第28話 虹色の夏の終わり
夏休み最終日。
こっちに戻ってきて初めての長期休みが終わろうとしていた。膨大な量の宿題をすべて片付け、明日からの準備もばっちりだ。
俺は夏休み序盤と同じようにエアコンの効いた部屋の中央で寝転がり、スマホアプリを起動した。
どうでもいいが、水着ガチャで石が無くなった後で強キャラを出すのは勘弁してほしい。おかげでバイト代がいくらか溶けた。推しのアイドルだったからゲットしないという選択肢はなかったし。
しばしゲームをプレイした後、スマホを置いて天井を眺める。
「……この生活も終わりか」
夏休みに突入した当初はクソみたいな人生にも天国があるとかはしゃいでいた。
実際にはどうだったのだろうか。基本的には充実していたが、どうしてもあの悪魔みたいな女神達との思い出が色濃く残った。
夏休みに起きた出来事を振り返ってみる。
まず、偶然の出会いから白瀬と黒峰と一緒にプールに行った。そこで初めて八雲君と面識を持った。個人的に黒峰のスタイルの良さに驚いたりもした。
次に青山と一緒に参加したゲーム大会。真広も加えた俺達のチームは結構な活躍をして、大会では中々の結果を残した。大会の作戦会議をしている時に青山が俺を突き落としたアレが事故だったと判明した。
そして、赤澤と行った夏祭り。クラスメイト達と友好を温めながらの祭りは素直に楽しかった。ここで赤澤姉妹がケンカしていると知った。
でもって――
「白瀬にバレちまったんだよな」
夏休みにおける最大の事件はこれだ。
油断していた。あれはもう油断でしかなかった。白瀬とは無事に仲直りして事なきを得たが、本当に反省すべき出来事だった。二度とあのような油断はしない。
夏休み終盤には突如として料理対決が勃発した。
料理対決といっても俺が覚えているのはクローゼットで盗み聞きした白瀬との話し合いのほうだ。あれは衝撃だった。まさか過去の俺の存在が抹消されているとは。だから近づいてもバレなかったのだろうけど、何か複雑な気持ちだ。
「あいつ、好きとか言ってたよな」
一番の天敵でもある赤澤からの言葉が頭から離れない。数年前だったら大喜びだったが、今は事情が違う。
それに、青山の嘘も気になるところだ。
「……って、この問題はいくら考えても答えが出ないって結論になっただろ」
俺は思考を消すように深く息を吐いた。
その後、何事もなく夏休みを消化していった。
料理対決が終わってから数日もすると両親が新婚旅行から帰宅した。
幸せそうな母の顔を見て、俺も幸せな気持ちになった。ただ、父がお土産に買ってきたゆるキャラっぽい人形は不気味だったのでクローゼットに永久封印しておくつもりだ。無論、本人には言わないけどさ。
しかしまあ、振り返ってみれば女神と接触しまくりだったな。
まあいい、重要なのは過去じゃない。明日からだ。
「二学期は荒れる……か」
各女神の派閥が動き出し、熾烈な票取り合戦になると予想されている。
それだけじゃない。体育祭に文化祭、テストなど様々なイベントがある。
最大のイベントは文化祭だろう。今年のコンテストはさすがに昨年のような同票にはならないだろうけど、果たして誰が女神に選ばれるだろうか。
「男神のほうは蓮司で確定だけどな」
こっちは動きようがないし、動いてほしくもない。
個人的には後輩の八雲君も好ましいので推したいが、さすがに蓮司を超えるのは難しいだろうな。
イベントが目白押しならそろそろ蓮司との接触もありそうだ。クラスが違うし、これまで上手く接触しないように立ち回っていたがそれも限界だろうか。
「蓮司は俺に気付いてくれるかな――」
つぶやいている途中だった。
不意に部屋がノックされた。返事をすると、紫音が入ってきた。その手には数冊のマンガ本があった。
