第16話 赤い相談
赤澤からの相談か。
断る理由を探してみたが、残念ながら浮かばなかった。
「み、みんなと合流しなくていいのか?」
「大丈夫だよ。連絡しておいたから」
赤澤がスマホを取り出す。
用意周到だな。猫田の相談に乗ったのに赤澤からの相談を断るのもおかしな話だ。同じクラスメイトなのに赤澤だけ拒否したら俺が悪者になっちまう。そうなったら高校生活が終わる。
大丈夫だ、少し話を聞くだけだし。
「それなら安心だな。で、相談ってのは?」
さっさと終わらせよう。早速本題に入る。
「……」
どういうわけか赤澤は喋らない。沈黙が流れる中、花火が連続で打ち上げられた。迫力満点の光景に見惚れた。
その花火を見ていた男の子と女の子が目の前できゃっきゃとはしゃいでいる。二人の子供は手を繋いで親らしき人の元に走っていった。
仲良しな子供に過去の自分と赤澤が重なった。
「……花火、きれいだね」
「そうだな」
こいつと並んで花火を見るのも数年ぶりだ。
もっとも、俺は花火より子供のほうが気になっていた。あの子達にはいつまでも仲良くしてほしいものだ。あの子達が兄妹か友達か知らないけど。
「花火はいいけど、相談の内容は?」
「え、えっとね……」
「言いにくいことなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「だったら早いところ頼む。まだ食いたい物があるんだ」
「……」
その後もしばし沈黙があった。
時間にしたら数十秒だろうか。ようやく覚悟を決めたようで、赤澤がおもむろに口を開いた。
「相談っていうのは妹のことなんだけど」
「妹?」
「実は妹がいるんだ」
知っている。忘れるはずがない。彼女もまた幼馴染だ。
彼女については赤澤よりも前に疎遠になっていた。疎遠になった理由はいくつかあるのだが、赤澤とは少しばかり事情が違う。
だから気になった。
「妹がどうしたんだ?」
「ケンカしてるんだ」
「……ケンカね」
「仲直りしたいんだけど、虹谷君にいい案を貰おうと思って」
想像以上にまともな相談内容だった。
しかし、月日というのはわからないものだな。昔の赤澤姉妹は大の仲良し姉妹で、何をするでも一緒だったイメージがあるのに。
ただ、俺は妹のほうに会わなくなってから随分な日数が経過している。妹のほうも変化しているだろう。生きていればケンカくらいするだろう。
問題はそこじゃない。
「どうして俺に相談を?」
「ほら、前に葉月ちゃんとの仲を取り持ってくれたでしょ。それに、虹谷君って妹がいるからアドバイス貰えるかなって」
俺と紫音を実の兄妹だと思っているだろうから妹との仲直り方法を聞きたいってわけだ。ある意味では理にかなった相談といえるだろう。
まずいぞ。
紫音とケンカしたことなんて一度もない。仲直りのやり方なんてわからん。そもそも数か月前まで一人っ子だった俺には荷が重い相談である。
「……ケンカの理由は?」
「私が馬鹿やったせい」
こいつは実の妹にまで馬鹿な行いをしていたのか。幼馴染だった俺だけでなく実の妹にまで何かしたとか最低すぎるだろ。
「まあ、姉妹なら他人にはわからない事情があるかもな。赤澤が悪いと思ってるなら謝ればいいんじゃないか?」
「それで終わるならもう終わってるよ」
根が深い問題らしい。
兄妹でケンカした経験がないのでそれ以上は何も言えない。下手な発言をしたらボロが出かねない。
「虹谷君の妹って一年生の虹谷紫音ちゃんだよね」
「知ってたのか?」
「え、あの……偶然知ったんだ。たまたま名前を聞く機会があってね。虹谷って苗字は珍しいから覚えてたんだ。多分虹谷君の妹だろうって。それに、黒の追っかけとかしてるのも有名だし」
珍しい苗字だから驚くこともないか。
黒峰の追いかけをしているのも有名だったりする。うちの紫音は黒峰のお気に入りらしいからな。
「虹谷君のところは仲いいの?」
「それなりに」
「家ではどんな感じ? よく遊ぶ?」
「たまに勉強したり、ゲームしたりだな」
「……一緒にゲームしてるの?」
「よく俺の部屋に来るし」
その時、またも花火が連続で打ち上げられた。あまりの美しさに再び視線を奪われた。
派手な音に混じって隣から声が聞こえてきた。
「ズルいズルい、なにそれ超羨ましいんだけど。部屋で一緒にゲームするとか聞いてない。めちゃくちゃ羨ましいっ」
羨ましい?
