第21話 白い話し合い
「強い好意だと?」
ごくりと息を呑み、尋ねる。
「はい。恐らくは恋愛感情に近いものです」
「っ、冗談だろ?」
「青山さんはわかりませんが、少なくとも赤澤さんと黒峰さんはそれに近い感情を持っていると思います。はっきり恋心だと断定するにはわたくしでは経験不足ですが、翔太さんを特別視しているのは確かだと思います」
想定外にも程があった。
この二年で俺の容姿は変化した。
以前に比べるとかなりマシになったという自信はあったし、ランニングに筋トレといった努力を重ねてきた。そこを評価されるのは素直に嬉しい。
だが、内面に関してはそれほど変わっていない。
向こうでは女っ気のない生活だったし、未だに女性経験など皆無である。こちらに戻って来てからも義妹である紫音と一つ屋根の下で暮らしているが、それで内面が磨かれたってことはないだろう。女子が喜ぶトークが出来ている自信もないし、紳士的な対応みたいなのも理解できちゃいない。
これで嫌悪から恋愛感情までジャンプアップしたってのか?
ってことは、あいつ等は外見しか見てねえのかよ。それはそれで女神としてどうかと思うぞ。
「白瀬の勘違いじゃないのか?」
「いいえ、事実ですわ」
「根拠は?」
「会議室でわたくしが翔太さんを友達と言った時のこと覚えていますか?」
忘れるはずがない。
あの時、一瞬ではあるが空気がヒリついたことは今でも覚えている。
「赤澤さんの目が完全に危ない人になっていました」
「……そういえば、そうだな」
確かにあの時の赤澤はやばかった。殺気みたいなものが全身から滲みだしていた。
「恐らく嫉妬ですわ」
「いや、単にクラスメイトである俺が白瀬の友達になったことで自分の票が奪われると考えただけじゃないか」
「それだけであの目ですか?」
「……」
ありえないよな。たった一票にあれとか普通じゃない。
じゃあ、マジで嫉妬なのか?
記憶を探ってもあいつの嫉妬とか見たことがない。そりゃそうだ。昔の赤澤は蓮司と仲良さそうにしていたからな。嫉妬とかするはずがない。学校で一番人気同士だったわけだし、他者が入り込む余地はなかったろう。
「幼馴染だから言えるが、あいつは蓮司が好きだったぞ。少なくともそこだけは間違いないと断言できる」
「当時はわかりません。ですが、二年の歳月がありますよ?」
「……」
「翔太さんがいない二年の間、ずっと一人の男性を想い続けていたと?」
なるほど痛いところを突いてくる。空白期間に起こった出来事は知らない。百年の恋も冷めるような劇的な出来事が発生したとしても不思議じゃない。
むしろ劇的な出来事こそ俺の残した手紙かもしれない。
「黒峰さんに関してはわかりやすいですね。学園で話をする男子は翔太さんだけです。プールに行った時の態度で確信しました。彼女が男性にあれほど近づくことなんて今までありませんでした。明らかでしょう。八雲がいい例です。一緒にプールに出かけたのに全然喋っていなかったでしょう?」
思い返してみれば八雲君と喋っていた記憶がないな。
それでも信じられなかった。
「俺が黒峰の悪い噂を払拭したからじゃないか」
「それがきっかけだとしても、あの対応は考えにくいかと」
「紫音があいつの取り巻きってのは?」
「一因とは思いますが、それだけで特別扱いはないでしょう」
「……実は黒峰とはバイト先が同じなんだ」
本屋でバイトしていることを告げる。一学期の途中、噂を払拭する前から知り合っていたと。
「だから話せるようになったと言いたいわけですか?」
「えっ」
「その程度のことで近づけるほどガードは甘くないですわ。よく考えてください。確かにバイト先が同じというのは一つの接近材料ですが、それなら同じクラスだったり、同じ委員だったり、同じ部活動という理由でも近づけるはずです。彼女が翔太さん以外の男性に近づいたことがありますか?」
「……」
少なくとも俺は知らないし、学園の連中は誰も知らないだろう。
確かにそうだ。バイト先が同じというのは強い理由だと勝手に勘違いしていたが、言われてみれば単にバイト先が同じくらいで男嫌いが治るだろうか。
だったら考えられる理由は――
「惚れてしまったのでしょう」
「っ、マジかよ」
信じられないが、状況証拠は揃っていた。
「青山さんだけは不明ですが、彼女ともゲーム仲間と聞いています」
「まあな」
「少なくとも悪感情はないでしょう」
