第10話 無色と白と虹色の事情
白瀬真雪を見て険しい表情になるのは当然だろう。
事情を知らない蓮司からすれば、親友である俺を壊した白の悪魔にしか映らないはずだからな。
「おい、どういうことだ?」
「落ち着いて話を聞いてくれ」
どこから説明しようか迷いながら、一番わかりやすく伝える。
「えっと、簡単に言えば白瀬と仲直りした」
「……いや簡単に言いすぎだろ」
的確なツッコミだった。
俺の発言に気が抜けたのか、蓮司は警戒心を解いた。
「事情がありそうだな。聞かせてくれ」
「それはいいけど、どこから話すかな」
「全部だ。さっき話してみた感じ、翔太はもう大丈夫だろ。あの日から、俺の前からいなくなった日からの出来事を教えてくれ」
「……わかった」
確かにそうだな。もうあの頃とは違う。昔話をしても大丈夫なくらいには成長している。
白瀬を席に座らせた後、呼吸を整えて口を開く。
「中学の頃、ダメになっちまった俺は逃げるように田舎に向かった。爺ちゃんと婆ちゃんが暮らしてる田舎だ。めちゃくちゃ良いところだった。自然に囲まれた場所で静かだったし、周りの人も優しかったんだ。特に良くしてくれたのが近所にいた姉さんだ。あの人にはマジでお世話になったよ」
俺はあそこでの日々を思い出す。
「まっ、近所といっても田舎のぽつりと一軒家だから徒歩数分の場所にあったし、姉さんといっても一歳しか違わなかったけどな。けど、当時の俺にとってあの人の存在は最大の癒しだった。感謝しかない」
祖父母の温かさ、姉さんの優しさに癒された。
世話になった姉さんは高校生になって半年程すると引っ越してしまった。残念だったが、恩人の顔に泥を塗らないことを誓って俺は頑張った。
心の傷は少しずつ癒えていった。
過去を払拭するために体を鍛えたり、勉強に力を入れたり、オシャレを覚えたり、自分磨きに力を注いだ。
自分が生まれ変わっていくのを日々感じていた。
「で、今年の春だ。母さんが再婚したのをきっかけにこっちに戻ってきたんだ。苗字が変わると余計に生まれ変わった気分になったよ。その後、天華院学園に転校してきたんだ」
「そうだったのか」
黙って聞いていた蓮司が頷く。
「でも、どうして天華院だったんだ?」
「理由はいくつもある。母さんから勧められたし、学力的にちょうど良かったし、家からも結構近かったし」
母に勧められたわけだが、理由は恐らく紫音だろう。
今でこそギャルっぽい紫音だが、昔は地味な子だった。母はその頃を知っている。高校デビューして不安だったのだろう。まあ、そこは俺の予想でしかないけど。
「でも、入学するまでは知らなかった。この学園に悪魔共がいることを」
これは本当に予想外だった。
「しかも同じクラスには最も苦しめてくれたあいつがいた」
「……そういや、翔太のクラスには夕陽がいるのか」
「ああ、絶望的な気分になったよ」
転校初日に絶望するとは思わなかった。燃えるような赤い髪を見た時は心臓が止まりそうになった。
「地獄を覚悟したが、あいつは俺に気付かなかった」
「……」
「だから別人になりきろうって決めたんだ。自分の姿が大きく変化していたのはわかっていたし、絶対にバレないだろうと」
「確かにそうですわね」
俺の言葉に相槌を打ったのは白瀬だった。
「少なくとも、わたくしにはさっぱりでしたわ。あの頃と違いすぎますし、他の女神達も気付いていないでしょう」
気付いていたら何かしらのアクションがあるので、気付いていないと結論を出していいだろう。
「だから女神と仲良くすることになった」
「……ちょっと待て。そこが全然わからない」
蓮司は鋭く指摘する。
「言い忘れてたけど、母さんの再婚相手には娘がいたんだ。俺にとって義理の妹になるわけだが、これがまた良い子でさ。天華院に通ってるんだ。女神関連のあれこれに巻き込むわけにはいかない。だから表向きは女神と仲良くするしかなかった」
