第13話 赤い夏祭り
様々な出来事があった夏休みも終盤を迎えようとしていた。
予定外のプールから始まり、予想以上の盛り上がりを見せたGPEXの大会。そして何故か縮まった女神との距離。
去年の夏休みは勉強とトレーニングしかしていなかった俺にとって、その二つのイベントは大きな負担となっていた。
イベントだけでなく環境が変わったのも大きかったのだろう。冷房の効いた部屋、人の多い都会、新しい家族との生活、女神のいる学園。いくつもの要因が重なった結果の疲労である。
そういった事情もあってお盆休みに二泊三日程度で行くはずだった祖父母の元に予定を繰り上げて向かった。
都会ではお目にかかれない自然と、変わらぬ姿の祖父母に癒された。
あちらは何も変わっていなかった。まあ、三か月や四か月程度で変化などあるはずもないが。
お盆休みになると両親が紫音を連れてやってきた。
連れ子ということもあって紫音はビクビクしていたが、祖父母は紫音を本当の孫のように可愛がってくれた。わずかな時間ですっかり打ち解け、紫音はそのまま一泊していった。俺が通っていた学校が見たいと言い出したので田舎案内などをして過ごした。
紫音と過ごす時間はとても居心地が良かった。多分、家族と過ごすまったり時間みたいなものを心のどこかで求めていたのだろう。
心身共に癒された俺はやる気に満ちていた。
都会に戻ってから精力的に動いた。
まず、バイトに入る日数を増やした。
田舎に戻っている間は日課であったランニングや筋トレを再開した。久しぶりに全力で体を動かしたわけだが、どうやらその感覚が残っていたらしい。動いていないと落ち着かなかった。
「……調子良さそうだね」
などと黒峰に言われるくらいには絶好調だった。
黒峰も変わりなく元気な様子だ。夏休みはバイトをしながら勉強漬けの日々で、紫音からしつこく誘いがあると漏らしていた。
次にゲームにも力を入れた。
お疲れ会があってからログインしていなかったGPEXに繋いだ。いつの間にかモチベーションが回復していた。ディスボに繋いだ瞬間、チャットしていた青山と真広に気付かれて声を掛けられ戦場に出向くことになった。
『あれっ、プレイしてなかったのに上手くなってない?』
『僕もそう思った。何かあったの?』
自分でも驚く程に調子が良かった。しばらくプレイした後で他愛もない雑談をした。青山は大会後にあちこちから声を掛けられ、また大会に出てほしいと誘われているようだ。
最後に学生らしく勉強も忘れてはいけない。
出されていた宿題はお盆前に終わっていたが、将来のために勉強は怠らない。参考書を片手に問題を解き進めていく。
これまた順調だった。向こうで過ごしたことが気分転換になったのだろう。リフレッシュ効果は侮れないな。
まだ進路をどうするのか具体的に決めていないが、こちらの大学に進む予定だ。その後についてはまだ決めていない。
ただ、いずれは田舎で生活したいと考えている。あっちに戻って改めて思ったが、どうやら俺には田舎暮らしのほうが性に合っているらしい。
こうして夏休み中盤は充実した毎日を過ごした。
そして月日は流れ八月下旬。夏休み最大にして最後のイベントでもある夏祭りの日を迎えた。
◇
夏祭り当日の朝。
その日は最悪の目覚めだった。久しぶりに昔の夢を見てテンションが下がった。ピンポイントなタイミングで見なくてもいいだろうに。
気分が悪いまま着替えを済ませ、遅めの朝食をとる。
クラスメイトとの待ち合わせ場所は駅前だ。集合してから全員で移動となっている。
「……顔色悪いよ?」
紫音が不安そうに俺の顔を見る。
お盆休みを一緒に過ごしたことで紫音との距離は縮まった。今では気軽に互いの部屋を行き来できる仲となり、こっちに戻ってからは部屋でゲームをするくらいには仲良くなっていた。
「嫌な夢を見てな」
「夢って……子供じゃないんだから」
「だよな。我ながら情けない」
「テンション上げて行こうよ。折角の夏祭りだよ?」
その通りだ。
夏祭りを楽しまないと勿体ないよな。
紫音のテンションは数日前から高い。夏祭りにはクラスの友達と一緒に行くらしく、わくわくが抑えきれない様子だった。黒峰も誘ったらしいが断られたと愚痴っていた。
「でも、お兄ちゃんってホントに羨ましい生活送ってるよね」
「羨ましい?」
「だって今日は赤澤先輩と一緒に行くんだよね。月夜お姉様や白瀬先輩とプールに行っただけでも学園の人達から嫉妬で呪われそうなのに、さらに赤の女神様だよ。後は青の女神様と何かあれば女神コンプだね」
あいつとは一緒に大会に参加したから既にコンプしているんだがな。
天華院の学生として真っ当な意見を述べる紫音に愛想笑いで応えておいた。客観的に見ればその通りだろう。転校して早々に女神達と次々接触していく俺はさぞかし凄まじい幸運の持ち主だと思うだろうな。
食事を終え、ゆっくりと準備を始めた。
参加する夏祭りは多くの人でにぎわう全国的にも名が知られたお祭りである。
注目すべきポイントは大規模な花火大会だ。夜空に大輪の花が咲き乱れる光景は圧巻の一言である。
この祭りに参加するのは初めてではない。子供の頃に何度も来ている。幼い頃は花火の美しさに瞳を輝かせていたものだ。
夏祭りの思い出はいっぱいある。
あの頃は幼馴染達がいつも隣にいた。母は仕事で忙しかったのでいつもあいつの両親に面倒をみてもらっていた。今となっては懐かしい思い出だ。
中学生になってからは一度も行っていない。
理由は言うまでもなく、あの女のせいである。
俺をハブることに人生を賭けていたといっても過言ではない赤澤の工作によって除け者にされた。というより、中学一年の夏祭りがすべての始まりだった。夏休みが終わって二学期が始まって早々に「夏祭り楽しかった」と自慢をされた時はメンタルに強烈なダメージを受けた。
あの時、俺は夏祭りに行く準備をしていたのに誘われなかった。いつも一緒にいたグループで俺だけが誘われなかった。
あいつは用意周到だった。グループの連中には誘ったけど俺が断ったという話を通しており、誰も不審には思わなかった。
今朝の夢はまさにその時の夢だった。
苦い記憶を思い出しながら準備していると、いつの間にか出発予定の時間になっていた。
「じゃあ、先に行くぞ」
紫音に声を掛ける。
部屋の中で紫音は浴衣を纏っていた。水色の地に紫陽花が描かれた涼しそうな浴衣だった。先日ネットで注文した物だ。俺も一緒になって選んだが、紫音によく似合っていた。
ちなみに俺は浴衣ではなく普段着だ。
「お兄ちゃん、この浴衣どうかな?」
「似合ってるぞ」
「えへへ、ありがと」
本当によく似合っている。兄としてはナンパが心配である。
「あっ、もし向こうで会っても無視はしないでよ。友達にも紹介したいし」
「わかってるよ。紫音も気を付けていけよ」
「了解」
俺は家を出る。待ち合わせよりも少し早い時間だ。紫音の友達が家に集まるから巻き込まれないためである。
とぼとぼ歩いて駅に向かう。
駅に到着すると、そこにはすでに待っている奴がいた。誰よりも目立つ赤い髪の少女が俺の存在に気付いた。
「あっ、虹谷君っ!」
笑顔で手を振る赤澤夕陽の姿を見つけて顔が強張った。




