第5話 赤い仲直り
大切な人を傷つけた、か。
赤澤はそれ以上の言葉を発さず席に戻っていった。
大切な人が誰なのか知る由もないが、なるほど二人が仲違いする理由はあったわけだ。猫田自身もあの言葉を聞いていたが、反論はしなかった。恐らくそれは事実なのだろう。
昔の出来事のせいであいつを勝手に悪者にしていたのは少しばかり反省するところかもしれない。
いや、反省とかしないけどね。
あいつにも大切な人を傷つけられて怒るという感覚があったのに驚いた。俺を嬉々として傷つけたくせに自分の大切な人が傷つけられたら怒るとか相変わらず自分勝手な奴だ。
そこは放置しておくとして、ここからどうするか。
ホントなら赤澤と関わり合いになりたくない。あいつの友好関係とか正直どうでもいいし、仲直りして友達が増えるとか気分が悪い。こっちは元々いた友人をほぼ失ったっていうのにさ。あいつの手助けなどしたくもない。
ただ、猫田には借りがある。
あの時、猫田が教えてくれたからこそ奴の罠に深入りせずに済んだ。あのまま幼馴染として接していたら今頃は犯罪者に仕立て上げられていただろう。最悪の事態を回避できたのは猫田のおかげだ。最悪の泥沼までハマらずに抜け出すことができた。
人として借りは返さないといけない。
放課後になり、クラスメイト達が部活やら帰宅しようと立ち上がる。隣の席の猫田も帰ろうとしていたので声を掛けた。
「なあ、赤澤と仲直りしたいか」
「……」
「したくないのか?」
問題は猫田の意志だ。
仲直りしたいのなら協力する。ただし余計なお節介をするつもりは毛頭ない。今でもあいつを許せないし、手を貸すとか御免だ。
「……したい」
「だったら仲直りするぞ」
「無理だよ。夕陽すごく怒ってるもん」
「いいや、見たところあっちも仲直りしたがってるみたいだぞ」
長年共に過ごしていたのでわかる。
あいつは間違いなく仲直りをしたがっている。自分から歩み寄らないのは今さら後には引けないって感じだろう。
自分から謝罪したくないけど元の関係に戻りたいってところだ。
「どうしてわかるの?」
幼馴染だから。
とは言えないわけで。
「何となくって答えはダメか?」
「なにそれ」
「根拠を話すと長くなるが、これまで様々なケンカを何度か見てきたからだ。本当に嫌いならあんな反応にはならない。徹底的に無視するか、排除するはずだ。それに猫田を『葉月ちゃん』って呼んでた。嫌いならあんなに親し気に呼ばないだろ」
それっぽい発言をしたけど適当だ。
「……そうなのかな?」
「ラノベの話をした時だってそうだろ。猫田を交えて話そうって提案したら嫌とは言わなかっただろ」
「確かに嫌とは言わなかったけど」
「だったらそれが答えだ」
っていうか、絶対にそうだ。
あいつはちらちらと猫田を気にしていた。猫田から声を掛けてほしくてあのタイミングで俺に声を掛けてきたに違いない。
昔、俺とケンカした時もそうだった。
ケンカしてる最中のあいつはちらちらと相手を見る癖がある。あなたと仲直りしたいですよオーラを出し、向こうが折れて謝罪してくるのを待っている。見た目に反して強情なところがあるので自分からは折れない。
今回も同じだ。
気になって赤澤に注目していたが、授業中もこちらのほうを見ていた。あいつは猫田を睨みつけてるわけではなく、猫田が誰かと話していたら自分もさりげなく混ざろうとしていたのだ。
あわよくば猫田に流れで謝罪してもらい、元鞘に納まろうとしている。
「ホントに仲直りできるかな」
「絶対にできる」
「でも――」
「一生このままでもいいのか?」
首を横に振った猫田。
「結局したいんだろ。仲直り」
