第13話 神々の体育祭
「じゃあ、体育祭について説明するよ」
蓮司と再会してから数日が経過し、いよいよ体育祭を明日に控えたその日。
前からの約束通り、真広から体育祭について教わることにした。体育祭前日に教わることもないと思うのだが、真広が語りそうな顔をしていたのでお願いした。
「なら、うちは細かい点を補足してあげるね」
何故か猫田も隣で先生面をしている。先ほど、真広から体育祭について教わるといったら参加してきたのだ。
拒む理由はなかった。
「よろしく頼むぜ!」
俺が笑顔で言うと、目の前に立つ両者は顔を見合わせた。
「あのさ、最近の虹谷って妙に元気じゃない?」
「僕もそう思ってた」
「どうしたの?」
「さっぱりだよ」
このところの俺は超ハイテンションだった。
理由は言うまでもない。蓮司との再会があったからだ。そりゃもうテンションは最高潮に達していた。親友は何年経っても変わらず親友だった。
あの再会からも毎日のように連絡を取っている。失った時間を埋めるようにくだらない話で盛り上がっていた。体育祭が終わって時間に余裕が出来たら遊びに行く約束もしている。
「まあいっか。虹谷が元気だとこっちも嬉しい気分になるし」
「確かにね。これだけハイテンションだと、こっちまで楽しいよ」
などと話す姿を見ながら、俺はあることを思った。
そういえば、猫田の話を聞き忘れていたな。
猫田は過去に蓮司とちょっとした揉め事を起こしているらしい。そのせいで赤澤とケンカしたという。
猫田には借りがある。中学時代に助けてもらった大きな借りが。もっとも、その借りについては赤澤と仲直りしたことで返したつもりだ。今は普通に仲の良いクラスメイトだ。友人といっても差し支えないだろう。
友人なので可能なら力になってやりたい。
蓮司とは連絡先を交換したし、いつでも聞くチャンスはある。
……あれ、でも蓮司って俺の件で赤澤を嫌ってるんだよな。
嫌われているのは赤澤側もわかっているはずだ。どうして蓮司に酷いことを言った猫田とケンカしていたのだろうか。
あいつは心の底から蓮司に惚れてるのか?
「……」
ダメだ、考えてもわからない。
今は考える必要がないだろう。それよりも重要なのは体育祭だ。下手な話をして猫田が体育祭を楽しめないのは嫌だしな。
「さて、話を戻して体育祭だね。すでに説明されてるから知ってると思うけど、天華院では色別の対抗戦なんだ。色はクラス単位で決められる」
体育祭ではいくつかの色に分けられる。
その色とは「赤色・青色・白色・黒色・桃色・紫色・黄色」である。色分けとしてはちょっと独特だろう。
「注目ポイントはそれぞれの代表だね」
「代表?」
「そう、体育祭では神の有力候補が代表になるシステムなんだ」
ほうほう、それは知らなかった。
「これは天華院学園の伝統みたいなものだね。現在の神と、次の天華コンテストでの有力者がチームの代表になるんだ。神は学園の象徴みたいなものだから」
要するに神の有力候補がチームリーダーってわけだ。
人気者を代表にすることで士気をアップしてもらおうという狙いがありそうだな。実際、美男美女でもある神候補が代表とかやる気が出そうだ。
「今年が特に盛り上がりそうって前に言ったと思うけど、その理由は代表が全員女神だからだよ」
「どういうことだ?」
「正直、男神は確定みたいなところあるでしょ。対抗馬もいないし」
「そうだな」
男神のほうは我が親友である蓮司が一強であり、今年もほぼ当選が確実視されている。ライバルらしいライバルも存在しない。
まあ、本人は乗り気ではないが。
対して女神のほうは史上最大の混戦らしい。
「というわけで、今年は女神にフォーカスが当てられているんだ。学園は思い切って女神を全チームの代表にしたってわけ。もっとも、男神である犬山君が代表になるのを断ったのが大きな理由みたいだけど」
