第8話 無色の親友
「出場する種目も決まったし、いよいよ体育祭が始まるって感じがするね」
帰り支度をしながら、真広がそう話しかけてきた。
天華院学園の二学期は様々なイベントが存在する。最初のイベントは九月下旬に行われる体育祭だ。
体育祭を翌週に控えた本日、各自が出場する種目が決定した。
「そうだな。俺は天華院で初めての体育祭だから余計に楽しみだ」
「盛り上がるよ。特に今年は」
「……どうしてだ?」
「女神の候補がいい感じに絞られてきたからだよ。去年と同じなら学園側が有力候補を旗印にした色分けをしてくるはず。あの混戦っぷりからして、去年以上の盛り上がりになるはずだよ」
意味がわからず首を傾げた。
「女神の候補が多いと盛り上がるって?」
「それは体育祭が間近に迫ったら教えるよ」
「勿体ぶるなよ……って、候補が絞られてきたとか言ったか?」
「翔太は情報に疎いね。校内新聞とか読まないタイプでしょ」
確かに読まない。
転校して間もない頃に一度手に取ったが、その時は【4色の女神】の特集とかしてたからそれ以降読む気がしなかった。
「文化祭が近づいて来ると新聞部が神候補の特集をするんだよ。天華コンテストで誰に投票するか生徒にアンケートを取ってるんだ。で、その結果が最近出たってわけ」
ふむふむ、なるほどな。
天華コンテストは当日に投票が行われるらしいが、今の段階でも誰に投票するか決めている生徒は多い。現段階でも誰が有力候補かわかるらしい。
選挙でも投票前から有力候補とかわかるし、アイドルの人気投票とかでも始まる前から上位を予想できたりするからな。
「有力なのは【4色の女神】じゃないか?」
「そう……と言いたいところだけど、今年は去年以上に混戦模様だね」
「混戦?」
「ほら、今の女神達が史上初の同時当選だったでしょ。今年も凄く票が割れるみたいだよ。上級生にも下級生にも有力そうなのがいるし、歴代で最も予想しにくい天華コンテストって噂なんだよ」
元々複数の女神だから混戦確実だったところに、有力な他候補も入ってきたわけか。
「へえ、当選確実な男神と違って大変だな」
「いやいや、他人事みたいに言わないでよ。翔太だって白の派閥の一員でしょ。というか、翔太の妹も有力候補だよ」
「……マジか?」
「新聞部の調べによるとそうみたいだよ。最近になって彼女を支持する勢力が拡大してるみたい。一年生を中心に勢力を急速拡大中だってさ」
さすがは紫音だ。
義兄としては誇らしい気持ちになる。が、それと同時にその件で現女神達に目を付けられないか心配でもある。
「一年生からしたら上級生に負けたくないってのがあるのかもね。今の女神達に憧れて入学してきた子達も続々と推し変してるみたい。もう片方の有力一年生は赤澤さんの妹で知名度もあるし」
上級生に負けるな精神ってわけか。
気持ちはわかるかもな。自分の学年から女神が出たら何となく気分が良いっていうか、誇らしいからな。
「それから、先輩も侮れないね」
「……以前に女神だった人か?」
「そっ。あの人も相変わらず大人気だよ。票が割れるなら復権もあるかも」
下級生から上級生まで候補がいるわけだ。混戦になって票がばらけたら誰が勝ってもおかしくはないな。
白の派閥入りを表明してから半月が経過した。
俺は相変わらず白の派閥のままだ。あれ以来、女神からの勧誘もなく静かな時間を過ごしていた。
「まっ、もうちょっと様子を見ないとわからないけど」
「本番の文化祭はまだまだ先だからな」
「それまでに動きがあるかもしれないし」
「ほう、例えば?」
「誰かが辞退するとか、誰かに彼氏が出来るとか、そういう感じの」
ありえない話ではないか。高校生なら恋人が出来てもおかしくないし。恋人が出来たら支持者は激減するだろうな。
話が途切れると、真広は鞄を背負った。
