第24話 赤と白と虹色のクローゼット
突如として勃発した料理対決。
急展開にまるっきり付いていけなかったが、女神連中はやる気満々の様子だ。あいつ等が提案を受け入れたのは意外だった。料理の腕に自信があるのだろうか。
過去と照らし合わせようとしても生憎と料理に関する記憶はない。中学の時はすでに関係が薄くなっていたし、小学生の調理実習の記憶など残っていない。完成してからのお楽しみにしておこう。
対決の宣言があった後、俺は自室に戻った。
料理を作る過程を見ないでくれと言われ、キッチンから追い出されたのだ。
これは助かった。あいつ等が集まる場に居座るのは気まずい。
そんなわけで部屋に戻った俺はいつものようにアプリゲームを起動させた。
夏休みまではスマホ不必要説を唱えていたが、今ではすっかり心変わりしていた。ネットに繋ぐのも簡単だし、寝転がって操作できるのも素晴らしい。スマホがないと生きていけない体になりつつある。
この集まりを聞いた時はどうなるかと思ったが、完成した料理をただ食べるだけなら気楽なものだ。気合いを入れたのに拍子抜けだ。
今のところ白瀬の狙い通りに進んでいる。このまま任せるとしよう。
しばらくプレイしていると、デイリークエストが終わった。
「……暇だな」
そう呟いてクローゼットを開けた。
白瀬に見つからないようクローゼットの中に隠しておいた袋を手に取る。本当なら昼の済ませる予定だったが、機会を逸してしまった。
「まっ、帰り際でいいか」
袋を再びクローゼットに戻した。
ノックの音が響いたのはそんなタイミングだった。
返事をしようとしたら。
「白瀬ですわ。紫音さんから部屋を借りていいと許可を頂きましたので、失礼します。虹谷さんが外出中なのはわかっていますが、マナーとして声を掛けさせていただきました。ちなみに、紫音さんの部屋を使おうとしたら部屋が汚いからと断られたことも付け加えておきます」
などという説明の後で扉が開いた。
突然のことに理解が追い付かず、咄嗟にクローゼットの中に隠れた。
◇
部屋に白瀬が入ってきた。その後ろに赤澤もいる。
「……ここって虹谷君の部屋?」
赤澤が部屋を見回す。
「はい。わたくし達が買い物に向かった後で虹谷さんも出かけたようです。紫音さんから部屋を借りていいと許可を得ました」
俺が出かけた?
頭の中で内容を整理する。
先ほど、料理対決の宣言があった直後のことだ。女神達はそれぞれ買い物に出かけた。料理対決なので食材を買いに行くのは自然な流れだろう。
その間、俺は気分転換に少しだけ外に出た。外の空気を吸ってリフレッシュしたかったが、暑かったのですぐ戻ってきた。紫音はキッチンで調理道具の準備をしていたので、玄関が開いた音を聞いて俺が出かけたと勘違いしたのかもしれない。
「……で、私に話ってなにかな?」
「まずは応じてくれてありがとうございます」
「別に感謝されることじゃないでしょ。話があるなら早くしてくれるかな。買い物の途中で急に呼び出すからまだ買えてないんだけど。無駄な時間過ごして負けるとか嫌だからね」
赤澤の奴は露骨に嫌そうな顔をしていた。
話から察すると買い物の途中で白瀬が話をしたいと呼び出したのだろう。
で、俺の部屋を借りたと。
しかしこの状況どうよ。幼馴染と元カノが俺の部屋にいて、部屋の主である俺がクローゼットからそれを覗いている。中々に斬新な状況っていうか、何か知らんけどイケないことをしている気分になる。
赤澤は白瀬に対して塩対応をしているが、さっきから部屋の様子が気になっているらしく室内を見回している。視線が本棚に向かい、続けてベッドに向かう。しばしベッドに視線が固定されると、何故かごくりと喉を鳴らしていた。
昔の赤澤はよく俺の家に来ていた。もっとも、貧乏だったあの頃は自分の部屋がなかったわけだが。
……白瀬の奴、例の話し合いをここで行う気か。
ようやく白瀬の狙いが気付いた。料理対決にしたのは一人ずつ呼び出しやすいからだろう。楽しく全員で料理を作ろうという展開になれば個別に話など聞けない。
「では、単刀直入にいきます。無川翔太さんのことを覚えていますよね。赤澤さんはあの方をどう思っているのか聞かせてください」
「……」
おいおい、あいつ何を聞いてやがる。
その質問をするのは打ち合わせになかっただろ。
手に汗握った。
俺自身、その答えは聞きたかった。赤澤夕陽は俺にとって初恋の相手だ。気にならないと言えば嘘になる。
判決を待つ被告人の気分でいると。
「……それ、誰だっけ?」
えっ?