蓮司からは何も聞いていない。学園側と揉めたと言っていたし、話したくなかったのだろうな。
その後、真広は更に説明を続けた。
現在の女神である【4色の女神】に加えて、残りの有力者にもたまたま名前に色が入っていたので現在のような色分けとなったらしい。
赤組の代表は赤澤夕陽。
青組の代表は青山海未。
黒組の代表は黒峰月夜。
白組の代表は白瀬真雪
紫組の代表は虹谷紫音。
桃組の代表は赤澤桃楓。
こうなっているらしい。
「なあ、黄色って誰だ?」
「先代の女神様だね。その人もたまたま名前に”黄”の文字が入ってるんだ」
黄色が入る苗字で、女神を務められるほどの先輩か。
ありえないとは思うが、一人だけ心当たりがいる。まあ、あの人が偶然この学園にいるとかありえないけど。
「知っての通り、うちらは赤組だよ」
「では、猫田さん。その理由を説明してください」
「了解です。うちの親友でもある赤の女神――赤澤夕陽がいるからです!」
そう、俺達のクラスは赤組だ。
これに関しては仕方ない。学園側が決めたことだし、同じクラスの宿命だろう。
「なになに、虹谷ってば白瀬さんのほうが良かった?」
「えっ?」
「だって白の派閥でしょ」
「いや、別にどうでもいいぞ。それを言ってもしょうがないだろ」
「だよね。僕だって青山さん推しだけど、ここで手を抜くのはちょっと違うもんね。むしろ、こういう時に全力で頑張れないのは失礼だよね」
その通りだ。
俺は元々運動が得意だった。向こうでもしっかり体は鍛えていたし、今も運動は得意だ。赤澤のために頑張るわけじゃないが、ここは全力で頑張るつもりだ。
「うちはやる気満々だよ。絶対に優勝して夕陽を女神にするんだ」
「……コンテストとは関係ないだろ?」
「甘いね。優勝した色の代表が次回の神になるって言い伝えがあるんだよ」
伝説の樹の下で告白すると永遠に幸せになれる、みたいな伝説だろうか。
「あっ、虹谷ってば信じてないな。去年も一昨年もそうだったんだよ。、まあ、一昨年のほうはうちも先輩から聞いただけだけど」
「じゃあ、去年勝ったのは?」
「蓮司君のところ」
なるほどな。ある意味では納得だし、ある意味では当然というわけだ。
その時、廊下のほうで女子の浮ついた声がした。そっちを見れば噂の蓮司が廊下を通りがかった。
あいつがこのフロアを通ることは基本的にない。ここには授業で使う教室もないし。だからあいつが俺の顔を見に来たと一瞬でわかった。
目が合った。
『お互い頑張ろうぜ』
『おう。正々堂々勝負だ』
視線で語り合った俺達は体育祭での健闘を誓った。
隣で猫田がうっとりした表情で蓮司を見ていたいが、あえて触れないようにしよう。
「それで真広、今年の優勝候補はどこなんだ?」
「やっぱり犬山君のところじゃないかな。桃組は総合力高そうだし」
蓮司は桃楓と同じチームだ。
「確かにあそこは強いけど、赤組も負けてないと思うよ。うちらのクラスには運動神経抜群の虹谷が加わったし、代表の夕陽だって運動できるしね」
期待に応えたいところだ。
「代表といえば、去年の青山さんは凄かったよね」
「あれはうちもビックリしたよ。足が早いのは知ってたけど、あそこまでとは思わなかった。体育祭の活躍で人気爆発して、夕陽達に追いついた印象だったからね」
昨年の青山は八面六臂の大活躍で、蓮司の率いるチームに僅差の2位だったらしい。その活躍で一気に票を集め、女神に選出されたという。
これも楽しみだ。青山の全力の走りが見れるかもな。
あいつの走る姿は本当に綺麗だったからな。
「――楽しみだな、天華院学園の体育祭!」
俺がそう言うと、猫田と真広は再び顔を見合わせた。
「ねえ翔太、実は天華院学園の体育祭には特別な呼び方があるんだ」
「そうそう、これがまためちゃくちゃ格好いいんだから」
首を傾げる俺に、両者は同時にその名を口にした。
――翌日。
天華院学園体育祭、通称”神々の体育祭”が幕を開けた。