「さて、僕はそろそろ帰るよ。今日は帰って新武器を使ってみるんだ。かなり強いみたいだし、今度の大会に向けて練習しないと」
「頑張れよ。また明日」
「……あれ、翔太は帰らないの?」
「今日は用事があるんだ」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
真広の姿が視界から消えた。
話し相手がいなくなった俺は鞄を持って立ち上がり、ある場所に向かって足を進めた。
到着したのは今まで意図的に避けていたクラスだ。
そのクラスもすでに多くの生徒が下校していた。しばし廊下で時間を潰していると、室内に誰もいなくなった。それを確認してから入った。
人はいないが、一つだけ鞄が残っている机があった。
「……後は待つだけだな」
待つだけだ。鞄の主である――犬山蓮司が神会議から戻って来るのをただ、待つだけだ。
男神と女神に選ばれた生徒は毎月行われる神会議に出席しなければならない。今日の会議では体育祭での選手宣誓だったり、プレゼンターを決める予定となっている。
本来ならどちらも参加しなければいけない神会議だが、険悪な関係のせいで最近では女神専用となっていた。
しかし今回の会議は男神である蓮司も出席している。どうやら欠席を続いていることを学園側に注意され、仕方なく参加するらしい。
ちなみにこれらの情報は白瀬から聞いたものだ。
「……二年ぶりか」
あの日、蓮司と桃楓の話を聞いて俺の考えは変わった。
今まで蓮司と連絡を取るつもりはなかった。
理由は合わせる顔がないからだ。手紙だけ残して逃げるように転校してしまった。親友を裏切るような形であそこから逃げ出したのに、今さらどの面を下げて会えばいいかわからなかった。俺のせいであの女神と衝突したと聞いてから余計にその気持ちが強くなった。
でも、あの話を聞いて考えが変わった。
あいつは俺が思っていた以上に、俺のことを気にかけていた。しかも自分が裏切ってしまったなどと言い出した。
これ以上の不義理は許されない。
蓮司に、親友にすべてを打ち明けることにした。
「それに、どうせならバレる前に白状したほうがいいしな」
来週には体育祭が行われる。
俺はクラス対抗リレーのアンカーを務める。恐らく結構目立つはずだ。
今でも俺のことをあれだけ気に掛けてくれているあいつなら遠目でも俺の正体に気付くかもしれない。願望かもしれないが、確信めいたものがあった。一目見ただけで絶対に気付いてくれるはずだと。
その時、どうして自分に打ち明けてくれなかったのかと怒られるのは嫌だ。だったら最初から全部打ち明けたほうがいい。
覚悟を決めた。
と、ここでは良かった。しかし今日まで機会に恵まれなかった。
何故なら蓮司はめちゃくちゃ人気者だ。
さすがは男神というべきだろうか、周囲には常に人がいる。友達は多いし、女子生徒はお近づきになろうと隙を狙っている。
この学園に俺の過去を知る人物は少ないが、どこから情報が洩れるかわからない。出来れば二人きりで話がしたかった。
家に向かったら当時のマンションから引っ越していた。先生に聞いても教えてくれないだろうし、そういったわけでチャンスがなかったのだ。
今日が体育祭前に会える最後のチャンスだ。会議終わりに教室で待ち伏せれば二人で話ができる。
「……しっかり謝らないとな」
つぶやいたのを最後に、俺は無言であいつを待った。
どれくらいの時間が経過しただろう。
窓から射し込む光がオレンジを帯びた頃、廊下から足音が聞こえてきた。足音はゆっくりと教室に近づいてくる。
そして、扉が開いた。
「……」
「……」
蓮司と目が合う。
正面から見ると相変わらずのイケメンっぷりだ。この世の主人公といってもいい特別な雰囲気を纏っている。
最初は怪訝そうな顔で俺を見ていたが、何かに気付いたように目を見開いた。それからあいつは笑みを零した。




