第11話 青い大会 後編
前半戦が終わり大会は一時休憩に入った。
それに伴って配信も停止した。
俺達の状態は良くない。順位だけを見ればそこそこだが、イマイチ乗り切れていないのが自分達でわかる。
『ゴメン。集中できなくて』
原因は本人が一番わかっていた。
青山――いや、青海の調子が悪すぎるのだ。問題はプレイというよりも指示がないことだ。普段は先頭に立って引っ張っていく。移動先も決めるし、的確な指示を出す統率力がある。
しかし今はそれがない。
『不調の原因ってあるの?』
真広が問いかける。
そりゃ真広としたら気になるだろうな。あれだけ大会に向けて頑張っていたのに急にこれだ。真広は俺と同じか、それ以上に大会を楽しみにしていた。今の状況に不満もあるだろう。口にも態度にも出していないのは感心する。
問いかけにしばし無言の後。
『昔ね、やらかしたことがあったんだ。それでいろいろ考えたんだ。ボクはこのまま楽しくゲームしてていいのかなって』
「……」
何となく気まずかった。
それはどう聞いても俺のことなのだが、俺の気持ちは大会に集中している。正直いって他のことよりゲームに集中してくれと言いたい。
ただ、本人がそれを言っていいのだろうか。
青山は俺の正体を知らないだろうけど、俺としては触れにくい話題だ。
『僕には事情はわからないけど、今はこっちに集中したほうがいいよ』
『……それはわかってるんだけどね』
『その人のことがわからないから適当なことは言えないけど、今はこっちに集中しないと他の参加者や主催者に失礼だよ。楽しむ目的の大会かもしれないけど、本気でプレイしてる人もいるんだからさ』
真広の発言はもっともだ。良いこと言うぜ。
俺としてもそのほうが良い。
『……虹谷はどう思う?』
「真広の言うとおりだと思うぞ。他のことは頭の隅っこに片付けて、今はこの大会を楽しむべきだ」
『そっか……そうだよね』
などと話していたら休憩時間が終了になった。
再び配信を開始する。
前半戦で不甲斐ない戦いをしたが、コメント欄には俺達を応援する言葉が流れた。顔も見えない人の言葉だがとても勇気づけられた。
――ここから巻き返すぞ。
――見せ場に期待。
――こっから逆転して伝説になるぞ。
『応援してくれてありがとね、みんな。ここから巻き返すから!』
四戦目が開始された。
順調だった。序盤に敵チームと遭遇したが、戦闘中だったこともあり不意打ち出来た。おかげで物資が潤った。
物資を整えた俺達は順調に順位を上げていく。ポイント的にはもっと敵をキルしたいところだが、今の状態で戦闘になったら勝てる気がしない。
しかし終盤に近付いたタイミングで強者と接敵してしまった。
「逃げろっ!」
『青海さん、後はお願いね』
俺と真広が落ちてしまった。
GPEXは敗北すると同じチームの生存メンバーの視点に切り替わる。ソロになった青海の画面が映し出された。
青海は岩の裏に隠れた。ソロになると人数的に不利な戦いとなるのでなるべく戦わないのが基本となる。
「行けそうか?」
『まっ、任せてよ。少しでも順位上げるから』
「志が低いぞ。優勝狙おうぜ」
『……』
この調子だとダメだな。
ポイント的に総合優勝を狙うならこの試合で優勝する必要がある。それでも細い糸ではあるのだが。
『落ち着いて行こうね』
『……うん』
勝ちたい。
これまでの練習を無駄にしたくない。応援している真広だって勝ちたいはずだ。配信を見ればディレイ放送なので五分前の映像だが、コメント欄には応援の言葉で溢れている。
画面の青海はエリアの端っこを動いている。目の前で交戦している敵チームを見ながら、ジッと息を殺していた。
「悪い。ちょっとトイレ行ってくるわ」
『えっ、このタイミングで?』
「申し訳ない。青海は生き残ってくれ」
ビックリしている真広の声を無視してボイスチャットを切る。
俺はトイレに行かず、ディスボのアカウントを切り替えた。
そして、かつて使用していたアカウントでログインする。相変わらず無川翔太に向けたコメントが書かれていた。
――もうすぐ夏休みだね。そっちは楽しんでる?
