第16話 青と虹色の体育祭
午後の部が開始され、体育祭はますます白熱していた。
上位の点差は付かず離れず、種目ごとにトップが交代する大混戦となった。熱い戦いは多くの生徒の心に火を灯し、応援の声にも熱が帯びていく。
真剣勝負だけではない。白組は結局ぶっちぎりの最下位だったが、とても楽しそうだった。体育祭というイベントが”祭”だと改めて気付かされた。
残る種目はクラス対抗リレーのみとなった。
上位の中では黄組が失速し、優勝の可能性は「桃・青・赤・紫」の4チームに絞られた。赤組は3位で最終種目を迎えた。
いよいよ出番が近づくと、緊張のせいかトイレに行きたくなった。癖だろうか、いつも使っている階のトイレまで来てしまった。4階まで無駄に歩いてしまったが、散歩しているみたいで気分が落ち着いた。
「……?」
トイレを済ませて廊下に出ると、声が聞こえてきた。
体育祭の真っ最中にこの階に人が来るのは珍しい。声のするほうに視線を向けてみると、そこには見知った顔が立っていた。
「あれは、青山と……っ」
青山が話している相手は桃楓だった。
慌てて近くにある自分達の教室に隠れた。
距離が離れているので何を話しているのかわからない。ただ、桃楓の口調が荒いのはわかる。詰め寄っている感じだ。
こっそり見ていると、そこに蓮司まで現れた。両者の間に蓮司が入ると、桃楓は怒気を抑えて大人しくなった。
どういう状況だ?
しばし眺めていると、話は終わったらしい。蓮司と桃楓が離れていく。
「……」
取り残された青山は立ち尽くしていた。
俯き加減で、明らかに憔悴しているのがわかった。内容は不明ながら、青山にとって良くない話だったらしい。
おいおい、勘弁してくれよ。
やる気のない青組に勝利したところで嬉しくないぞ。それに、俺はあいつが全力で走る姿を楽しみにしていたのに。
しかし、ここで声を掛けるのもおかしい。
場所が場所だし、後を尾けてきたと思われるのも嫌だ。
「っ、虹谷!?」
などと考えていると、いつの間にか青山はこっちに歩いてきたらしい。教室の前を通りがかった青山が俺に気付いた。
こうなったら仕方ない。
「お、おう。その声は青山じゃないか。奇遇だな」
「えっと、こんなところで何してるの?」
「軽くアップしてたんだよ。ほら、もうすぐリレーだろ。誰もいないところのほうが集中できるんだ。自分の教室だと落ち着くっていうかさ」
「……そっか。気持ちはわかるかも」
実際にはトイレに来ただけだが、あえて言う必要もないだろう。
「元気なさそうだな。どうかしたのか?」
「え、気のせいじゃないかな。ボクはずっと元気だよ」
明らかに元気のない顔で言うなよ。
「虹谷のほうは言うまでもなく元気そうだね」
「当たり前だろ。これからリレーなのに元気じゃなかったら問題だろ」
「……そうじゃなくて、最近元気そうだなって」
「まあ、そうかもな」
元気にならないはずがない。親友と再会してからは絶好調だからな。
「ねえ、少し時間ある?」
「もうすぐ出番だけど、短い時間なら構わないぞ」
「ありがと」
短く感謝の言葉を発した後、青山は続けた。
「もし、自分が間違ってるって気付いたらどうする?」
「……急にどうしたんだ」
質問の意図がさっぱりだ。
「いいから答えて」
「よくわからんが、状況次第だろうな。けど、間違ってるってわかったら普通はすぐ訂正するだろ。場合によっては誤魔化すかもしれないけど」
何が間違っているのかその場面になってみないとわからないが、即座に訂正するだろう。ただ、誤魔化せるならそっちのほうに流れるかもしれない。
「……じゃあ、もし自分が悪いことをしたって自覚してたら?」
「それなら謝るしかないだろ。一択だ」
考える余地もない。
他の選択肢としては逃げるというのもあるが、自分が悪いのに逃げるとか最低野郎でしかないからな。
「そう……だよね」
「青山?」
「答えてくれてありがと」
「別にいいが、今のは何の質問だったんだ?」
「自分がまた間違ったことをしたって理解したんだよ。でも、もう大丈夫だから。最終確認が出来たからさ」
「う、うむ?」
意味は全然わからないが、青山の中で何かが大丈夫になったらしい。顔色も良くなったみたいだし、これなら大丈夫だろう。
本気で走れるところが見れそうで安心した。
「話は変わるけど、体育祭の後でまた一緒にゲームする約束は覚えてるよね?」
「もちろんだ。アップデートで新マップが追加されるんだろ。真広の奴は楽しみすぎて最近では野良で猛特訓してるよ。あいつ、また大会に出たいんだとよ」
「いいね。ボクも是非参加したいよ」
それから軽く言葉を交わすと、青山は教室から出ていった。
「あの」
教室を出た直後、青山が振り返った。
「次にゲームした時、大事な話があるんだ」
「大事な話?」
「うん。じゃあ、またね……翔太」
青山が去っていった。
あれ、あいつ名前で呼ばなかったか?
