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4色の女神達~俺を壊した悪魔共と何故か始まるラブコメディ~  作者: かわいさん
第2章 接近の夏休み

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閑話 黒色の衝撃

「……夏休みも終わりか」


 夏休み最終日。わたしは部屋の中央でそうつぶやいた。


 例年の夏休みはつまらなくて暑いだけの日が続いたけど、今年は違った。様々な意味でとても疲れる夏休みだった。

 

 読み終わった本を棚に戻し、この夏休みを振り返った。


 最初から疲れるイベントがあった。


 ショッピングモールで買い物していると少女に声を掛けられた。独特の呼び方をするので相手はすぐにわかった。


 ――虹谷紫音ちゃん。


 わたしにとって恩人の義妹である少女。そして、最も可愛がっている後輩だ。


 声を掛けられて驚いたけど、嬉しい気持ちのほうが強かった。この子の笑顔は人を元気にしてくれる癒し効果がある。


 けれど、その後ろに立っている人を見て複雑な気持ちになった。虹谷君が何とも言えない表情でこっちを見ていた。


 兄妹で買い物に来たらしい。


 しばし話をしていると、見たくない奴が現れた。


『あら、黒峰さんじゃありませんか』


 最悪の気分になった。よりにもよって虹谷君がいるこの場に現れるとか、本当に悪魔みたいな奴だ。こいつのどこが白の女神だ。


『……ちっ』

『相変わらず愛想がないですわね』

『うっせぇ。気安く話しかけんなっ』

 

 その後、黙って様子を見ていたら白瀬がこの面子でプールに行こうとか言い出した。

 

 冗談じゃない。誰が行くものか。わたしは絶対に嫌だし、虹谷君はわたし以上に嫌なはずだ。


 でも、予想外の展開になった。虹谷兄妹が参加を表明したのだ。


 正確には少し違う。紫音ちゃんが参加すると言った。


 今年から兄妹になった紫音ちゃんはわたし達の事情を知らない。知っていたらわたしのことを敵視し、軽蔑するはずだから絶対に知らないはずだ。


 虹谷君は渋っていた。男が一人だからという理由で拒否しようとしていた。ナイスな判断だと心の中で拍手した。


 けど、問題はあっさり解決した。紫音ちゃんが白瀬の弟を引っ張ってきた。

 

『あっ、あの……お姉様も行きますよね?』


 不安そうな顔で尋ねられ、返答に詰まった。


 白瀬は虹谷君の正体に気付いていない。でも、一緒に遊びに行けばバレるかもしれない。わたしがフォローするしないと。


『……わかった。行ってやる』


 虹谷君の顔をちらっと見れば、絶望した表情をしていた。申し訳ない気持ちになる。その顔を見てわたしの顔も絶望に染まっていただろう。ついでに何故か白瀬も同じような顔をしていた。誘ったのはおまえだろ。


 日程が決まってから全速力で準備した。


 食事制限して、水着を購入して、ムダ毛の処理とか凄く頑張った。プールとか久しぶりだから準備だけで疲れた。


 正直、プールは好きじゃない。


 ジロジロ見られるのが嫌だし、ナンパが鬱陶しい。


 プールに到着すると、紫音ちゃんに引っ張られる形で遊んだ。久しぶりのプールは想像していたよりも楽しかった。


 ただ、やっぱりナンパ野郎が集まってきた。適当にあしらった。しかし次から次にナンパ男が近づいて来る。本当に邪魔な連中だ。


 何組目の男達だろう。その二人組は見た目もチャラチャラして、わたしの大嫌いなタイプだった。適当に追い払おうとしたけど、男の一人がわたしに向かって手を伸ばしてきた。


 あっ――


 過去のトラウマから拒絶反応が出そうになった時だった。不意に男の手が払われた。虹谷君がわたしと男達の間に入ってくれたのだ。


 男達と問答をしている最中だった。


『で、こっちは俺の彼女だ』


 そうして虹谷君がわたしの手を取った。生まれて初めて彼女って言われた。守ろうとしてくれる姿にドキッとした。


『悪いな、あんた等より彼氏のほうがいいわ』


 わたしはナンパ男から逃れるためにその言葉に乗った。虹谷君に密着する形で窮地を脱した。


 人生で初めて彼氏という単語を口に出した気がする。実際には全然違うけど、その言葉を言った瞬間にどこか満たされた気持ちになった。


 プールは疲れた。疲れたけど、楽しかった。


 最後に虹谷君の連絡先を聞いた。


 本当ならそれは虹谷君に負担をかける行為だ。でも、彼女とか言われてあの時のわたしは舞い上がっていた。


 そこからはいつも通りに生活した。


 夏休みといっても遊びに行く予定はなかったし、勉強と読書とバイトに時間を費やした。途中、バイトで虹谷君と一緒になった時は少しだけ気持ちが高揚した。


 平和だった。


 でも、虹谷君に何もできないのは辛かった。

 

 胸に刺さったトゲは相変わらず抜けてくれない。むしろプールに行ってから胸に刺さったトゲが少しずつ深くなっている気がした。


 もやもやした気持ちを抱えながら、夏休みも終盤を迎えたあの日。


『あれ、月夜お姉様!』


 買い物していると声を掛けられた。またか、と思いながらも紫音ちゃんに声を掛けられて嬉しくなる自分がいた。また虹谷君に会えるかもしれない。


 えっ?


