閑話 青色の衝撃
「明日から学校だ」
夏休み最終日。ベッドの上で寝転びながらつぶやいた。
今年の夏休みは忙しかった。去年に比べて凄く疲れたけど、かなり充実した夏休みだったと思う。
ボクは激動の夏休みを振り返った。
序盤は定期的に配信しつつ、全力で宿題を片付けた。その理由はGPEXの大会に万全の状態で参加するためだ。
配信者だけのお祭りイベントだけど、挑戦するからには優勝するつもりで挑む。それが礼儀というものだ。
大会が間近に迫ってきた日。
ボクは練習終わりに作戦会議をしようと提案した。この提案は受け入れられ、近所のファミレスに集まることになった。久しぶりの外出なので少しだけお洒落していったのは内緒だ。
「……あのファミレスでの出来事は大きかったな」
まず、驚いたのはファミレスの店員が猫田さんだったこと。
彼女は同じ中学なので昔から知っている。赤澤の友人で、名前と同じく猫っぽい女の子だ。ボクは同じクラスになった経験がないのでよく知らないけど、明るくて可愛い子という印象があった。
集まったボク達は大会に向けて作戦会議を行った。
翔太も名塚も真剣な表情をしていた。仲間と共に優勝を目指すその感覚は、何だか青春しているようで胸が高鳴った。
しかし、そこで思わぬ人物と再会した。
『あっ、海未ちゃんだ』
不意に名前を呼ばれて振り返ると、馴染みのある二人組が立っていた。ショートカットの子が千絵、小麦色の肌でいつもテンション高めなのが碧だ。
二人は中学時代の友達だ。陸上部の仲間で、仲良しだった。別々の高校に進学して、ボクが陸上から離れてからは少し関係が薄くなっていた。
話がしたいと言われたので、翔太達と離れて会話することになった。
最初は近況とかを話した。二人は陸上を続けており、高校でも頑張っているみたい。ボクも元気でやっていると伝えた。
しばらく話をしていると。
『あの、聞いていいかな?』
『改まってどうしたの』
『――無川君のことだけど』
そう切り出したのは、ボクが翔太を階段から突き落としたあの件で真実を教えてくれた千絵だった。
っ、ここでその話はしないでよ。
慌てて翔太のほうを向く。名塚とお喋りしているので聞こえていないみたいだ。
けど、改めて確認できたのは良かった。
この二人は虹谷を翔太だと認識していない。ボクにとってそれは大きな情報だった。ボク以外に誰も【無川翔太=虹谷翔太】と気付いていないという仮説の裏付けになった。千絵と碧は同じ中学だったし、この二人が気付かないのなら女神面した悪魔共も気付いていないと結論付けて大丈夫だろう。
会話はしばらくその話が中心になった。
千絵はずっと気にしていたらしい。翔太に真実を伝えられなったことを今でも後悔していると教えてくれた。
『海未ちゃんいつも言ってたよね。無川は良い奴だって』
『……うん』
『そんな良い奴なら向こうで元気にやってるよ。友達たくさん作って、彼女とかもいたりしてね。あんまり気にしなくていいと思うよ。もう昔のことなんだし。あっちも海未ちゃんのこと忘れてるかもよ』
碧は笑い飛ばすようにそう言った。
確かに翔太は最高に良い奴だし、実際のところ元気にやってるよ。友達も多いし、女の子からの評判もいい感じだ。彼女はいないけど。
でも、翔太がボクのことを忘れてるはずない。だってすぐそこにいて、これから一緒に大会に参加するんだから。
それは言えないんだけどね。
『てかさ、あの問題で一番悪いのは無川の噂を流した奴でしょ!』
『それわかる。確かに海未ちゃんはあんな体調で学校にきた馬鹿だったと思うけど、元はといえばあんな噂を流した人が一番の悪だよ』
これはボクも思っていた。
言い訳はしない。ボクは大馬鹿だったさ。皆勤賞にこだわって無理をして、あの事故を引き起こした。それについては言い訳のしようもない。
でも、翔太の変な噂を流した奴は許せない。
どうせ赤澤だろうけどね。本人はその後に噂を否定したとか言ってるけど、あいつに決まっているさ。後で否定したのも自己保身だよ、どうせ。
『っ』
その時、スプーンが落ちる音した。落としたのは猫田さんだった。何故か顔を青くしていた。
「……あの時の猫田さん、思いつめた顔してたな」
ただ、青い顔になったのはボクも同じだった。
千絵達との話でボクの中に眠っていた感情を呼び起こした。
自分のしでかしたことの大きさに改めて向き合った。
また翔太と友達になりたいとか思っていたけど、ボクの行いは本当なら許されるはずがない。事故だったとはいえ、階段から突き落として病院送りにしたのだ。警察を呼ばれても全然おかしくない大事件だ。
ボクには翔太と一緒にプレイする資格はない。
でも、今さら大会に参加しないとか言えなかった。楽しみにしてくれる視聴者に悪いし、大会の参加者にも悪いし、何よりも翔太自身が楽しみにしているし。
不安定な精神状態で大会当日を迎えた。
ボクは絶不調だった。
頭の中にはいつも翔太のことがチラついていた。後悔して、反省して、それでまた後悔して、頭がぐちゃぐちゃになりそうだった
結果は散々。
翔太と名塚のおかげでどうにかそれなりの順位をキープ出来たけど、勝てる気がしなかった。
しかし四戦目、ボクだけが生き残ってしまった。
ポイントを稼がなければ総合優勝は絶対に不可能という状況だけど、全然勝てる気がしていなかった。銃声が聞こえるだけで不安になっていた。
不安に押し潰されそうになっていると、翔太がトイレに行ってしまった。その直後、電子音と共にあのメッセージが届いた。
――俺は元気にやってる。だから、おまえも頑張れ。
それは、翔太の昔のアカウントである【syoutainu1119】からだった。
「ふふふっ、今思い出してもホント馬鹿だよね」
さすがにあのタイミングはないでしょ?