「したい。悪かったのはうちのほうだし」
「だったら俺に任せておけ」
「……わかった。お願い」
「その代わり、きっちりと謝るんだぞ」
猫田が頷いたのを確認して行動を開始する。
まばらになった教室の中で赤澤は帰り支度をしていた。俺が接近すると何となく身構えた構えになった。
「少し話がしたい」
「……」
赤澤が顔を上げる。
席に座ってそわそわしている猫田を見てなにかを察したらしい。それでも表情はアイドルらしいスマイルだ。
「虹谷君、どうしたのかな?」
「猫田と仲直りしたがってるみたいだからお節介にきた」
「っ、私は別に」
「したくないのか?」
どうせこいつは「したくない」と意地を張るだろう。
「……したいかも」
この返答は意外だった。てっきり強情を張り通すかと思っていたが。昔よりも成長しているらしい。
「かも、じゃないぞ。赤澤は確実に仲直りしたがってるね」
「どうして断言できるの?」
「いつもこっち見てたからな。俺が転校してきた時も見てただろ。最初は転校生である俺を見てるのかと思ったが、実際には隣の猫田を見てたんだよな」
指摘すると赤澤の顔が一瞬だけ歪んだ。
自分の癖に気付いていなかったらしい。俺以外の奴も知っていそうなものだが今まで誰も注意してこなかったのだろうか。
「仲直りをする気はあるんだろ。猫田は謝るってさ」
「……」
「このままでいいのか?」
「それは――」
イマイチ煮え切らない赤澤に切り札を切る。
「おまえの言う大切な人はこの状況を望んでいるのか?」
「っ」
その一言に赤澤の顔色が変わった。
大切な人ってのは、おまえが感情を剥き出しにして怒るほどの相手なのか。
相手の正体については実のところ誰なのかわかっている。この悪魔がこれほど感情的になる可能性がある相手など限られている。
「……っていうか、虹谷君には関係ないことだよね。私と葉月ちゃんがケンカしてても放っておいてもよくないかな」
「まあな」
「だったらどうして?」
「俺には関係ないからだ。ケンカの理由は知らないし、昔なにがあったか知らない。ただ、どっちも仲直りしたそうにしてるから勝手に動いてるだけだ。無関係の俺にはそっちの事情とか関係ないしな」
赤澤が信じられないとばかりに目を開いた。
「さっきも言ったが、隣の席で暗い顔されると迷惑なんだ。俺のテンションの問題だな。辛気臭い奴が隣にいるとこっちのテンションもガタ落ちだろ。転校生したばっかなのに険悪な雰囲気に巻き込まれる身になってみろ。最悪だろ?」
屁理屈と強引を足した俺の言い分に赤澤は押し黙った。黙って口惜しそうにしている姿を確認して猫田を手招きする。
「というわけだ。仲直りする気があるなら謝罪を受けてくれ」
「……葉月ちゃんが謝るんだよね」
「そうだ。というわけで」
手招きに応えた猫田が俺の背後から顔を出す。
「あの、夕陽……ごめんなさい」
猫田は素直に頭を下げた。
「あの時のことはうちが悪かったの。あんなことになるなんて思わなくてっ」
「ううん……あれは元々私が悪かったの」
「そんなことないよ!」
「あるよ。ごめん、ごめんね、葉月ちゃんに責任を押し付けたかっただけなの。ホントは私が一番悪かったのに。そんなのわかってたのにね」
赤澤が猫田の手を握る。
「……仲直りしよっか、葉月ちゃん」
「いいの?」
「もちろんだよ」
そこまで聞いて踵を返した。
後は勝手にしてくれ。背後では例の件についてあれこれ語っているらしいが、俺には関係ない。席に戻ってカバンを持ち、教室を後にした。
その際に見た赤澤と猫田は昔のように笑い合っていた。
元幼馴染の笑顔に複雑な気持ちになった。




