第10話 青い大会 前編
「体調が悪いなら無理するなよ」
大会当日を迎えた。
青山の調子は最悪だった。
昨日の前日練習ではつまらないミスを連発していた。エイムもぶれぶれで、行動にも迷いがあった感じだ。迂闊に敵の前に出てハチの巣にされるのは青山らしくなかった。軽率な行動をして負けるのは本来なら俺の役目だ。
逆に俺は絶好調だった。
勘は当たるし、エイムもキレッキレだ。エースである青山が不調だった代わりに絶好調の俺が引っ張っていく形で昨日も成績自体は悪くなかった。
今日も直前に少し練習をしたが、そこでも青山の調子は戻らなかった。精彩を欠いた動きを連発していた。
『大丈夫だよ。ちょっと具合悪かっただけだから。ご飯食べてきたから元気一杯になったし。今なら相手がプロでも勝てるかも』
「……そうか」
ボイスチャット越しでも空元気だとわかる。
それ以上は追及しなかった。
青山が不調な理由は多分、先日のファミレスでの出来事だろう。
明らかにあの帰りからテンションが下がっていた。昨日の練習から会話も生返事で、さっきだって待ち合わせの時間よりも遅くログインしてきた。常にモチベーションが高く、いつも待ち合わせより早く集まるこいつらしくない。
『無理しなくてもいいからね』
『ありがとね、名塚。でも全然平気だから心配しないで。よし、それじゃ配信開始するから準備よろしく』
青山は配信を開始した。
そこで俺達を視聴者に紹介する手はずになっている。あらかじめ視聴者には言っていたが、こうしてメンバーとして紹介されるのは初だ。本当なら前日練習で配信する予定だったのに青山の調子が悪いので当日となった。
青山は配信者【青海】の仮面を被った。
配信状態になると少しだけ声が高くなった。何となく電話に出るときの母親みたいだなと思っていると冒頭のあいさつが終わり、俺達を紹介する番となった。
『というわけで、大会に出場するメンバーを紹介するよ。連携重視で選んだから腕前はそこそこかな。だからあんまり期待しないでね』
そう前置きした。さすがに配信歴が長いだけあって落ち着いたものだ。さっきまでのどこか不安そうな様子は鳴りを潜めていた。
『まずは女の子みたいな顔をしているN君』
『初めまして』
『そして、勝手に突っ込んで玉砕することに定評のあるS君』
「やかましい……どうも、よろしくお願いします」
N君は名塚のNで、S君は翔太のSだ。俺の苗字である虹谷だとNになってしまうのでこうなった。
青山のことは青海と呼ぶことで統一した。これらはすべて身バレを防ぐためである。視聴者の中には天華院の学生もいるらしいのでバレている可能性もあるが、全員がそうではないので当然の対策である。
――おっ、よろしくな。
――頑張れ、N君。
――ここはS君の玉砕に期待。
先に告知しただけあってコメント欄は荒れていない。歓迎ムードに安堵した。
『目標は優勝、と言いたいところだけどちょっと厳しいかな。全力は尽くすけどね。N君の目標は?』
『最下位は嫌かな』
『消極的すぎでしょ。じゃ、S君は?』
「五位以上で」
『なるほどね。いい目標かも』
それから考えた作戦を視聴者に話しながら待機した。俺は雑談しながら主催者の配信を覗いていた。そこでは参加するチームの紹介がされていた。
有名な人がちらほらいてテンションが更に上がる。
予告通り二名のプロは別々のチームで参加する。
実力のほうで注目はプロが入ったチームと、Vtuberで構成されたグループだろう。Vtuberは全員女性のチームだが、俺もたまに見ている人達でめちゃくちゃ上手い。
『さて、最後の注目はこのチームです。人気配信者である青海さんがリーダーとなったチームです。青海さんといえば視聴者参加型でプレイすることはあっても、配信者同士のコラボやこういった大会には参加しなかった方でした。しかし、今回は友人を誘って参加してくれました』
俺達のチームはそこそこ注目されているようだ。まあ、俺達というよりは青海が注目されているわけだが。
そして、開始時刻となった。
◇
初戦が始まった。
試合は全部で五試合ある。序盤は緊張もあるだろうからゆっくり慣れていこうと決めていた。敵をなるべく避けながら生存重視の予定だ。
初めての大会はやはり緊張した。慣れているマップのはずなのに変な感じがする。武器を拾う動作もぎこちない。
『敵いないね』
「こっちも見当たらないな」
索敵しながら進む。大会だから参加者は慎重に動いているらしい。全然残りチーム数が減らない。
しばらく平和な時間を過ごしていると、エリアに向かう途中で敵チームと遭遇した。
『っ、敵がいたよ』
「よし、戦うぞ」
先にこっちが気付いたので先制することができた。圧倒的有利な状況で初戦闘となった。先制攻撃を仕掛けた。
有利な状態での戦闘だったが、青山の動きが鈍かった。大チャンスだったのに動き出しが遅く、一人だけ弱いポジションで戦うことになった。普段ならそこからでも巻き返す力はあるが、今の青山にその力はなかった。
『……ゴメン、後はお願い』
俺と真広で相手チームを壊滅させたが、青山が落ちた。
それから俺と真広の二人旅が始まった。ただでさえ実力が足りていない俺達なので中央に入るわけにもいかず、こそこそと消極的に立ち回った。
しかし、終盤が近づくと戦闘は避けられない。
人数的に不利な状況で戦った。相手の一人は倒せたが。
「悪りぃ、生き残ってくれ」
奮闘虚しく俺も落ちた。
その後、真広は最後の一人になりながらも必死に生き残った。逃げ回っていて見栄えはよくなかったが、五位まで残った。敵も少しは倒したのでキルポイントもあった。初戦を終えて四位というスタートになった。
――まずまずの滑り出し。
――N君生存ナイス。
――青海ちゃん次は頑張れ。
ディレイ放送で五分遅れだったコメントからも健闘を称える声が飛ぶ。
二戦目は見どころがなかった。終盤のエリア移動が辛くてモタモタしていると、Vtuberのグループと遭遇して負けてしまった。ここでも青山の動きは本来のそれとは程遠かった。そもそもエリア移動に手間取ったのもそのせいだ。
気を取り直して三戦目。
開始直後から敵チームと衝突した。相手はあまり強くなかったが、真広はここで落ちてしまった。
その後、俺と青山が二人で行動することになった。
『……』
「……」
俺達は奇跡的な運を発揮した。
エリアに愛され、さして移動することもなく終盤までエリアの中央付近に居ることができた。最後の最後でエリアから外れた。
残りは俺達を入れて三チーム。
『どうする?』
「……突っ込むに決まってるだろ」
『そう言うと思った!』
いつものように俺は飛び出す。エリアの最も強いポジションに陣取っていたパーティーに向かって突撃する。丁度いいタイミングで反対側から別のチームも特攻した。
しかし相手はプロが率いているチームだった。
俺の突撃を軽く撃退すると、反対から詰めていた青山も返り討ちにあった。さらに特攻した別チームも恐ろしい反応速度で捌いてしまった。
こうして三戦目も終わった。
前半戦が終わり、俺達の順位は半分より少し上の八位だった。