何年も返信がなかったのに、大会で大ピンチを迎えたこの場面でいきなり返信とかありえないでしょ。本人はそれでもボクが気付いていないと思っているらしい。普通に考えればバレバレだからね。
あいつは昔から大馬鹿だった。大馬鹿で、超負けず嫌いで、それなのに追い詰められると突撃しか出来ないどうしようもない本物の馬鹿だ。
そこからのボクは覚醒した。絶体絶命の状況から見事に優勝すると、五戦目でも大活躍した。残念ながら総合優勝には届かなかったけど、爪痕は残せた。
あの一文でボクは吹っ切れた。
まだ許してもらったわけじゃない。けれど、間違いなく大きな一歩だった。
吹っ切れたボクは精力的に動いた。今まで断っていたコラボを解禁し、配信者同士での交流も始めた。
楽しかった。翔太からの「頑張れ」は魔法の言葉だった。
そして、夏休みも終わろうとしていた頃。翔太からメッセージが届いた。スマホに初めて届いたメッセージの内容は家への招待だった。
「あれも衝撃的だったよね」
女神達が全員集まると書いてあった。意味不明だったけど、翔太が何かに巻き込まれていないか不安だったので迷わず参加を決めた。
当日。ボクは何故か料理対決とやらに参加させられることになった。
料理?
ボクが料理?
今まで経験してこなかったジャンルだ。それだけでも意味不明なのに、何故か白瀬の奴が音頭を取っている。これまた意味不明だった。
慣れない料理に悪戦苦闘していると、白瀬に呼び出された。
白瀬のことはもちろん嫌いだ。翔太にトドメを刺したクソ女だから。
『では、早速本題に入ります。話というのはあなたの友人であった無川翔太さんについてです』
あいつは翔太の話題を出してきた。
突然のことにボクは動揺した。今まで白瀬が翔太について話すことはなかった。それが急に、しかも本人の部屋でその話を始めたのだ。
どういうつもりだ?
もしかして、翔太の正体に気付いたのか?
意図がさっぱり読めなかった。突然の事態に脳がテンパった。
『そ、そんな人は知らないよっ!』
ボクの口から出たのはそんな言葉だった。無意識だったけど、恐らくボクはこの話題を早々に打ち切りたかったんだと思う。
当たり前だけど、ボクが翔太を忘れるはずない。
『彼を覚えていないのですか?』
『う、うんっ。全然覚えてない!』
『……本当ですか?』
『本当だよ!』
心苦しいけど嘘を継続した。状況はさっぱりわからないけど、翔太の話をしたらボロが出るかもしれない。こいつとの会話は危険だと判断した。
……大丈夫だ、ここでの会話は翔太に絶対届かないから。
この場に翔太はいないし、白瀬がこの話をわざわざ翔太にするはずがない。そもそも、正体がバレてるなら料理対決なんて企画で女神を集めないよね。
その後、今度は虹谷翔太をどう思っているのか聞かれた。
『虹谷は面白くて良い奴だよ。付き合いはいいし、なんだかんだ言っても優しいところを良く知ってるからね。けど、一番あいつが輝くのはゲームしてる時かな。一緒にゲームしてると時間を忘れるくらい楽しいんだ。あいつの後ろに付いて突撃する時なんて無敵状態になれるっていうのかな、誰にも負けない気持ちになるんだよね。まっ、虹谷は弱いからすぐ倒れちゃうんだけど』
ボクは出来るだけ褒めた。
その後はしばらく会話して、最後に白瀬から仲良くしようと言われた。
『禍根がないのでしたら、今後は仲良くしてください』
翔太を傷つけたこいつと仲良くとか絶対に嫌だけど、断る理由がなかった。ボクはさっき無川翔太を知らないと言ったのだから。
気付くと、料理対決は終わっていた。
白瀬との話し合いのせいで料理に集中できなかった。というか、女神全員ボロボロだった。
勝者となったのは急遽参戦した翔太の義妹である紫音ちゃんだ。空気を察してくれたのかもしれない。いい子だな。さすがは翔太の妹になった子だ。
こうして、翔太が戻ってきて初めての夏休みが終わった。
ボクは改めて思った。
翔太と遊ぶのは最高に楽しい。あの時間が永遠に続けばいいと思ってしまうくらいには楽しかった。
ただ、同時に怖くもあった。今の翔太は女神との距離が近すぎる。気を付けないとあいつ等が翔太の正体に気付くかもしれない。
「特に白瀬に注意しないとね。どうにかしてあいつを翔太から離さないと。疑ってるっぽいからね」
ボクは警戒を強めた。
◇
そして、迎えた二学期。
「えっ?」
翔太が白瀬のアホを支持する白の派閥に入ったのだ。その衝撃的な報せを受けたボクの顔は間違いなく真っ青になっていた。




