第8話 青い接触
季節は五月を迎えた。
転校から約二週間が経過した。その間にあった出来事といえばゴールデンウィークくらいのものだ。
ゴールデンウィーク中は家でゴロゴロしていた。元々出不精なのもあるが、家族で過ごす時間を作りたいと言われて家族仲を深めることに費やした。
連休が明けた後、日々の時間は穏やかに流れていった。
転校生として注目された俺はすぐに赤澤と猫田の関係を修復した功績で英雄視されてしまった。そのおかげでクラスに溶けこめたわけだが。あれからというもの教室内の雰囲気は良好だ。
悪魔共が同じ学校に存在している現実すら忘れかけていたほどだった。
赤澤も本性は隠しているようでアイドルムーブだった。今のところ裏での動きもなく、過去の無川君にしやがった嫌がらせ行為からも足を洗ったらしい。ならば、今の俺から向ける言葉はもうない。
さてその日――
いつものように真広と喋っていた。
内容は将来の目標とか高尚な話題ではなく、最近のアイドル事情だったり、漫画だったり、要するに単なる世間話だ。
「翔太はゲームとかする?」
「たまにかな。今はそんなにしない」
「僕もそうだったんだけど、最近GPEXを始めたんだよ」
GPEXは数年前から大流行しているFPSだ。所謂バトロワ系であり、最後の一組になることを目指して戦う。
ちょっとばかり因縁のあるタイトルだ。
田舎に引っ越してからはプレイしていないが、以前は毎日学校終わりにプレイしていた。このタイトルは様々なハードで楽しめるが、当時の俺は叔父さんから貰ったパソコンでプレイしていた。
「俺も昔プレイしてたぞ」
「ホントっ?」
「とはいえプレイしていたのは中学の頃だし、半年間くらいだけどな」
サービスが始まった直後からプレイしていた。生まれて初めて触れるFPSだったので最初は酷いものだった。それでも半年間も毎日プレイすればそこそこ戦えるようになった。
「今度教えてよ」
「残念ながら教えられるほど上手くないぞ」
「初心者の僕よりは上手いと思うけど?」
「同程度だと思うけどな。それに今じゃ腕は衰えているだろうし」
当時の俺はGPEXにハマっていたが、別に腕は良くなかった。実はプロゲーマーでしたみたいなオチもない。まぐれで何度か優勝できたりもしたが、調子が良かった時だけだ。
今となっては二年のブランクもある。とてもじゃないが人に教えられるような腕前ではない。
それに、GPEXと聞いて嫌でも思い出す。
このゲームを始めたきっかけも、このゲームを続けられたのも青の悪魔の存在があったからだ。そしてこのゲームを二度とプレイしないと決めたのもあの悪魔が原因なわけだが。
「しかしまた急だな」
「きっかけはある配信者なんだ」
「奇遇だな。俺が始めたきっかけもそうだったぞ」
「ホントに奇遇だね」
もっとも、好きだった配信者はすでに引退してしまったが。
懐かしさもあって俺と真広はGPEX談話をはじめた。
今と昔では武器やマップも変わっており、キャラは何人も追加されているらしい。情報を追っていなかったので新鮮に感じる。
あの頃は別のタイトルが人気で、当初はそこまで注目を集めていなかった。徐々にプロや配信者が集まって人気になっていった。
当時の常識ではあったが、知らない真広は驚いていた。
逆に俺のほうも新しい情報に驚いた。
「あの武器が下方修正されたのか?」
「ちょっと前にね。凄い影響出たんだよ」
「マジかよ。前は拾ったら絶対持つべき銃だったのに」
「今じゃネタプレイする時くらいしか持たないかな。プロが前にその武器だけで縛りプレイして絶望してたっけ」
「……そりゃまた大変そうな企画だな」
「Vtuberのお嬢様キャラの子が今でもたまにその無茶企画やるけどね」
「お嬢様がやる企画じゃなさそうだけどな」
などとGPEXの話で盛り上がっていると。
「――ねえ、君達もGPEXするの?」
顔を上げてそいつの存在を視界に入れる。
瞬間、背中に嫌な汗が流れる。
「勝手に会話に入ってごめんね。ボクは隣のクラスの青山海未って言うんだ」
青の女神と称される少女。
そいつの顔は忘れない。忘れるはずがない。元親友であり、俺を裏切った挙句に階段から突き落として大怪我を負わせてくれやがった相手だ。
◇
会話に入ってきた青山は話す気マンマンらしく、猫田の席に腰を下ろした。
クラスの連中は突如としてやってきた青の女神に動揺していた。
「久しぶり。同じ中学校の名塚君だよね?」
「あっ、うん」
真広と青山は同じ中学校だったが、この様子では同じクラスになった経験はないっぽいな。
……真広は妙に緊張している。
まだまだ仲良くなってそこまで時間は経っていないが、性格は何となく掴めていた。相手が誰でも緊張とかしないタイプだと思ったんだがな。実際に女神である赤澤とも他の連中と変わらず接していた。
「君は確か……転校生の」
「虹谷だ」
「そうそう。虹谷翔太君だね。よろしく」
二年ぶりに見る青山は驚くほど女性っぽくなっていた。
