第6話 白い勧誘
教室を出た俺達は足早に歩き、階段の踊り場にやってきた。他の生徒が登校するまでまだかなりの時間があるので誰もいない。
「さっきは助かったよ」
白瀬に向けて感謝の言葉を述べる。
「困った時はお互い様ですから。けれど、先ほどのあれは一体どういう状況だったのでしょうか。何故この時間に赤澤さんが?」
俺は先ほどの状況になった経緯を伝えた。
実のところ俺もよく理解していなかった。登校直後に赤澤がやってきて、いきなり昨日の話をされた。その後に勧誘というか、魅力をアピールされた。
話を聞いた白瀬は唸る。
「なるほど、やはりそうでしたか。翔太さんが困っている様子でしたのですぐに助けに入って正解でしたわね」
「マジで困ってたんだ。ありがとな」
あのままだとまずかった。
下手に二人でお喋りなどしたら正体に気付かれる可能性があった。逃げ道もなかったし、白瀬の乱入は渡りに船だった。
「助けになれて良かったです。しかし、これで女神全員が接触してきたわけですか」
「そうなるな。いくら何でも動きが早すぎる」
「完全に予想外でしたわね。彼女達の好意を甘く見積もっていました。そこまで翔太さんを求めていたとは」
俺自身が一番驚いているよ。
白瀬は口を膨らませた。
「本当に困った方々です。翔太さんの正体にちっとも気付く様子がないですし!」
「……ホントにな」
「まあ、気付けなかったのはわたくしも一緒ですが」
「元カノにもバレなかったんだから誰も気付かなくて当然じゃないか?」
「ふふふっ、それもそうですわね」
俺と白瀬は笑い合う。
重苦しい空気が漂っていた場所から脱出した安心感とかそういうのも相まって久しぶりに声を出して笑った。
場の空気が和むと。
「さて、確かにあの様子では何かしらの対策が必要ですわね」
「だよな」
「赤澤さんは言うまでもなく、青山さんと黒峰さんの様子も聞くかぎりではかなり危険です。今後も勧誘が続くのは間違いありません」
俺が口に出してしまった台詞に原因がある。
『魅力が白瀬を上回ったら前向きに考える』
この台詞はまずかった。要するに活躍する度に勧誘するってことだからな。あれは失態でしかなかった。
完全に俺のミスだが、他に切り抜け方が思いつかなかった。
「要するに、彼女達に対して完璧な言い訳が出来ればいいわけですよね」
「そうなるな。あいつ等からの勧誘を断れたらベストだ。少なくとも今は……色々と考えたりする時間が必要だ」
「ならば、確実な解決策があります」
「聞かせてくれ」
白瀬は息を吸い込むと。
「わたくしを支持すればいいのですわ!」
覚悟を決めたような表情で言った白瀬には悪いが、俺は意味がわからず首を傾げた。
「えっと、今も白の派閥だぞ?」
「いえ、それは形だけですわ。翔太さんがわたくしの派閥入りを表明したのはあくまでも一時的な措置です。だから彼女達に対する言い訳が中途半端になってしまいました。違いますか?」
違わない。全くもってその通りだ。
正確には俺が中途半端に断ったから余計に話が拗れてしまったわけだが。
「だからその……本当にわたくしに票を入れてくれてよろしいのですよ?」
「つまり、本気で白瀬を支持しろってわけか」
「はい。それなら万事解決です」
本当の意味で白の派閥に入り、コンテストでも白瀬に投票しろってわけか。
ある意味では完璧な解決策だな。女神の勧誘を断るのにこれ以上ないくらいに確実だろう。誰が何を言ってきても「白瀬が一番魅力的で最高の女神様だ」と叫んで勧誘を断ればいいわけだしな。
言い訳はできるだろう。
……ただ、それは言い訳が完璧になるだけだろ?
