第12話 無色の再会後
「厄介どころじゃない問題だが、一つずつ考えるべきだな」
頭を抱えて取り乱していた蓮司が冷静さを取り戻すまでに数十秒を要した。普段あまり見せない表情なので中々に新鮮だった。
「まず、好意についてだったな。具体的には?」
俺は白瀬に目配せした。
「わたくしから説明しますわ」
意図を汲み取った白瀬が詳細を語った。
これに関しては何も言わない。あのクローゼットの中に隠れていたことは白瀬にも秘密である。
黙って聞いていた蓮司は更に驚愕していた。
「青山はともかく、夕陽や黒峰に好意を持たれるとは――」
「あら、赤澤さんにも驚くのですね」
「あいつは友達が多いけど、そういう関係になったことはない。アタックした連中も上手く躱されるって言ってたからな。昔から恋愛関係の噂とか一切なかったんだ」
初耳だった。
「赤澤さんに関しては確実な恋愛感情だったと断言しますわ」
それは俺もこの耳で確認した。
「黒峰に関しては論外だ。あいつはそもそも男と会話すらしない。翔太だけと会話する時点でかなり好意的なのがわかる」
「ですわね」
俺も同じ感想だ。
「しかし、ここで更に別の問題があります」
「……まだあるのか?」
「彼女達は虹谷翔太さんに好意を抱いていますが、無川翔太さんについて忘れていたのです。頭の中から記憶を消していた様子です」
「えっ」
蓮司は信じられない様子でしばし目を瞬くと、何かに気付いたように首を横に振った。
「残念ながらそれはない」
「い、いえ、確かに彼女達は――」
「夕陽の奴は翔太のことを今でも絶対に覚えてる」
その言い方は確信しているかのようだった。
「どういうことだ。蓮司は何か知ってるのか?」
「あいつ、自分の部屋に翔太の写真を飾ってるらしい。これについては桃楓ちゃんが確かめてるから間違いない」
マジかよ。
俺の写真って、集合写真とか何かか?
この際そこはどうでもいい。どうでもいいのだが、それなら白瀬との話では嘘を吐いたことになる。一体何故なのか。
「実は青山に関しても情報があるんだ」
俺は青山と昔のアカウントでのやり取りについて話した。あいつは今でも昔の俺にメッセージを打っている。だから青山が俺の存在を忘れている可能性は皆無なのだと説明した。
「なるほどな。やっぱり理由がありそうだな」
「黒峰もそうなのかな」
「普通に考えればな。そもそも存在を抹消するほど嫌われるって……どう考えても嫌われるのはあいつ等のほうだぞ」
言われみればその通りだ。
思い返しても黒峰に嫌われる理由がイマイチ思い当たらない。中学の頃のあいつは俺を利用することで周囲の輪に入っていったわけだが、それ以前は普通に会話していた。出会いから考えても存在を抹消するレベルの嫌悪にはならないと思う。
「なら、どうして白瀬に嘘を吐いたんだ?」
「そこは俺にもさっぱりだ。答えを出すには情報が必要だな。多分、いくつか重要な情報が欠けてるんだ。それとも根本的にどこか間違ってるか、だな」
欠けてる情報ね。
それが何なのかここで考えてもわからない。
「……いっそ、連中の悪行を全校生徒にぶちまけるのも手じゃないか?」
「ダメだ!」
きっぱりと拒否する。
俺が過去に受けた仕打ちを知れば紫音は悲しむだろうし、黒峰との関係も激変する。それだけじゃない。情けない兄だと言って俺を嫌う可能性だってある。
女神達がどう行動するのかもわからない。暴走しておかしなマネをする可能性だって十分ある。
そこまで説明した後で。
「……それに」
「それに?」
「今はあいつ等はまともみたいだしな。学園の生徒にも慕われてるし、ここで爆弾を投下するのはちょっと嫌かなって」
改心したのか、現在では立派に女神をしている。あの時のことを忘れたわけじゃないが、何となくこれを壊したくなかった。
「翔太さんは相変わらずですわね」
「そこが翔太の良いところだからな。まっ、こいつが甘すぎるから俺はガツンと言ってやりたくなったんだけど」
褒められているのか、呆れられているのか。
その時、開いた窓から微かに聞こえていた運動部の声が消えていることに気付いた。ふと外を見ればすっかり日は暮れ、下校時刻になっていた。
いつの間にか結構な時間が経過していたようだ。
「そろそろ時間か」
