第26話 青と白と虹色のクローゼット
またも過酷な現実に直面して大きな傷を負ってしまった。
黒峰もかつての俺を覚えていなかった。存在を抹消するレベルで嫌悪していたことに改めてショックを受けた。
しかし、過去の俺を嫌っていると同時に今の俺には好意的だと判明した。黒峰の言葉の節々から信頼みたいなものを感じた。他に男の影もないし、好意を寄せられているのは疑いようがないだろう。
一体どういうことだよ。
思考をまとめたい。ひとまずクローゼットから出よう。
「っ」
動き出そうとしたその時、部屋の扉が静かに開いた。
黒峰だった。
一人で部屋を訪れた黒峰は一礼してから入室すると、遠慮がちに本棚に近づいた。そこに並ぶ本をジッと眺めている。
本棚にはマンガとラノベがあるだけだ。見られて困る本はない。ラノベのほうは表紙が美少女が多いのであまり手に取って欲しくはないが。
しばらく本棚を見た後、黒峰は部屋の中央に立って室内をぐるりと見回した。
……男の部屋が気になるのか?
そう思ったが、好奇心とかはないらしい。黒峰の表情はずっと曇っている。白瀬と話していた時とは別人のようだ。不安と孤独が共存したような顔は中学時代に図書室で出会った頃の彼女を見ているようだった。
「……」
結局、黒峰は何もしなかった。
終始暗い顔をしたまま部屋を出ていった。印象的だったのは部屋を出る際に深々とお辞儀をしたことだ。入退出の礼儀とかそういう感じではなく、まるで誰かに謝罪とか感謝をしているようだった。
……部屋を見せてくれてありがとうってわけか?
行動の意味が一切理解できなかった。しばしその行動の意味を考えたが最後まで答えは出ない。
まあいいだろう。
黒峰が完全に離れたのを確認してから。
「よし、そろそろ出るか――っ」
今度こそと手を伸ばしかけたところで、ある可能性が脳裏をよぎった。デジャヴとでも言うべきだろうか、予感みたいなものだ。
その予感は的中した。
程なくするとノック音が響いた。何となく次の展開が読めた俺はクローゼットの中で三度、息を殺すのだった。
◇
白瀬が部屋に入り、背後から青山が付いてきた。
青山の顔は不機嫌そのものだ。嫌々付いてきたのが丸わかりだった。あいつのこういう顔を見れるのは女神と一緒の時くらいだろうな。
しかし表情はすぐに変化することになった。
「……ここが虹谷の部屋か」
つぶやいた青山は口を半開きにして室内を見回した。
あちこち見た後、青山の視線はパソコンが置いてある机を見て止まった。パソコン周りは綺麗にしているので見られても問題ないが、もし勝手に起動しようとしたら大暴れして止めよう。
懸念していたような事態にはならず、二人は部屋の中央に座った。
「で、ボクに用事ってなに。時間ないんだけど」
「あら、お急ぎでしたか?」
「言いたくないけど、料理って苦手なんだよね。作り方も全然わからないし、だから作り方をチェックしながらやらないと」
これはイメージ通りだな。
青山に料理好きのイメージはなかった。対決を受けたのも意地みたいなものだろう。正直、料理のほうにはちっとも期待していない。
「スマホとにらめっこしていたのはそういう理由でしたの」
「うっさい。用があるなら早くして」
「わかりましたわ。では、早速本題に入ります。話というのはあなたの友人であった無川翔太さんについてです」
相変わらずの初手から切り込むスタイルだった。もう少しオブラートに包むとか出来なかったのかね。
さて、青山の反応は――
「そ、そんな人は知らないよっ!」
明らかに動揺していた。
「彼を覚えていないのですか?」
「う、うんっ。全然覚えてない!」
「……本当ですか?」
「本当だよ!」
またか、とは思わなかった。
何故なら俺は知っている。青山が嘘を吐いていると。
