第1話 4色の派閥
天華院学園には【神制度】という独自の制度が存在する。
文化祭の目玉企画――天華コンテスト。
このコンテストでは生徒達の投票で男女一名ずつが選出される。選出された男子のは”男神”と、そして女子のほうは”女神”と呼ばれる。
元々はミスコンだったが、時代の流れと共に変化したものだ。言ってしまえば、ある種の人気投票みたいなものだろう。
学園側にも正式に認められており、選ばれた神は各種イベントのゲストだったり、表彰式のプレゼンターとして起用される。
基本的に容姿の整った者が選出されるが、それ以外の要素も必要だったりする。コミュニケーション能力が高かったり、リーダーシップがあったり、頭脳明晰だったり、運動神経抜群だったり、そういった人を惹きつける魅力ある人物が選出されるのだ。
神制度はこの辺りでは有名で、近隣の学校にも誰が”神”なのか知れ渡るほどだ。
昨年、その天華コンテストにおいて珍事が発生した。
女神が同票だったのだ。しかも4人同時に。
彼女達は名前に色が入っていたことから【4色の女神】と呼ばれ、天華院学園で絶大な人気を誇っている。
彼女達にはそれぞれを支持する団体が存在する。この支持団体は派閥と呼ばれ、現在の天華院学園は彼女達を支持する4つのグループに分かれているといっても過言ではない。
「――と、俺が知ってるのはここまでだ」
二学期が始まって数日が経過したその日。
俺は所持している情報を友人の名塚真広に伝えた。
「了解。それじゃあ、足りてないところを説明するね」
「わざわざ悪いな」
「気にしないでよ。翔太は転校生だし、一学期の間はこの話題を出す人が少なかったからね」
俺は両親の再婚で一学期の途中からこの学園に転校してきた。そのためこの手の情報に疎かったりする。
だから真広に教えて欲しいと願い出た。
「まず、派閥から説明するね」
そう言うと、真広は丁寧に説明してくれた。
以前も聞いたが、要するに派閥というのはファンクラブらしい。
同票という奇跡を起こした女神達だが、来年は誰が女神になるのかと水面下でずっと話題になっていた。
生徒達はそれぞれ推しの応援を始めた。そこに女神の不仲という情報が入ってきた。これを知った生徒達は自分の推しを単独の女神にするため、同じ女神を推す連中と手を取り合った。
これが派閥の始まりだ。
支持者同士で意気投合すると、勢力は徐々に拡大していった。で、現在に至るというわけだ。
「――って感じかな。おかげで今は学園が割れてる状態」
「なるほどな」
「派閥についてだけど、基本的には軽い感じかな。でも、たまに過激派もいるからそこだけは注意してね」
「アイドルのファンが暴走する感じか?」
「みたいな感じだね」
マナーを守るファンと厄介勢みたいなものだろう。
「派閥に属すると何か義務はあるのか?」
「特にないよ。派閥といってもあくまで学生の遊びというか、アイドルの追っかけみたいなものだからさ。さっき過激派がいるって言ったけど、それは極少数だね。多くの人は自分の推してる女神を単純に応援するだけだから」
女神同士は不仲だが、別に派閥の人間が争っているわけではないという。
ここまでの情報を整理し、俺は頷いた。
「そういえば、コンテストの投票は義務とか言ってたな」
「生徒の義務だよ」
「……確か投票先ってバレるんだろ?」
「バレるっていうか、調べればわかるって感じかな」
「どういうことだ」
「文化祭の日に生徒全員に用紙が配られるんだ。そこに自分の名前を書いて、神になってほしい男女の名前を書くんだよ。で、その用紙を先生がチェックする。ここでポイントになるのが八百長だね。実は何年か前に八百長っていうか、先生と生徒が恋愛関係にあって女神選出に不正が行われたみたいなんだ」
えげつない歴史があったものだな。