 それは想定外の事態だった。紫音ちゃんがデートしていた。わたしにとってそれは大事件だった。


 相手は一緒にプールに行った白瀬の弟だ。


『お久しぶりです。黒峰先輩』


 彼――白瀬八雲君は丁寧にあいさつしてくれた。


 ……姉と違ってこの子はまともかも。


 プールの時も礼儀正しかった。水着になってもジロジロ見てこなかったし、なるべく女子を一人にしないように立ち回っていた。


 何となくだけど、彼の雰囲気は犬山蓮司君に似ていた。


 紫音ちゃんに事情を聞けばデートではなく、白瀬の誕生日プレゼントを買いに来ただけという。


「……あの子、絶対に惚れてるよね」


 白瀬の弟は間違いなく紫音ちゃんに惚れている。わたしと話している時もずっと紫音ちゃんを見ているから丸わかりだ。


 偶然出会った紫音ちゃんと夏休みの報告会みたいな感じで話していると。


『明後日、赤澤先輩が家に来るんです』

『えっ――』


 思わず反応してしまった。


 あいつは女神の中でも最もダメな奴だ。元はといえばあいつ絡みの噂が流れたせいですべてが始まった、元凶みたいな奴だ。


『お姉様も夕食会に興味ありますか?』

『え、あの、ちょっとあるかも』

『じゃあ、お姉様も来てくださいよ!』

 

 虹谷君は嫌がるだろうな。

 

 けど、赤澤に単独で乗り込ませるほうが危険な気がした。あいつは何かをしそうな雰囲気がある。白瀬よりもずっとやばい。


 しかし当日、予想以上の状況になっていた。

 

 そこには女神が勢ぞろいしていた。おまけに料理対決なるものが開始されたのだ。意味がわからなかったけど、この連中に負けたくなかった。


 途中、白瀬の奴が話をしたいと持ち掛けてきた。


 向かったのは虹谷君の部屋だった。


 本人は出かけているらしい。許可は取ってるらしいけど、気が進まなかった。もし虹谷君が知ったら嫌がるだろう。彼からしたらわたし達は天敵であり、近づいて欲しくない存在だろうから。


『……で、話ってのは』

『無川翔太さんについてです。覚えていますよね?』


 白瀬から出たのは無川君の話題だった。

 

 名前を聞いた瞬間、心臓が高鳴った。


 動揺しちゃダメ、落ち着け。


 こいつ、本人の家でその名前を出すなんてどういうつもり?

 

 偶然とは思えなかった。もしかして【無川翔太=虹谷翔太】と気付いたのだろうか。


 少なくともプールの時は気付いていなかったはず。もし知っていたら誘うとかありえない。まあ、こいつが想像を絶するクズなら話は別だけど。全部織り込み済みでわたしまで誘って虹谷君を精神的に追い込もうとした可能性もなくはないけど――


 わたしを試そうとしている?

 疑惑は抱いているけど確信はしていない感じ?

 

 ダメ、考えてもわからない。

 

 どうしてその名前を口にしたのか知らないけど、答えが出ない以上は黙っておく。だから、知らないフリをして興味を失わせる方向に話を持っていくことにした。


『……誰それ』

 

 わたしがそう言うと、白瀬の顔が驚愕に満ちた。


 自分の発言に心が痛むけど、わたしの言葉が虹谷君に届くことはない。虹谷君が聞いているはずないし、こいつの口から虹谷君に話がいくことはない。

 

 その後は無言を貫いた。


『で、では、虹谷さんのことはどう思いますか?』


 無川君について知らないと言った罪悪感からか、虹谷君をとにかく褒めた。


『あいつはいい奴だよ。外見は爽やかで清潔感あるし、一緒に居ても居心地悪くないし、他の男子と違ってやらしい視線じゃないんだよね。喋ってて楽しいし、お節介で優しいところも嫌いじゃないかな。こっちの気持ちを理解してくれるっていうのかな。だから全体的にいい感じ』


 勢いよく喋っちゃったけど、これは本心だ。


 その後、ぐだぐだと話していると。


『どうしても気になったんです。わたくしが怒らせることをしたのならこの機会に謝罪させてもらおうかと』


 原因?


 おまえが無川君を壊した悪魔だからだよ。


 でも、それを言う訳にはいかない。さっき自分の口から無川翔太君を知らないと言った手前、その発言はおかしい。


『わたくしに気に入らないところがあるならば改善いたします。黒峰さんと仲良くしたいんです。お願いします』


 懇願する白瀬に対して、何も言えなかった。


 嫌だったけど、断る理由がないから白瀬と和解した。


 話し合いが終わった後、こっそり虹谷君の部屋を訪れた。


 本棚にはマンガとライトノベルが詰まっていた。引っ越したばかりのせいか、新しいものばかりだ。


 ただ、図書室で一緒に読書していたあの頃と好みは変わっていない。


 虹谷君の部屋の中央に立ち、昔のことを思い出した。あれだけ世話になっておいて、未だに感謝の言葉を言えない現状がもどかしい。


 部屋を出ていく時、ありったけの感謝と謝罪を込めて頭を下げた。


 ――あの時は助けてくれてありがとうございました。そして、すぐに噂を訂正できなくてゴメンなさい。


 女神達がいるから声は出せない。心の中でそう言った。いつか本人に言って頭を下げよう。その日が永遠に来ないかもしれないけど。


 こうして夏休み最後のイベントが終わった。


 肉体的にも精神的にも疲れた。とても疲れたけど、悪くない夏休みだった。


 ◇


 二学期が始まった。


 その直後、特大の爆弾が投下された。


 虹谷君が白の派閥に入ったのだ。衝撃的情報を聞いた瞬間、わたしの視界が真っ黒になった。

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