あの頃は活発どころか男勝りな女だった。中学時代に女っぽくなってきたと思ったが、今の姿は完全に女の子だ。
おまけに美少女だ。
トレードマークともいえるポニーテールが眩しい少女。幼い頃からスポーツをして引き締まった肉体と相まって非常に清涼感のある印象を受ける。あの赤澤と並ぶ人気を誇るだけある。
「それでGPEXの話してたよね」
「う、うん」
「ボクもGPEX大好きなんだ。良かったら今度一緒にプレイしない?」
「えっと……」
どぎまぎしながら真広が俺を見る。
「ボイチャ繋いでやると超おもしろいよね。あっ、話したくないならそっちはボイチャ繋がなくてもいいよ。ボクが指示出しするから。でも、個人的にはあれこれ話しながらプレイするのが楽しいかな。ワイワイやったほうが楽しいよね。というわけで、どうかな?」
何故かあたふたしている真広にグイグイと青山が迫る。
「余裕がある時でいいからさ。ダメ?」
「え、えっとね――」
おい真広、その視線はやめろ。
俺はそもそもプチ引退中の身だぞ。GPEXの話はしていたが、復帰するとは一言も言っていない。
大体、青山とまたプレイするとか地獄でしかない。俺はこいつと遊ぶ気などサラサラないぞ。
「実は僕初心者なんだ。始めたばっかりで」
「おっ、初心者だったか。だったら初優勝を味合わせてあげよう」
「……じゃあ、経験者の翔太を入れてトリオなら」
「ホント!? じゃ、決定ね」
ちょっと待て。
俺はやるなんて言ってないぞ。
「ありがと。学校の人とプレイするの久しぶりだから楽しみだよ!」
意見を挟む間もなく決定してしまった。
真広を睨みつけるが、こっちを向いていない。顔を朱に染めてぎこちない笑みを浮かべるだけだった。
「それじゃ、日付と時間だけど」
その時だった。赤澤が近づいてきた。
待てっ、待ってくれ。
ここで青と赤の悪魔が連携攻撃とか勘弁してくれ。
近づいてくる赤澤を眺めていると、青山も気づいたようで視線を向けた。そしてわかりやすく「チッ」と舌打ちした。
「邪魔が入りそうな気配だしボクはこれで失礼するね。もうすぐ中間テストだから、テスト終わったらプレイしよう。それじゃあ」
青山は笑顔を残して小走りで去っていった。
舌打ちした?
よくわからないが青山は去っていった。赤澤はこっちに近づいてきたと思ったが、途中で反転して戻っていった。理解不能な行動だったが、ひとまず助かった。
「嵐みたいな奴だったな」
「う、うん」
「ところで真広よ、勝手に俺をメンツに入れた件についてだが」
ジト目を向けると真広は苦笑いした。
「悪かったって。でも、翔太も赤澤さんにケンカの件について話したよね?」
すっかり忘れていた。赤澤と話している時に真広からケンカの話を聞いたと言って睨まれた事件があったな。
「……これでチャラだからな」
「了解。勝手に決めてゴメンね。折角のチャンスだったからつい」
女神と一緒にゲームできることに興奮しているわけだ。
二週間もここで生活すると女神の価値みたいなものがよく理解できた。女神が歩けば男女の視線をくぎ付けにし、あちこちから声を掛けられる。女神の周囲には常に人だかりが出来ていた。
おかげで連中がどこにいるのか丸わかりなのは助かった。
「そうだ。翔太は青の女神について詳しい?」
「……全然」
「だったら説明するよ」
真広はウキウキを抑えきれない様子で口を開いた。
「青山さんの支持層は主に運動部に属してる人と、ゲームが大好きな層だね。笑顔が眩しくて誰に対しても気さくに接するタイプで、性格は天真爛漫。コミュ力が高くて男女共に友達が多い。部活は帰宅部で――」
その瞬間、俺は「ちょっと待った」と言葉を止めた。
「どうしたの」
「青の女神は帰宅部なのか?」
「そうだよ。意外だった?」
「えっ、いやほら見た目で何となく活発系だったしさ。おまけに支持層が運動部に属してる人なんだろ。てっきり運動部かと思ったぞ」
あいつは元陸上部だった。
それも大会で表彰され、将来を嘱望されていたほどだ。高校でも続けてると思った。というより、あいつの学力ではここに入学できないから陸上の特待生として入学したと考えていた。
「運動部からの支持されてるのはたまに部活の助っ人をこなすからだよ」
「自分じゃ運動部に入らないのか?」
「……青山さんね、怪我しちゃったんだよ」
「怪我?」
「前に少し触れたと思うけど、部活中に骨折したのは彼女なんだ」
俺に大怪我をさせた奴が怪我をしたわけか。人を呪わば穴二つとは言ったものだ。
ざまぁみろと言いたい場面ではあるのだが、生憎とその感情は湧かなかった。
理由は二つある。
一つは青山がめちゃくちゃ楽しそうだったからだ。今日まで直接会話はしていなかったが、女神というのは人気者でどこに居てもわかる。青山の姿も何度か見かけたがいつも楽しそうにしていた。作り笑顔でなかった。とても悲観している人間の顔じゃなかった。
で、もう一つの理由。
俺は単純にあいつが走ってる姿が好きだった。