マジかよ。俺が嫌われているのは知っていたが、まさかの存在抹消レベルだったのか。いくら何でもそれは酷すぎだろ。
「えっ、あの、あなたの幼馴染ですわ」
「……」
「本当に覚えていないんですか?」
質問した白瀬が困惑した声を出している。
思わずクローゼットから飛び出して本人に「俺だ」と言ってやりたくなった。しかしそれは出来ない。気持ちをグッと堪える。
「忘れちゃったんだから仕方ないでしょ」
「えっと……」
「話はそれで終わり?」
「っ、待ってください」
「なに?」
「では、虹谷さんのことはどう思っていますか?」
本題に移った。
正直、俺のメンタルはすでにボロボロだ。
「……好き」
へっ?
「好きというのはその、男性としてですか?」
「うん。好きだよ」
「ち、ちなみにその理由は?」
白瀬が聞くと、食い気味に。
「全部が素敵だからに決まってるでしょ。顔は超イケメンだし、すごく優しいんだよ。それに運動神経は抜群で、勉強だって頑張ってるよね。困ってるといつも颯爽と現れて助けてくれるし、本物の王子様みたい。あんな素敵な男子は他にいないよ。惚れない理由がないもん。好きっていうか、大好き!」
なんてこったい。
無川時代の俺は存在抹消レベルで、今の俺は王子様?
……っていうか、ここまで来ると過去の俺は何をしたのか気になるレベルだぞ。された覚えはあるけど、いくら思い返してここまで貶められる理由がわからない。
いやいや、だけど今の俺に対するこの評価は高すぎるだろ。虹谷翔太として赤澤と過ごしたのは一学期と、この間の夏祭りだけだ。少なくともあいつの中ではそのはずなのだが、いつの間にそこまで評価が爆上がりしていたんだろう。
優しいとか助けてくれるってのは猫田関連の出来事だろうし、運動に関しては昔から得意だった。勉強も確かに頑張ってるけどさ――
「そ、そうですか」
これには白瀬もキョトンとしている。
さぞかし驚いただろう。今まで彼氏を作らず浮いた話の一つもなかった女神の一角が「好き」とか隠さず言っているんだから。
一番驚いているのは俺だけど。
「あの、最後に質問があります。女神達が険悪になった理由を聞かせてください」
「……」
「わたくし驚きましたの。それまで特に会話の経験もなかったはずなのに、急にケンカ腰で対応されました。理由としては無川さんのことが最も可能性があるだろうと思っていました。ですが、先ほどの話を聞くと違うようですわね」
「…………」
「わたくしは赤澤さんと仲良くしたいと思っています。もし理由があるのなら教えてください」
問題となった会議では蓮司がブチ切れたという。
俺も白瀬同様にひょっとしたら無川絡みでこうなっているのかも、と思ったけど違うだろうな。赤澤の奴は昔の俺を覚えていないらしいので俺が原因で揉めたわけでもなさそうだ。
じゃあ、やっぱり蓮司を巡ってなのか?
だが、俺が好きであると赤澤がはっきり口にした。
全然わからない。女心と秋の空って言うし、そんな感じで男にはわからない深い事情ってのがあるんだろうか。
「……理由は特にないかな。女神って響きがいいから、来年も狙おうかなって。だから強く当たっちゃっただけかも」
あいつはただ女神って地位にこだわっていただけなのか。
「あの、それでしたら正々堂々と勝負したほうが良いと思うんです。そちらのほうが女神らしいかと。良かったら仲直りというか、友達になってくれませんか?」
白瀬は真剣な顔でそう言った。
しばしの沈黙の後。
「わかった。白と……じゃなくて、白瀬さんと仲良くするよ」
「本当ですか?」
「うん」
俺の部屋で白瀬と赤澤が握手を交わす。
分かり合えたらしい。
しかし俺は会話内容が色々な意味でショッキング過ぎて祝福出来なかった。二人が出ていくまで、俺はクローゼットの中で呆然としていた。