紫音の話をすると、蓮司が考える素振りをした。
「話を遮って悪い。その義妹だけど、虹谷紫音という名前じゃないか?」
「っ、良く知ってるな」
「ああ……桃楓ちゃんが言ってたんだ。一年生に手ごわいライバルがいるから票が散るって。そうか、彼女は翔太の義妹だったのか」
蓮司は息を吐いた。
そういえば、桃楓と天華コンテストについて話していたな。紫音は有力候補というし、票を食い合っているのだろうか。
「けど納得した。翔太は別人になりきって悪魔共をやり過ごすことにしたんだな」
「ああ、俺が無川翔太とバレたらまずいからな。正体を隠すために普通の転校生っぽく振る舞った。学園に通う普通の生徒は女神を嫌悪しないだろ?」
この学園で神は選挙で選ばれる人気者の象徴である。
最初から悪感情を持っていないかぎり、人気者であり、美少女である女神とお近づきになりたいのは普通だ。ましてや俺は転校生だった。クラスに溶け込むためにも人気者に近づくって動きは自然そのものだろう。
これに関してはある意味では幸運だった。
真広が説明してくれたおかげで妙な敵対をせずに済んだ。女神という存在がどういったものか教えてくれて助かった。赤澤と同じクラスになったのは不運だったが、真広と同じクラスになれたのは幸運だ。もし、そうでなかったら赤澤に対してどう反応していいかわからなかっただろう。
「でも、何故か女神に接触されまくった」
「そこも全然わからないぞ」
「話せば複雑なのだが」
俺は青山と黒峰について話した。
青山にはたまたまゲームに誘われ、黒峰とは偶然バイト先が一緒になった。黒峰に関する噂を取り除いたのは俺がバイト先で見ていたからだと説明した。
「偶然が重なったわけだ。で、最大の問題は――」
そう言ってから蓮司が白瀬を見た。
「白瀬とも何故か接点を持ったんだ」
「あの時は黒峰さんと噂になっていたのでどのような方なのか興味を持ったのです」
「その後の話になるけど、白瀬とも表面上は普通に仲良くしていたんだ。でも夏休み終盤、油断して正体がバレた」
俺はバレた経緯などを説明した。話を聞いた蓮司が呆れ顔に変化した。
「おいおい、ドジすぎるだろ」
「面目ない」
あれはもう失態でしかなかった。夏休みで浮かれ、一学期にバレなかったからと高を括っていた結果だ。我ながら情けない。
「それで、本当に仲直りしたのか?」
「流れでそうなった。白瀬はあの時のことを後悔しているからと誠心誠意謝ってくれた。あの謝罪は本物だと思ったし、状況的にも許す以外になかったからな」
「……なるほどな」
これに関しては白瀬と仲直りしなかったほうがまずい。
俺の過去を吹聴でもされたら終わりだ。他の女神連中も俺の正体を知る。そうなったらどういった展開を迎えるのか想像もしたくない。
紫音の生活を考えても一択だ。
フッと蓮司が笑った。
「しかし、あっさり許すとはな。相変わらず甘い奴だな」
「仕方ないだろ。バレた以上は上手く付き合っていかないとまずい。紫音に迷惑掛けたくないし、謝り方的にも白瀬の謝罪は本物だった」
チラッと白瀬を見ると。
「ええ、もちろんですわ。わたくしは自分の行いを深く反省しました。昨年、犬山さんに怒られたのも随分と効きましたから」
その言葉に蓮司は何かを飲みこむように。
「いいだろう。翔太が許した以上、俺は何も言わない。親友が許してるのに俺だけ怒っても虚しいからな。状況的にも仕方ないだろうしな」
絞り出すように言った。
その発言から場の雰囲気が和らいように感じた。
「これで俺の話は終わりだ。細かいところはいずれ話すよ」
「長々とありがとな。状況は把握したよ」
「……なあ、次は蓮司のほうも事情を教えてくれないか」
「俺の?」
「蓮司がどうしてたか知りたいんだ。それに、桃楓のことも。俺の記憶が確かならあの子は病弱で学校にも来れてなかったはずだろ」
その疑問に答えるように、蓮司は口を開いた。