「……」
まあいいだろう。それよりも大事なのはこれから始まるリレーのほうだな。雑念は捨ててこっちに集中するとしよう。
◇
クラス対抗リレーが始まった。
例年なら1年生から順番に行われるらしいが、今年は男神と女神がいるので2年生は最後に回された。その中でも女神による直接対決がある2年女子のリレーが”神々の体育祭”を締めくくる種目となった。
ここで順位に変動があった。
1年生男子のリレーで八雲君が大活躍した。これによって紫組がトップに立ったのだ。ただ、上位4チームは僅差のままだ。トップは紫組で、それを青組と桃組、更には赤組が追う展開となった。
待機場所に各チームのアンカーが集まる。その中には当然のようにあいつの姿があった。そう、最も親しい友の姿が。
蓮司と目が合う。
「……」
「……」
俺達の間に会話はない。
しかし、言葉にしなくてもお互いの気持ちは伝わった。
顔も勉強もコミュ力もボロ負けだったが、昔から運動だけはいい勝負だった。ガキの頃はよく鬼ごっことかしていたものだ。
あの頃は互角だったが、今なら勝てる自信がある。
自分磨きの中で肉体も鍛えてきた。最初の種目である100メートル競走で勝利したことで自信もついた。
久しぶりの直接対決だ。
『さあ、体育祭もいよいよ大詰め。今年は史上稀にみる大接戦となりました。勝負の行方は2年生によるクラス対抗リレーに委ねられました。注目は昨年このリレーでアンカーを務め、見事優勝を果たした男神の犬山蓮司君でしょう』
スターターピストルが響く。
実況席から聞こえる内容は耳に届かなくなり、グラウンドを囲む生徒の応援の声だけが鼓膜を震わせた。
クラス対抗リレーはアンカー以外の走者がグラウンドを半周、アンカーだけはグラウンドを一周することになる。
赤組は順調だった。
ミスなくバトンを繋ぎ、最初の走者が作ったリードを保って先頭をキープしている。このままならトップでバトンを受け取れそうだ。
しかし後方からは桃組の生徒が追い上げてきた。そのすぐ後ろには青組も続いている。
俺と蓮司がバトンを受け取ったのはほぼ同時だった。
バトンを受け取った俺は無我夢中で走った。
グラウンドを一周する中で様々な顔が見れた。赤組の連中が立って声援を送っているのがわかった。その声援が力になった。
蓮司の様子はわからない。周りを見る余裕はなかった。
ただ、自分の前に誰もいないことだけはわかる。俺はそのまま全速力で走ると、先頭でゴールテープを切った。
直後、大きな歓声が響いた。
『これは速い。トップでバトンを受け取った赤組アンカーの虹谷君が後続との差をグングンと広げ、見事に1着で駆け抜けました!』
実況の声がクリアに聞こえた。
その声で自分が勝利したと確信した。
「よっしゃああああああああ!」
この勝利で赤組は再び首位に返り咲いた。
そして、体育祭は最終種目である2年女子のクラス対抗リレーを残すのみとなった。