「本、返しにきたよ」
「適当に本棚に入れておいてくれ」
「わかった。貸してくれてありがとね」
そう言って紫音が本棚にマンガを戻した。
しかし、本棚に戻し終わっても紫音は部屋を出ようとしない。それどころか俺のベッドに腰かけた。
「……あのね、お兄ちゃんには感謝してるんだ」
不意に紫音がそう言った。ビックリした俺は体を起こした。
「急にどうしたんだ」
「日頃の感謝だよ。お兄ちゃんのおかげで毎日が楽しいからさ」
紫音は一つ息を吐いた。
「今だから言えるけど、最初は不安だったの。高校生になる時、お兄ちゃんが出来るって聞かされた。正直どうなのかなって。でも、お父さんが幸せそうだから反対意見とか言えなかったんだ」
「……」
俺も同じ気持ちだった。
新しい家族が出来ると聞かされ、期待よりも不安が大きかった。あの悪魔のような女神連中のせいで女子に対しては苦手意識があったし、嫌な奴だったらどうしようと震えたものだ。
ただ、母が幸せならそれでいいと反対しなかった。
普通に考えれば紫音のほうが怖いはずだ。血の繋がりのない兄貴とか何されるかわからないし、スケベ野郎とか暴力野郎の可能性もあったわけだし。
「お兄ちゃんで良かったよ」
「俺も紫音が妹になってくれて嬉しかったぞ」
「でしょ? 料理も出来るし、結構可愛いし、こんなに出来た妹は中々いないよ」
「かもな」
そうして俺達は笑い合った。
「なあ、紫音は夏休みどうだった?」
「今まで一番楽しかった。月夜お姉様と仲良くなれたし、女神の先輩達とも知り合いになれたからね。憧れだった人達とお近づきになれて嬉しかったな」
「……そいつは良かった」
俺からしたら全然嬉しくはないが、紫音の反応は一般的なものだ。あの女神連中は学園にとっては憧れの存在だからな。
紫音は少し遠慮がちに。
「お兄ちゃんはどうだった。夏休み楽しめた?」
「おかげ様で結構楽しい夏休みだったよ」
「ホント?」
「おう。それに、スマホのありがたみを思い知ったよ」
それからしばらく兄妹の時間を過ごした。特別な話をするわけではなかったが、お互いに夏休みの出来事とか、宿題の話とか、そういう他愛のない話をした。
会話の内容は次第に天華コンテストに移行していった。
「今年は誰が勝つのかな。初めてだから楽しみだよ」
「どうせ【4色の女神】の誰かだろ」
「意外と他の人だったりして?」
それは想定外の言葉だった。
「他に候補がいるのか?」
「そりゃいるよ。去年、お姉様達に女神の座を奪われた先輩とか」
「ほうほう、先輩ね」
「けど、可能性が高いのは同級生かな。凄く可愛い子がいるんだ。その子が女神に選出されるかもって噂になってるの。夏休みの間に勢力を拡大してるみたい」
「マジか!?」
言いたくはないが、ルックスだけなら【4色の女神】は相当なものだ。あれに匹敵するような女子がいたとは。
「めちゃくちゃ可愛いよ。それに知名度もあるんだ。女神の妹だからね」
「……女神の妹?」
「赤澤先輩の妹」
「っ」
知らなかった。彼女も天華院学園に進学していたのか。
会いたい気持ちはあるが、少しばかり複雑な気分になる。彼女は彼女で中々に強烈だったからな。
「男神のほうはどうなるかな?」
「犬山蓮司で確定だ!」
「だよね。紫音のクラスでも大人気だから」
「まあな。あいつは別格だから当然だろ」
「……白瀬君も頑張れると思うけど」
おっ?
思ったより距離を詰められているようだぞ、頑張れ八雲君よ。
その後も紫音とあれこれ話した。
話しながら俺は改めて理解した。今、俺にとって最も重要なのは家族だ。特にこの義妹を守らないといけない。
「なあ、紫音」
「なに?」
「決めたよ。俺、白の派閥に入ることにした」
そして、二学期が始まる――




