第9話 無色の再会
笑みを浮かべたまま蓮司が近づいてきた。
すべてを失い、何も無かったあの頃の俺に唯一残っていたのがこの親友だ。俺にとって今日の再会は特別な――
「……」
目の前までやってきた蓮司は、サッと反転して自分の机から鞄を手に取った。そのまま鞄を背負って帰ろうとしやがった。
「待て待て、無視するな!」
思わずツッコミを入れると、蓮司は笑い出した。
「相変わらず下手なツッコミだな」
「……うるせえ」
そのやり取りで確信した。
外見が大きく変化したから他の誰も気付かなかった。
幼馴染と呼べる赤澤や青山、同じ中学に通っていた黒峰に猫田、それから真広も。今まで誰も気付かなかった。
でも、蓮司だけは気付いてくれた。それがどうしようもなく嬉しかった。
「ガキの頃みたいな姿だから一瞬マジでわからなかったけど、この感じは間違いない。帰ってきたんだな、本当に」
「ああ、帰ってきたぞ」
蓮司が振り返った。その目がわずかに潤んでいた。
「生きてるよな?」
「幽霊じゃねえよ」
「そっか……よく、本当によく戻ってきてくれた」
蓮司はそう言いながら俺の肩に手を乗せた。その際、頬を涙が伝っていた。きっと俺も同じ顔をしていたはずだ。
「おかえり、翔太」
「ただいま、蓮司」
こうして俺達は数年ぶりに再会を果たした。
◇
しばし再会の喜びを分かち合った。
俺達は今の状況と関係ない話で盛り上がった。小学校の頃の先生がどうなったとか、昔よく行っていた駄菓子はまだやっているとか、好きだった歌手の新曲の感想とか、本当に他愛もない話だ。
何年も話をしなかったけど、会話の内容はあの頃とちっとも変わらない。
ようやく会話が途切れた時、蓮司は思い出したように。
「――っていうか、その制服はどうしたんだ?」
俺の制服を見ながら言った。
今更かよ、と思いながらも口にした疑問には納得だ。俺がここに通っていることを知らないので意味不明のはずだしな。
「もしかして、ここに潜り込むために借りたのか?」
「いや、実は俺も天華院学園に通ってるんだ」
「……?」
蓮司は目を瞬く。
恐らく記憶の中を探っているのだろう。
いくら探っても俺はいない。こっちに転校してきてから一度も顔を合わせていないのだから。
「残念ながらどの場面を思い出しても見つからないぞ」
「どういうことだ?」
「ここには今年の一学期に転校してきたんだ。転校してから蓮司とは一度も会ってないし、顔を見られたこともないはずだ」
「転校……って、それならもっと早く会いに来いよ!」
それは本当にそう。
蓮司の言うとおりなのだが、俺にも言い分はある。
「悪かったよ。けどな、一学期の期末テストまで蓮司がここに通ってるのを知らなかったんだ。他に考えることも多かったし」
女神と呼ばれる悪魔共に意識が向かっていてそれどころじゃなかった。
蓮司がここに通っていると知ったのは期末テストの結果が張り出された時だった。それまではどこの高校に進学したのか家で想像していた。まさか男神の正体が蓮司とは思わなかった。
期末テストの後、すぐ夏休みに突入した。
「それでも時間はあっただろ?」
「まあな。ただ、二人で会うのは難しかったと思うぞ。蓮司の周りには常に人がいただろ」
会いに行く時間は当然あったのだが、蓮司と二人で喋る機会があったのかと言われたら疑問だ。人気者だから常に誰かが周りにいた。家だって引っ越しており、仮に会いに行ったとしても二人で会えたかは微妙なところだ。
もっとも、この様子なら俺の顔を見たら蓮司のほうから二人で話そうと言ってくれそうだけどな。
蓮司は息を吐いた。
「言いたいことは色々あるが、一応納得した」
「まあ、本音を言うと合わせる顔がなかったからってのが一番だけどな」
「……」
「俺は何も言わずあそこから逃げ出した。どんな顔して蓮司に会いに来ればいいのかわからなかったんだ。情けないことにな」
今度は俺が深く息を吐き出した。
「なら、どうして今になって会いに来たんだ。俺のことは前から知ってたんだろ?」
「数日前、校舎裏で蓮司と桃楓が話をしている現場を目撃したからだ。言っとくけど盗み聞きとかじゃないからな。本当に偶然だった」
「っ、あれを聞いてたのか!?」
全部打ち明けると決めた。当然、あの話を聞いていたことも含める。
「すまなかった」
俺は頭を下げながら続ける。
「あの手紙のせいで随分と迷惑をかけちまったよな。正直、蓮司があそこまで俺を気に掛けてるとは思ってなかった。さすがにこれ以上はまずいと思って、二人で話せそうな機会を待ってたら今日になったんだ」
言葉を聞いた蓮司は小さく「なるほど」と漏らした。俺の言葉をゆっくりと飲み込もうとしているようだ。
数秒ほどして、蓮司は思考が纏まったらしく小さく頷いた。
「事情はわかった。不満やら文句はあるが、こうして無事に再会できて良かった」
「そう言ってくれると助かる」
「俺も翔太に謝らないといけないことがあるんだ。桃楓ちゃんとの話を聞いてたならわかると思うけど、あのふざけた悪魔共にキレちまったんだ。大事にしたくないって約束を破った形になった」
蓮司は神会議での一幕について説明してくれた。
内容はすでに聞いていたものと同じだった。
「謝る必要はない。蓮司は俺のために怒ってくれたんだからな」
「……まあ、それはそうだけど。勝手して悪かった。聞いて驚いただろ?」
「いや、その話自体は別の奴から聞いてたから大丈夫だ」
「っ、別の奴から聞いた?」
俺の言葉に蓮司が目を細めた。
「なあ……聞いていいか?」
「改まってどうしたんだ」
「転校生って言われて思い出したんだ。一学期に転校してきた『虹谷翔太』ってのは翔太のことだろ?」
「お、おう」
名前を知っていたのか。
とはいえ、そこまでの驚きはない。転校生ってのは良くも悪くも話題になる。
「その転校生はあの悪魔共と良好な関係を築いてるって噂を聞いてたんだ。だから興味を失った。もし翔太ならあいつ等と仲良くするはずないからな。転校生は同じ名前の別人だと勝手に決めつけてた」
良好な関係なのか俺にはわからないが、あいつ等と距離が近いのは間違いない。傍から見れば仲良くしていると言われるだろう。
一緒に夏祭りに行ったり、一緒にゲームの大会に参加したり、一緒にプールに行ったりしたからな。仲良しに見えるのが普通か。少なくとも俺の事情を知る人間が知ったら首を傾げるはずだ。
「実を言うと、蓮司に会いにきたのは罪悪感の他にもそれが理由だったりする」
「ほう?」
「かなり厄介なことになってるんだ。出来れば力を借りたい」
「聞かせてもらおうか」
「これがまた複雑なんだよ。わかりやすいように説明したいんだが、その前に会ってもらいたい相手がいる」
蓮司が了承したのを確認してからスマホを取り出し、メッセージを打った。
程なくすると、足音が近づいてきた。
「――あら、もうよろしいのですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「折角の再会なのですから、もう少し待ちますよ?」
「残念ながら時間にも限りがあるからな。さあ、入ってくれ」
教室の中にそいつが足を踏み入れた。
「っ、白瀬真雪!?」
白瀬の登場に蓮司の表情が険しくなった。