「だから、不正防止のために開票作業は大々的に行われるんだ。その開票作業に立ち会えば誰が誰に投票したのかわかるって仕組み」
なるほど完全に理解した。
「コンテストでは男女それぞれに一票入れるのか?」
「そうだよ。投票は男子と女子にそれぞれ一票入れるって形式だね。男神はこの人、女神はこの人って感じで書くんだ」
「なるほどな」
「まあ、正直なところ男子のほうは今年も確定してるって雰囲気だけどね」
そりゃそうだろう。
我が親友に対抗できる奴など存在しない。あいつが確定で文句はないし、むしろそうなってくれないと八百長を疑う。
「彼に限って辞退とかしないだろうし」
「……えっ、辞退できるのか?」
「一応ね。投票前に辞退が可能なんだ。普通はしないけど」
「何故だ?」
「だって、それって自分が選ばれるかもって言ってるようなものでしょ。自信過剰っていうか、さすがにそれはね。大体、辞退するメリットもわからないし」
言われて納得した。
自分が選出される可能性があるから辞退するわけだ。辞退した段階で勘違い野郎と囁かれそうだな。
辞退に関しては気にしなくていいだろう。
「話を戻すが、派閥に入るには誰かに届けを出すのか?」
「そういうのもないよ。ただの意思表明だから」
「……じゃあ、どうやって表明するんだ?」
「口で言う人もいるけど、最近のトレンドはハンカチかな」
「ハンカチ?」
真広はポケットに手を入れた。取り出したのは青色のハンカチだった。
「……青だな」
「そっ。僕は青山さんを支持してるからね。だから、青色のハンカチってわけ。元々ファンだったけど、一緒にゲームしてから以前より気持ちが高まったかな」
思い出してみる。
一学期の間は女神の行動と関係ばかり気になったから周囲を見ていなかったが、クラスメイトは赤いハンカチを持っている奴が多かった印象だ。
ここは赤の女神がいるクラスだし、支持者が多いってわけだ。
そういえば、我が義妹は黒いハンカチを持ち歩いていたな。ハンカチの色とか特に気にしていなかったけど、意味を知ると納得だ。
ちなみに俺は元々ハンカチを持ち歩かない主義だった。
「安心してよ。僕は過激派じゃないから。赤澤さんとはクラスメイトで仲も悪くないし、他の女神に対しても悪い印象とかないからね」
「わかってるって」
推しのグッズってわけじゃないが、どの女神の派閥なのかをわかりやすくするためか。
料理対決をしたあの日。
俺は白の女神――白瀬真雪から白の派閥に入ってほしいと提案された。これは白瀬を支持するというよりも、他の女神から俺を守るための提案である。何故か他の女神は俺に対して好意的であり、彼女達からの勧誘対策としての提案だ。
過去、あいつ等にトラウマを植え付けられた俺としてはありがたい申し出だった。まあ、その白瀬も元々はあっち側だったわけだが。
改めて考える。
ここに転校してきた当時に比べると、あの女神のような悪魔共に対する悪印象は薄らいでいた。一学期の生活ぶり、さらには夏休みの間に接触したからだ。
赤の女神――赤澤夕陽は学園のアイドルになっていた。あの頃と違って誰かの悪い噂を流したりなどはしていない。
青の女神――青山海未は学園の元気印として笑顔を振りまいている。誰かを攻撃したりもしていないし、学園の連中とも上手くやっている。
黒の女神――黒峰月夜は孤高の存在として君臨している。誰かを利用して人気者になろうとしている気配はない。
ただ、俺がこいつ等から過去に受けた仕打ちは事実である。
それに「薄らいだ=消えた」ではない。
青山が吐いた明らかな嘘といい、赤澤や黒峰の動向といい、今は色々と時間が必要だ。そう、落ち着いて考える時間が。
「教えてくれてありがとな」
真広に感謝の言葉を述べた。
◇
翌日、俺はハンカチを持って登校した。
真広にそれを見せる。
「えっ、それって――」
「こういうことだ」
俺はポケットから白いハンカチを取り出した。