「……みたいだな」
「大体の状況は理解した。今後について簡単に決めよう。重要なのは情報集めだ。どうして白瀬に嘘を吐いて、翔太を知らないと言ったのか。これを調べたい。ついでに今の翔太のどこに好意を抱いたのか調べられたら最高だな」
「どうやって調べるんだ?」
「そっちは俺に任せろ。夕陽には前々から言ってやりたいこともあったしな」
頼りになる男だ。
女神とは関わり合いになりたくないと言いながら、俺のために動いてくれるようだ。改めて感謝する。
「それから、俺と翔太が繋がったことは伏せるべきだな。俺と白瀬がこうして喋ったことも秘密だ。表向きは女神全員を嫌ってる感じを出していくし、翔太とすれ違っても他人として振る舞うからな」
「……残念だけどそれしかないな」
「わかりましたわ」
俺と蓮司が繋がったらいくらあの女神が鈍感でも気付くはずだ。
たまたま仲良しになった、というのも危険だろう。口惜しいが、今まで通りで行くしかない。
「といっても、校内で接触しないだけだ。外なら問題ない」
「遊びに行けそうだな。あっ、連絡先を交換するか」
「……あの翔太がスマホか。ホントに変わったな」
驚いている蓮司と連絡先を交換した。
「状況がわからない以上、連中とは上手いこと付き合っていけよ」
「わかってる。適当な距離感を保つよ」
今後の方針は決まった。
ひとまずは現状維持だ。
ただ、この現状維持は今までとは全然違う。親友と再会した事実は俺の心を随分と軽くしてくれた。
気分良く帰り支度をしていると。
「あっ、そうだ。翔太は男神って興味あるか?」
「急にどうしたんだ」
「興味がないなら別に構わないんだが」
「唐突すぎて意味がわからんぞ」
蓮司は嫌な顔をしながら。
「今まで神会議を何度もすっぽかした。それでさっき先生と揉めてな。元々やりたいわけじゃないし、例の会議に出席させられたくないんだ」
女神との関係のせいで神会議を何度も欠席しているらしいからな。
学園側としてはしっかりと役目を果たしてほしいわけだ。揉めても仕方ないか。
「他にも理由があってな。来年、今の女神の誰かが女神を続投したと仮定しよう。そうなったらまた顔を合わせないといけないだろ。それはかなり苦痛だ」
自分が男神確定と言っている気もするが、実際その雰囲気だからな。
しかしなるほど、今の【4色の女神】の誰かが続投になったら来年も顔を合わせないといけないわけだ。蓮司としては嫌だろうな。
理由に納得した。
「辞退するのか?」
「可能性の話だ」
「……俺には無理だな。大体、目立たないほうがいいだろ?」
「そっか。まあ、気が変わったら言ってくれ。翔太になら安心して任せられるし」
そんな話していると、黙っていた白瀬が入ってきた。
「いいじゃないですか。翔太さんに男神はピッタリかと!」
「白瀬?」
「一緒に神になりましょう。翔太さんが男神で、わたくしが女神になりますわ!」
白瀬は今年も女神を目指すらしい。
「ちなみにだが、さっきの話を聞いて桃楓に譲る気とかは?」
「譲れるものでもないかと」
確かにそうだな。白瀬が辞退しても桃楓が選ばれるとは限らないわけだしな。
「翔太さんが男神を目指すのなら、わたくしも全力で頑張るだけです!」
だから俺は目指さないって。
頑張るつもりはないが、白瀬は何故かテンションが上がっていた。
「そういえば、蓮司は桃楓を支持するんだよな」
「ああ。白瀬のことは理解したし、翔太が許した以上は何も言わない。けど、桃楓ちゃんは俺にとっては可愛い妹分だからな。応援してやりたい」
蓮司ならそう言うだろうな。
「翔太は?」
「悩み中だ。けど、今のところは紫音に入れるつもりだ。俺が急に桃楓に入れたらまずいっていうか、その時点で気付かれるだろうし」
「……そうだな。義妹に入れるのは無難かもな」
「けど、紫音がもし女神になったらそれはそれでちょっと面倒かなって。あいつにその気がなかったら迷惑だろうし」
この辺りに関しても一度話をしてみようか。あいつの気持ちも知りたいしな。
「まあいい。後は帰ったら話すか。家に着いたらすぐに連絡してくれ」
「おう」
こうして親友との再会は終わった。
そして、二学期最初の大型イベントである体育祭が近づいてきた――