――今年の夏も暑いね。溶けちゃいそうだよ。
あのファミレスに行った一昨日の夜も書いてあった。
――今日ちょっと辛いことがあってメンタルが参ってるんだ。翔太はそっちでどんな感じなのかな。上手くやれてるのかな。ボクはあの日のことを思い出す出来事があって自己嫌悪だよ。ボクみたいなのがこのままゲームしていていいのかな。頑張る気力が失われてます。
久しぶりにこのアカウントでチャット打つ。
たった一文を打つのに少し時間が掛かったのは多分俺の中で消化しきれないものがあったからだろう。それでも文字を打ち、送信する。
――俺は元気にやってる。だから、おまえも頑張れ。
他にも書いたほうがいいのか迷った。でも、これ以外に浮かばなかった。
緊張しながら送った。
そして、すぐにアカウントを切り替えた。
気恥ずかしくなったからか、それとも緊張したからだろうか。急に尿意を催したのでトイレに向かった。ついでに冷蔵庫から飲み物を取って戻ってきた。
「今戻ったぜ」
『おかえり。ちょっ、青海さんが凄いんだよ!』
画面では無双が始まっていた。
青海は先ほどまでとは全然違うテンションだった。声は明るかったし、画面の中では躍動感に満ちた動きをしていた。
それから話を聞くとプロ同士が潰し合い、さらにはVtuberグループも途中で落ちてしまったようだ。
「調子良さそうだな」
『感覚戻ってきたよ。心配かけたけど、もう大丈夫だから!』
「……なら良かった」
青海は突然嬉しそうな声を出したらしい。それから急に動きが良くなり、目の前にいた敵チームを壊滅させて現在に至る。ラストを迎えた。相手は一人欠けて二人残っている状況だ。
人数的に不利だったが、青海はキレッキレの動きで圧倒した。どうやら最後に残っていたチームはそれほど上手くなかったようだ。
『よし、まずひとつ!』
四戦目は俺達のチームが優勝した。
「ナイス。これでまだ総合優勝あるぞ!」
『ナイスだよ。ポイント大きい!』
勢いそのままに最終戦に突入した。
最終戦に突入すると、青海は完全に普段通りだった。いや普段以上だった。
『S君はそっちの索敵ね。N君はこっち』
『北で戦闘してるから向かうよ』
『応戦する。こっちが有利ポジだし』
『エリアの中央行ったほうが安全っぽい』
的確な指示の下、俺達はまたもラストまで生き残った。
しかし真広が落ちてしまい、残ったのは俺達二人。
敵チームは残り一つだ。ログで確認するとあちらも一人欠けていた。人数の有利不利はない。
『タイマンだね』
「絶対勝つぞ。この戦いで勝てれば総合優勝もある」
『もちろん。で、最後どうするの?』
答えがわかっているくせにわざわざ聞いてきた。
「突っ込むに決まってるだろ!」
『知ってた!』
当たり前のように俺が突っ込む。いつもなら反対から回り込む青山だが、今回は俺の真後ろからぴったりとくっ付いてくる。
その姿は中学時代の頃のようで少し胸に来るものがあった。
で――
『ははははははっ、プロ強すぎでしょ!』
「人力チートだわ!」
プロにあえなく撃退された。
あまりの強さに俺達は揃って笑った。
最後の二戦で巻き返し、俺達のチームは総合三位に入った。主催者から最後に盛り上げてくれたと感謝の言葉を貰った。
――お疲れさま。最後のほう良かったよ。
――惜しかった。
――乙。無謀な特攻嫌いじゃない。
視聴者から温かいコメントを貰い、初めての大会が終わった。




