第7話 赤い接触後
「今度あそこのカフェに行ってみよ!」
「評判いいみたいだよね」
「パフェ超美味しいから。夕陽も絶対ハマっちゃうよ?」
「うぅ、太りそう」
「そこは気合いでカバーするんだよ」
あれから数日。
仲直りした赤澤と猫田はこれまでの時間を埋めるように仲を深めていった。
猫田は明るくなった。というよりも、かつての彼女に戻っていた。誰とでも気さくに話をして、笑顔がまぶしい本来の姿に。
本来の性格に戻ると一気に人気が爆発した。ここ数日でクラスメイト達と積極的に話をして、あっという間にカースト上位グループに溶け込んだ。髪を切って笑顔を振りまくと男共の視線を釘付けにした。
元々中学時代も美少女として名を馳せていた。親しみやすい笑顔と明るい性格は多くの者達を魅了していた。あの頃よりも可愛くなっているので当然だ。
クラスの連中からすれば青天の霹靂だろう。
険悪な雰囲気を漂わせていた赤の女神と陰キャな猫がべったりしている。おまけに友達を通り越して親友までその関係を昇華させた。放課後は毎日どこかに出かけているらしい。
……ったく、親友に戻るならさっさと仲直りしろよ。
強情な性格をしやがって。
などと思いながらも、言えるはずがないので心の中で愚痴る。
「おはよう。虹谷君」
登校した俺が席に着こうとしたら赤澤が近づいてきた。
「おはよう」
問題点としては赤澤と少しばかり距離が縮まってしまったことだろう。縮まったといっても挨拶や世間話をする程度だが。
「葉月ちゃんのこと、ホントにありがとね」
「何度も感謝してくれなくてもいいって。単なるお節介だ」
「ううん、それでもありがとね」
久しぶりに渾身の笑みを向けられた。関係は断ったはずなのに、その笑顔が眩しくて懐かしくて目を合わせられなかった。
「……虹谷君ってあの人にちょっと似てるかも」
あの人ってのは、例の大切な人だろうか。
恐らくそれは我が親友でもある犬山蓮司だろう。
確かにあいつはお節介なところがあった。孤立してる人間に当たり前のように手を差し伸べる奴だ。これで大切な人が誰なのか確定した。
だとしたら猫田が蓮司に何をしたのか気になるところだが、今の俺がそれを聞くわけにもいかない。
赤澤はそれだけ言うと再びグループに戻っていった。
本来なら無関係でいたかったが、今回は仕方ないだろう。
前向きに考えよう。学校の人気者と仲良くなった。これで高校生活で孤立の可能性は低くなる。近づきすぎなければ餌食にはならないだろう。
それにだ。猫田に借りを返すことが出来た。二年越しになってしまったがな。結果としては全然悪くない。
ちなみに俺は過去の復讐とか興味がないし考えてもいない。
あの悪魔共に仕返しをしてやろうなどこれっぽっちも考えていない。相手は複数人いるし、学校の人気者だ。復讐などしたらあいつ等の支持者に報復されるだろう。ここには俺の義妹も通っている。個人的な恨みで義妹に悪意が向くのは避けたい。
授業が始まる直前になって猫田が小走りで戻ってきた。
「おはよ、虹谷!」
はじけるような笑顔だった。八重歯がちらつく本来の猫田に手を上げる。
「おう、おはよう」
「また夕陽とデートしてくるよ」
「仲直りできて良かったな」
「うん。ありがとね。この恩はいずれ返すから!」
「気にしなくていいぞ。俺が勝手にやったことだからな」
「そう言うと思ったよ。だからうちも勝手に感謝するし、勝手に恩返しするよ」
感謝の言葉が聞けて良かった。これであの時の借りを返した。不義理と後ろ指は差されないだろう。
赤澤と接触したのは失態だが、これはこれで悪くない結末といえるだろう。
◇
「いやー、翔太は凄いね。あの二人を仲直りさせちゃうとは」
仲睦まじく喋る二人を見ながら真広が述べる。
「別に何もしてないぞ。あいつ等が勝手に仲直りしただけだ」
「いかにもイケメンっぽい台詞だ」
「おっ、俺がイケメンだって知られちまったか?」
「はいはい。翔太がイケメンなおかげで僕は睨まれたけどね」
赤澤にケンカの件を話したのを根に持ってやがるな。
「冗談だよ、冗談。でも翔太には感謝してるよ。クラスの雰囲気が良いほうがうれしいからね」
「……俺はホントに何もしてないんだがな」
両者に意思の確認をしただけだ。
後は勝手に仲直りしていった。猫田が謝罪して、赤澤がそれを受け入れただけ。そこには他者が介在する余地などなかった。
そういえば仲直りする時に何やら会話していたな。重要な話っぽい部分は聞いていなかった。大体、どういう経緯でケンカしたのかも不明だ。
「強引に話を持ってくところを褒めてるんだよ」
「さいですか」
普段はあんなお節介はしない。あくまで借りを返しただけだ。
「ところで、あの二人のケンカの原因だけど」
「……知らないとか言ってなかったか?」
「今まではね。猫田さんと仲直りした後で話を聞いた人がいるんだ」
仲直りしたから話せるようになったわけだ。
「知りたい?」
「仲裁した身としては一応な」
「二人のケンカっていうか、猫田さんがやらかしたのは中学生の時みたい。赤澤さんの大切な人に酷いこと言ったみたいで、それがケンカの原因らしいね。当時の赤澤さんはその事実を知らなかったみたい。しばらく経った後でその事実を知ったんだってさ」
原因は悪口とか暴言か。
蓮司に対して暴言でも吐いたのだろうか。猫田と蓮司の関係についてはイマイチ俺も知らないから何とも言えないな。
「……でも、よくわからんな。後で知ったってのは?」
「そこまでは僕もわからないよ。まあ、当時はいろいろと騒動があったからね。赤澤さんも中学三年の時は休みがちだったから裏でいろんな事情があったのかもね」
休みがちだった?
赤澤は体が強かったはずだ。体調を崩すことも少なかった。
「風邪とか病気の類か?」
「どうだろうね。僕も違うクラスだったし」
「……そうだったな。まあいい。で、いろいろな騒動ってのは?」
騒動とか知らない。東部中学校は窓が割れるような事件もなかったし、いじめでどうこうって事件もなかったはずだ。
あえて言えばいじめられていたのは俺だけだ。
「変な噂が流れたり、階段から落ちて大怪我して病院に運ばれた人がいたり、部活中に骨折したり、女の子同士の殴り合いのケンカがあったり、驚くようなイメチェンしたり、ひきこもりになった人がいたり、卒業して間もない人が警察沙汰になったり、そういう感じだね」
「……」
最初の二つに関しちゃ身に覚えがある。
しかし後半の出来事については全然知らない。俺が転校した後でそんな騒動が発生していたとはな。治安悪すぎだな。
「随分と荒れた学校だったんだな」
「そう見えちゃうかもね」
「……もしかして、荒れ具合に女神も関係してるのか?」
「よくわかったね。今の話の中でも女神関係が結構あるんだ」
俺が消えた途端にそれって、あいつ等は俺を虐めてストレス発散してたのかよ。
ドン引きですよ、ドン引き。
やっぱ今後は絶対に近づかないようにしよう。赤澤とは接触してしまったが、他の悪魔は別のクラスだし近づかなければ大丈夫だろう。
これで俺の安全は確保されたな。
……しかし、世の中とは往々にして上手くいかないものだ。
何故かって?
人生とは巨大なクソの塊だからだ。




