽しまないとね』
戸惑う俺と真広だったが、青山の声色はうきうきだった。
仕方ないのでゲームを開始する。新マップを楽しみにしていたのは事実だし、そのために集まったのだ。
いざゲームを開始すると、普段の青山と変わらなかった。いや、いつもよりプレイにキレがあるような気がした。テンションも高めだったし、吹っ切れたという言葉は本当らしい。
それに対して俺達は雑念があったせいか足を引っ張りまくった。
新マップに対応できていないというのもあるが、つまらないミスを連発した。特に真広のほうは随分とショックだったらしく、初心者の頃に戻ったような酷い動きを連発していた。
何戦かした後、青山は口を開いた。
『応援してくれた名塚には申し訳ないと思ってる』
『……』
『ゴメン。でも、決心は変わらないんだ』
その言葉で空気が暗くなった。
……このままだと後味悪くなりそうだな。
青山が急にコンテストを辞退した事情はまだわからないが、ここは俺が盛り上げるしかあるまい。折角のゲームを気持ちで終わらせたくないし。
「女神じゃなくなっても別に変わらないんだろ?」
『全然変わらないよ。相変わらずゲームは好きだし、今まで通り配信も続けるからね。ただ、学園で女神って呼ばれることが無くなるだけだよ。面倒な会議に出なくても良くなるし、ボクからしたら悪いことは一つもないんだ』
なるほどな。
蓮司のほうも会議が面倒と言っていたし、人気配信者である青山からしたら余計な時間を取られたくないわけだ。
『そもそも、今年も女神になれるかもわかんなかったしね』
「確かにな」
そりゃそうだ。
体育祭の活躍で勢いはあったが、元々今年は大混戦だったらしい。辞退しなくても青山が女神になっていたかはわからない。
『というわけで、女神にはならないけどこれからもよろしくね』
「おう。わかったよ」
『……わかった。僕も受け止めるよ。これからもよろしくね』
まだ完全ではないだろうが、真広はその事実を受け止めた。
そこからは順調だった。
真広のプレイにも精彩が戻ってきた。というか、最近プレイしまくっているのでめちゃくちゃ上手くなっていた。はっきりいって俺とは比較にならないレベルだ。
別に女神を目指さないからといって青山がどうなるってわけでもない。よく考えれば単なる学園内の称号程度の話じゃないか。
つい俺まで動揺しちまった。
感情が落ち着いてきたと同時に新マップにも慣れてきた。最後の最後で優勝し、良い形でお開きとなった。
『で、新マップはどうだった。良い感じ?』
「俺は結構気に入ったぞ」
『僕もだよ。やりごたえあるね。建物が多くて覚えにくいけど、そこさえクリアすれば問題ないかな』
最初はどうなるかと思ったが、最終的にはいつも通り終わった。
『そうだ、今度また大会があるみたいなんだ。出場してみる?』
『もちろんだよ。翔太もいいよね?』
「……別に構わないぞ」
前回の大会は楽しかった。それなりに結果も出せたはずだ。前回はボコボコにされたが、今度こそプロに勝ちたい。
次なる目標が決まり、モチベーションが上がったところでGPEXを終了した。
「……?」
その直後、ディスボードに青山からメッセージが届いた。
――明日、会える時間あるかな?
唐突だな。
明日は土曜日で学校は休みだ。時間はある。
――大事な話をするって言ったよね。あれの続き。本当は通話しながら約束しても良かったけど、名塚には言わないほうがいいかなって思ったんだ。
大事な話をすると言っていたな。
てっきりコンテスト辞退が大事な話かと思っていたが、違ったらしい。
「……家か」
料理対決の時に来ているのでそれほど特別な感情もない。それ以上に大事な話というのが気になった。
恐らくはコンテストを辞退する以上の内容ってことだろうし。
――時間はあるけど、外には出られないぞ。明日の昼間は親と紫音が買い物に行くって言ってたから、俺は留守番しないといけないからな。
そうメッセージを打った。
――ある意味では好都合なのかな。紫音ちゃんの耳には入れたくなかったから。じゃあ、明日のお昼に行きます。
即座に返信があった。「了解」と打っておいた。
「……」
その行動は何となくだった。
昔のアカウントでディスボードにログインしてみた。大事な話と聞いて昔のあれこれが関係しているかもしれないと思ったのだ。
予想通り、そこにはメッセージが届いていた。
届いたのは昨夜だ。
――こっちを見てるかもしれないから、書いておくね。今まで遠回りしたけど、ようやく決心がついたよ。こっちのアカウントにメッセージを打つのはこれで最後にするよ。改めて、あの時は本当にゴメン。翔太が無事に戻ってきてくれて本当に良かった。あっ、大会の時は励ましてくれてありがとね。
「……」
メッセージを見て心臓が高鳴った。
どうやらあいつは、俺の正体に気付いたらしい。




