第17話 青い風
大盛り上がりの体育祭も終わろうとしていた。
泣いても笑ってもこれが最終種目だ。
現在、俺達の赤組は首位に立っている。首位ではあるのだが、その差はごく僅かだ。上位4チームはどこが優勝してもおかしくない。最終種目で勝利したチームが優勝すると言ってもいいだろう。
「おめでとう。最後、凄かったね!」
「ありがとな……赤澤も頑張れよ」
「任せて。相手は強いけど、これに勝って赤組の優勝を決めるから!」
赤組の陣地に戻る際、すれ違った赤澤と言葉を交わした。やる気満々のようで頼もしい限りだ。
誰もがこの種目に釘付けだった。
接戦というだけでなく、史上初となる女神同士の直接対決というのも注目度が高い理由だろう。
赤組のアンカーは赤澤夕陽。
青組のアンカーは青山海未。
赤と青の女神が優勝を賭けた大一番でぶつかる。否が応でも注目されるし、これに興味を持たない生徒のほうが少ない。
ちなみに、黒峰と白瀬はリレーに出場していない。選抜メンバー8人の枠から外れている。出場すれば注目されるだろうが、勝ちにいけば両者は出場しないのが当たり前だ。どっちも運動が得意ではないし、これは仕方がないだろう。
勝利して戻ってきた俺達リレーメンバーはめちゃくちゃ褒められた。褒められすぎて少し照れたけど、悪い気はしなかった。
「さあ、これで最後だよ。気合いを入れて応援しよう!」
猫田がそう言うと、赤組の皆が声を上げる。
ここはもう感情を抜きに赤組を、そして赤澤を全力で応援する。賭けのこともあるし、絶対に勝って欲しいところだ。
すべてを出し切った今の俺に出来るのは応援することだけだ。
『さあ、今年の体育祭も最終種目となりました。史上初となる女神同士の激突に注目が集まります。その中でも注目はやはり青組アンカーである――青山海未さんでしょう。どのような走りを見せてくれるのでしょうか!』
実況も興奮を隠しきれない様子だ。
全校生徒が注目する中、ピストルの音が響いた。
勢いよく飛び出したのは赤組だった。
最初の走者で先頭に立つと、次の走者にミスなくバトンを繋いだ。そのままトップをキープしている。
「ナイスだ!」
ただ、油断はできない。上位の組はすぐ後ろにいる。少しでもミスをすればあっさり逆転されてしまうだろう。
何度か追いつかれそうにもなったが全員よく粘った。途中、黒組がバトンを落とすアクシデントもあったが、上位勢に目立ったミスはない。
赤組はトップのままアンカーの赤澤に繋いだ。後続とはそこそこ差がある。
「よし、このままなら勝てるぞ!」
「行けるよ!」
「逃げろ、夕陽!」
真広と猫田と一緒に声を張る。
トップでバトンを受け取った赤澤は全力で逃げる。100メートル走の時よりも速く感じるのは気のせいではないだろう。
ライバルとなる桃組や紫組の女子もかなり早いが、このリードがあれば十分に逃げ切れる。優勝できる。
『トップは赤組です。さあ、ここで青組もアンカーである青山さんにバトンが渡った。ここからの巻き返しはあるのか!?』
実況の声に反応してそっちを見ると、バトンを受け取った青山がエンジンを全開にして追いかけてきた。
「うわっ、速っ!」
それは誰が言ったのかわからない。
バトンを受け取った青山は強烈な勢いで追い上げてきた。その速度は異常だった。あっという間に他の選手を抜き去ると、赤澤の後ろに迫ってきた。
……相変わらずきれいだな。
走る姿はあの日見た、俺が最も美しいと思っていたあいつの走りだった。風と一体化してグングンと速度を上げてくる。
走りに見惚れていると、あっという間に差が詰まってきた。
「やばいぞっ、逃げろっ!」
我に返った俺は必死で応援した。青山の走りに見惚れながら、それでも赤澤の応援をした。
差は徐々に詰まってきた。
『凄まじい追い上げを見せています。赤組のリードはあっという間に無くなっていく。しかしゴールは目前です。果たして届くのか!?』
久しぶりに喉が枯れるくらい声を出した。あいつを全力で応援する日が来るとは思わなかった。
赤澤は頑張っていた。
頑張って粘ってはいたが、ゴール直前で青山に追い抜かれてしまった。青山はそのまま先頭でゴールテープを切った。
そして――
「やった、ボク達の優勝だっ!」
喜びを爆発させた青山がバトンを空に放り投げる。
最終種目の最終走者による大逆転劇。総合得点で青組が赤組を1点差で逆転するというドラマチックな展開となり、大盛り上がりの体育祭は青組の優勝で幕を閉じた。
「……」
俺はその光景を眺めながら、ぱちぱちと手を叩いた。
優勝を逃して残念だったが、せめてもの救いが青組だったことだ。これで蓮司との賭けも、紫音との賭けも勝利になるからな。
それに、青山の全力を見れたことに高揚していたりもする。
「……おめでと」
笑顔で大喜びする青山にそうつぶやいて、俺にとって初めての”神々の体育祭”は終わった。
◇
体育祭翌日の昼休み。
体育祭は平日に行われたので、翌日も登校日だったりする。体は普段から動かしているので肉体の痛みはないが、声を出し過ぎたので喉が痛かった。
天華院学園では青山旋風が巻き起こっていた。
体育祭終了時から青山の人気が大爆発したのだ。大逆転優勝のインパクトは凄まじかった。それに、あいつが走る姿は敵である俺すらも見惚れてしまうほどだ。あれは本当に美しかった。
今年は単独の女神もありえるかもしれない。
実際、学園の話題は青山一色だった。赤澤がいるこのクラスでも聞こえる話題は最後のリレーに関するものばかりだ。大逆転を許した赤澤は気にしない素振りだったが、やはり悔しそうだった。
「――た、大変だよ!」
廊下から真広が声を荒げて戻ってきた。
「どうした、また青山絡みで何かあったのか?」
「それはそうだけど、大変なんだよ!」
本当に勢いが止まらないな。今度はどうした。急激に派閥が大きくなったとか、誰かがネットに動画をアップして大バズりしたとか、そういう感じだろうか。どんな事態になっても驚かないぞ。
今は風が吹いている。青山に間違いなく追い風が吹いているのだから。
だが、次に真広が発した言葉は想像を大きく超えてきた。
「青山さんが天華コンテストを辞退したんだって!」
「……えっ?」
青い風は、突如として暴風になった。