あいつが忘れるはずないのだ。大会の作戦会議でファミレスを利用した際、旧友と俺の話をしていた。それに、ディスボに思いきり謝罪の言葉を並べていた。あれからもたまに元のアカウントを覗いているが、今でも無川翔太に向けてメッセージを送っている。
白瀬はその事実を知らない。
青山が嘘を吐いた意味はわからないが、ここで出ていくのはまずい。黙って状況を見守ろう。
返答が予想通りだったのか、白瀬は動揺を見せず次の話題に入る。
「では、虹谷さんをどう思いますか」
「どういう意味?」
「一緒にゲームをしたりする関係だと聞いています。彼のことをどう思っているのか聞かせてください」
尋ねると、青山は少し自慢気な顔で。
「虹谷は面白くて良い奴だよ。付き合いはいいし、なんだかんだ言っても優しいところを良く知ってるからね。けど、一番あいつが輝くのはゲームしてる時かな。一緒にゲームしてると時間を忘れるくらい楽しいんだ。あいつの後ろに付いて突撃する時なんて無敵状態になれるっていうのかな、誰にも負けない気持ちになるんだよね。まっ、虹谷は弱いからすぐ倒れちゃうんだけど」
余計なお世話だ。
「……虹谷さんが好きなんですか?」
「えぇっ!?」
その質問に青山が立ち上がり、目を瞬いた。
「すっ、好きって?」
「もちろん、異性としてです」
「……そういうのは考えたことなかったかな。友達って言っていいのかわからないけど、あいつは仲間って感じだから」
昔の俺と同じ感想だ。
最初は青山のことを男だと思っていたからか、あるいは赤澤に惚れていたせいか、恋愛的な目線で見ることはなかった。
「仲間ですか」
「そう、遊び仲間だよ!」
青山は続ける。
「あいつと喋ってると気分が良くなるんだよね。他の誰よりも波長が合うっていうか、そういう感じ。恋愛みたいな感情よりはそっちのほうが強いかも。仲間の中でも、特別な仲間って感じかな」
青山は自分の言葉に満足気に頷いていた。
回答に満足したのか、白瀬は質問を変えた。
「なるほど、理解しました。では、別の質問があります。わたくしに対して急にケンカ腰になった理由を教えてください」
もう一つの本題というべき質問をぶつけた。
「……急にどうしたの?」
「気になっていたんです。青山さんは天華院学園の元気印で、非常に社交的な方としても知られています。それがわたくしには親の仇のように対応しています。わたくしがあなたを怒らせることをしたのならこの機会に謝罪させてもらおうかと」
「必要ない」
「でしたら、どうして急にケンカ腰になったのでしょうか?」
「それは――」
青山はわかりやすく視線を泳がせた後。
「な、何となくかな!」
あれも絶対嘘だな。
あいつの性格はわかりやすい。間違いなく何か理由がある。しかし、その理由を白瀬に言いたくないのだろう。
「禍根がないのでしたら、今後は仲良くしてください」
「え、えっと――」
「ダメですか?」
白瀬からジッと見つめられ、青山は観念したように。
「わかったよ。ケンカ腰になって悪かった」
「今後は是非とも良好な関係を築きましょう」
「う、うん」
不承不承といった感じの青山だが、二人の間に漂う空気が緩くなった。
白瀬は全員と和解できたようですっきりしていたが、俺は逆に全然すっきりしていない。これなら聞かないほうが良かったくらいだ。
赤澤と黒峰は過去の俺を存在抹消レベルで嫌っている。そして、過去の俺を覚えている青山は嘘を吐いた。
しかし三人共が今の俺をめちゃくちゃ高く評価している。確かにお節介したりはあったが、ここまで評価が上がるような出来事はなかったはずだ。
「……わからねぇよ」
料理が完成するまで、俺はクローゼットの中で一人呻いていた。
お久しぶりです。
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