妹と仲良しである俺が羨ましいってことだろうか。ケンカ中の赤澤からしたら仲良しエピソードはイライラの材料ってわけだ。これはいい話を聞いちまった。
……もうちょっとイライラさせてみるか。
俺は悪い顔になっていただろう。
「そういえば、今朝は俺の部屋でマンガ読んでたな。ベッドでごろごろしてたぞ」
「ベッドでごろごろ!?」
大声を発した赤澤が立ち上がった。
「お、おう。楽しそうにごろごろしてたな。途中で俺の食べてたお菓子を奪っていったりもしたぞ。全くもって悪い奴だ」
煽ってやると赤澤の表情が苦悶に染まる。
イライラしている赤澤を見ていると留飲が下がっていく。
「兄妹仲が良いのは素晴らしいことだけど、高校生なんだよ。そういうのは止めたほうがいいんじゃないかな。変な勘違いされちゃうかもだよ」
「勘違い?」
「きょ、兄妹といっても男と女なわけだしっ!」
「変なこと言うなよ。別に何もないぞ。兄妹なわけだし」
というより、今の話は赤澤を煽るための嘘っていうか盛っただけだ。
実際にはマンガを貸してくれと頼まれて貸しただけだ。ついでに買いすぎて余っていたお菓子をプレゼントした。俺の部屋の本棚はベッドの近くにあり、それを取りにきた紫音がベッドに乗ったというエピソードだ。
「高校生でそれはまずいって。もしかしたら紫音ちゃんはそういう目で見てるかもしれないよ。意外とお兄ちゃんが大好きな悪い妹だったりして」
「兄が好きでも悪くはないだろ――」
などと話していると、華やかな話し声が聞こえてきた。浴衣の集団が近くを歩いている。その集団の中にいた見知った顔と目が合う。
紫音だった。
こっちに近づいてきた。その背後から数人の男女が現れる。その時、隣に座る赤澤が険しい顔つきになったのを見逃さなかった。
「おっす、お兄ちゃん」
「おう。会えるとは思わなかったぞ」
紫音は振り返る。
「みんな、これが紫音のお兄ちゃんだよ」
一緒に来ていた人に俺を紹介する。
学園で見かけた顔もちらほらある。紫音はクラスメイトと行くといっていたので天華院の一年だろう。それぞれ「どうもです」みたいな感じで挨拶してくれた。
「お久しぶりです、翔太先輩」
「おっ、八雲君じゃないか」
爽やかな挨拶をしてきたのは白瀬八雲君だ。浴衣姿の八雲君は相変わらずイケメンだった。彼が近くにいればナンパの心配もないだろうな。紫音のことは彼に任せるとしよう。
挨拶を済ませた紫音は俺の隣にいる人物の姿を確認した。
「あっ、やっぱり赤澤先輩だっ!」
顔を紅潮させて赤澤に近づく。
その声に反応した紫音のクラスメイト達も赤澤に近づく。
「うわっ、すっごい美人」
「きれいな髪、本物の女神様みたい」
「赤の女神様だっ」
赤澤の表情からは先ほどの険しさ消え、アイドルらしい人懐っこい笑顔が貼りつけてあった。
「二年の赤澤夕陽だよ。よろしくね」
そう言って手を振る。後輩達のテンションが上がっているのがよくわかった。
学園のアイドルは健在だな。それから後輩達は一人ずつ赤澤と握手していた。男子の中には感動して涙を流している者もいた。まるでアイドルの握手会だ。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
赤澤と握手し終えた紫音が顔を寄せてきた。
「どうして赤澤先輩と二人きりだったの?」
「疲れたから休憩してただけだ。他の連中も近くにいるぞ」
「なんだ……デートかと思ったのに」
「残念ながら違う。紫音と同じでクラスメイトと来てる」
「けど、今の状況って大チャンスだよね。お兄ちゃん頑張って。遠目から見てたけど結構お似合いだったよ。カップルだと思った」
勘弁してくれ。
アホなこと言った紫音は再び赤澤に近づいて何か話している。赤澤の表情が少しずつ変化していくのがわかる。変なこと言ってないよな。
話は終わったようだ。
「それじゃ、紫音達はもう行くね。またね、お兄ちゃん」
紫音達が去っていく。
余韻が冷めないようでまだ後輩の男子君が赤澤の話をしていた。興奮してる奴にこいつの本性を教えてやりたくなるね。
「妹が騒がしくして悪かったな」
「ううん、全然いいよ。あっ、それと前言撤回するね。紫音ちゃんはいい子だよ」
「……?」
急にどうしたんだよ。
赤澤の表情はどこか満足気だった。一体どうしたんだ。
「そろそろ戻ろっか」
「相談はもういいのか?」
「大丈夫だよ。妹とは話し合ってみるね」
「……そっか。上手くいくといいな」
「ありがとね」
よくわからんが相談が終わったらそれでいい。
その後、クラスメイトと合流して花火の感想など言い合った。焼きそばを食って満足したので帰宅する運びになった。
赤澤からの相談はともかくとして、クラスメイトとの距離も縮まったし今回のイベントは参加してよかった。猫田もすっきりしたみたいだしな。
こうして夏祭りは終わり、俺達は帰りの電車に乗った。