青山に関しては不明だが、確かにゲームをしている様子からして悪い感情はないと判断できる。
「……じゃあ、俺の正体がバレたらどうなる?」
「発狂するでしょうね。散々虐めた人に惚れるなどプライドが傷つけられる行為です。恋心は霧散し、それは翔太さんに対する怒りや殺意に転換されてもおかしくありません」
俗に言う反転アンチとか蛙化みたいなものだろうか。
冗談っぽい内容ではあるが、あいつ等ならありえる。
そうなったら平穏な生活どころか賞金首待ったなしだ。どこまでも追い詰められて再び転校を余儀なくされるかも。
「わたくしが協力します。万が一にも正体が知られないようにサポートしますわ」
「……俺は助かるけど、いいのか?」
「あなたを苦しめた贖罪です」
「でも、多分俺の正体はバレないと思うぞ。今まで大丈夫だったわけだし」
俺は一学期の間、誰にもバレずに生活できていた。夏休みに少し接近したが、それでも正体がバレていない。
「その油断が今の状況です」
「っ」
確かにな。俺が迂闊だったせいでこんな状況になっている。誰にもバレなかったからこそ油断してしまった。
「二学期には数多くのイベントがあります。そして、天華院学園における最大のイベントである天華祭もやってきます」
天華祭とは天華院学園の文化祭のことで、その目玉企画として天華コンテストという名の神を選ぶ投票がある。
「本当に彼女達が翔太さんに惚れているのだとしたら接触が多くなるはずです。接触が増えればそれだけ正体が発覚するリスクが高くなります」
イベントが目白押しの二学期だ。油断していたら危ない。
白瀬の言い分は正しいだろう。
ただ、やっぱり過去の件があるのでどうにも信じられなかった。自分が惚れられているなど微塵も思っちゃいなかった。
「……確証が欲しいところだ」
「確証ですか?」
「さっきの惚れた云々はあくまでも白瀬の考えだろ」
距離は近いと思うが、それが恋愛感情とまではわからないだろう。
「難しいところですわね。直接聞いたところでわたくしでは無視されるでしょうし、翔太さんが聞くわけにもいきませんしね」
「だよな」
「それに、周囲の目もあります。せめて学園以外で会えればいいのですが」
「……そういえば、赤澤が明後日来ることになってる」
先日の夏祭りの件を白瀬に伝える。
「ならばそこで本心を聞き出しましょう」
「ってことは、白瀬も来るのか?」
「ダメですか?」
「正直かなり助かる。あいつは腐っても幼馴染なわけだし、何かの拍子でバレる可能性が一番高いんだ」
「では、わたくしに任せてください」
白瀬を信用するしかない。
というか、バレた時点でもう信用する以外に選択肢はないのだ。白瀬があいつ等に漏らした時点で終わりだし、今更そこを気にしたところで仕方ない。
「けど、いいのか? 仲悪いんだろ」
「実はわたくし自身も気になっていたんです。何故自分が嫌われているのか。この機会に尋ねてみようかと。家の中なら逃げ道はないでしょうし」
なるほど、白瀬も気になっていたのか。
「……どうして急に聞いてみる気になったんだ?」
今まで聞かなかったのに突然どうしたってのか。
「翔太さんに謝罪できたことで心が楽になったと言いますか、今は少しだけ晴れやかな気分なんです。正直、紫音さんに対して複雑な感情を持っていました。今日ここに来たのも兄である翔太さんに文句の一つでも言いたくなったのかもしれません」
白瀬が嘆息する。
「ですが、あなたが無川翔太さんだとわかりました。そして誰よりも紫音さんを大切にしていることを理解しました。わたくしも自分自身の感情に折り合いをつけられたと言いますか、自分も前に進むべきじゃないかと思うようになったんです。それに、過去を振り返ると自分が八雲にふさわしくないと強く思うようになりまして」
そう言って白瀬は力なく笑った。
どこか自虐的で、ある種の諦観を感じさせる笑みだった。
「……白瀬」
その時だった。玄関が開く音がした。
時計を見ると時刻はまだ夕方前だ。晩飯はいらないと言っていたので紫音が帰って来るには早すぎる。
などと思っていたら階段を上がる音が聞こえる。その後、ノックの音がした。勢いよくノックされたことに驚いた俺はつい入室を許可してしまった。
「お兄ちゃん、ちょっと相談があるんだけど!」
「先輩、お邪魔します……って、姉ちゃん?」
紫音と八雲君が立っていた。