俺にとって最も重要なのは家族、特に同じ学園に通う紫音だ。
そりゃまあ俺自身が日々を楽しむのもあるが、可愛い義妹を面倒事に巻きこまないことが最重要だ。そのために果たして白瀬の提案に乗るのが最善なのか。
他にも問題はある。
白瀬を本当の意味で支持するってのも勇気がいる決断だったりする。今は関係を修復したけど、一度は恨んだ相手だ。メリットがあってもそう簡単じゃない。
「難しいのはわかっています。わたくしを許してくれたのも家族の、紫音さんの為ということは重々理解しているつもりです」
「……」
否定できなかった。
「なので、わたくしも彼女達に倣って自分の魅力を可能なかぎりアピールしていく所存です。翔太さんに本当の意味で支持していただくために」
「えっ?」
「我ながら外見はそれなりだと自負しています。小柄な女性を好む男性は多いと聞きますし、これでも人生で告白された経験は数多くあります。プールでも黒峰さんほどではないけど視線を集めていましたし」
白瀬は自分の言葉に頷いた。
「運動は少々……いいえ、かなり苦手です。けれど勉強は大の得意です。体育祭での活躍は不可能でしょうけど、中間テストでは好成績を収めてみせますわ。黒峰さんだけでなく、あの犬山さんだって倒してトップに立つ予定です」
「蓮司を倒せたら凄いな」
「絶対にやってやりますわ!」
白瀬は決意に満ちた目をしていた。
それから近況について話した。夏休み明けから今日までの出来事などを報告し合っていると、他の生徒達が登校する時間になったので解散することにした。
「あの……先ほどの話ですが、前向きに考えておいてくださいね」
最後にそう言うと、白瀬は小走りで去っていった。途中、何もないところでバランスを崩して転びかけてヒヤッとしたがどうにか持ち直した。
去り際の白瀬の顔は少し赤かった。
◇
その後、俺は教室に向かって歩き出した。
頭の中で先ほどの話を思い出す。
白瀬からの提案は悪いものではない。本気で白瀬を支持すればそれで終わる。感情を抜きにすれば現状では最善の選択肢だろう。コンテストでも白瀬に投票し、全力で女神になるのを応援すればいい。
あの連中がそれで諦めてくれるかは別の話だけど。
あれこれ考えながら歩いていたら続々と生徒が登校してきた。時間的に今が一番多いだろう。
その中に見知った顔があった。目が合うとこっちに近づいてきた。
「おはようございます。翔太先輩」
「おはよう、八雲君」
白瀬の弟である八雲君だった。相変わらずのイケメンっぷりだ。爽やかな彼は朝に見ると更に魅力がアップしているように感じる。
「丁度良かったです」
「良かった?」
「これから翔太先輩の教室に向かうところだったんですよ」
どうやら俺に用事があるらしい。
「あの、時間いいですか?」
「別に構わないぞ」
「実は翔太先輩に折り入ってお願いがあるんです」
「お願い?」
八雲君が俺にお願いとは珍しい。
個人的に彼のことは気に入っているし、その願いは是非とも叶えてやりたいところである。
「翔太先輩が姉ちゃんを支持してるって話は聞きました」
「ま、まあな」
本気ではないけどな。
いくら八雲君相手でも真実を言うわけにはいかない。どこから情報が洩れるかわからない。
「弟としては素直に嬉しいです」
「お、おうよ。一緒に白瀬を女神にしようじゃないか」
「……」
しかし、八雲君はその言葉に首を横に振った。
「最初はそのつもりでした。けれど、今は違う考えを持っています」
「どういう意味だ?」
「そのままです。俺は姉ちゃんじゃなくて、別の人を支持しようと思ってます」
「えっ?」
八雲君は言葉を溜めた。
「虹谷さんを女神にしたいんです!」
「っ」
彼が言う「虹谷」は俺ではない。義妹の紫音のことだ。
「虹谷さんの天真爛漫なところ、元気で皆を明るくて太陽なみたいなところ、そしてあのルックス、それらすべてが【4色の女神】に負けていないと思うんです!」
義妹贔屓になるが、俺も同じ感想だ。
俺みたいな奴を本当の兄貴のように慕ってくれるし、紫音の明るさにはこれまで何度も助けられた。料理も上手だし。まあ、女神関係では少しばかり暴走して迷惑を被ったこともあったけどな。
「俺と同じ気持ちの人も結構いたみたいで、仲間も集まってきました」
「マジか?」
「はい……それで、翔太先輩にも協力して欲しいんです。一緒に虹谷さんを女神にしましょう!」
それは、あまりにも想定外すぎる白い勧誘だった。




