第7話 黒と白のイベント後
レジャー施設を出た俺達が向かったのはカラオケだ。食事をする予定と聞いていたから個人的にはファミレスが良かったが、多数決で負けてしまった。
俺と黒峰以外の三人が賛成した。
そもそも黒峰は家に帰ろうとしていた。それを紫音が引きとめた形だ。仕方ないと言いながらも付いてくる辺り紫音のことを本当に可愛がっているのだろう。
「ここがカラオケ……紫音は人生初カラオケですっ」
「あら、わたくしも初めてのカラオケですわよ」
「実は俺もなんだ」
高校デビューの紫音は人生初カラオケであり、お嬢様だった白瀬も人生初という。さらには八雲君も人生初カラオケだった。どうやら彼の場合は中学の途中から勉強漬けだったので遊ぶ暇がなかったらしい。
三人が緊張している姿は新鮮で面白かった。しばし部屋の中を物色していた。俺も似たようなことをしたので気持ちはわかる。
興奮が冷めたところで席に着いた。
「今日は遊びまくりましたね、お姉様」
「紫音がはしゃぎ過ぎなだけ」
「お姉様だって何度もウォータースライダーで遊んでたじゃないですか」
「……」
今回のことで黒峰と紫音の関係は深まったようだ。
その後のボール遊びでも楽しそうにはしゃいでいた。紫音が楽しそうでなによりである。
「久しぶりに騒ぎましたわね」
「姉ちゃんらしくなかったね」
「八雲も随分と楽しそうでしたよ?」
「楽しかったよ。入学してからも勉強漬けだったし」
こちらの姉弟も楽しめたようだ。
俺も結構楽しかった。
最近はスマホアプリと勉強ばかりだったのでいい気分転換になった。その点では誘ってくれて感謝している。
それぞれ食事を注文した。カラオケ屋の食事に期待していなかったが、正直言って舐めていた。普通にファミレスの食事と変わらないレベルだった。
美味い食事でテンションが上がると、順番に歌う流れとなった。
人生初カラオケといっていた紫音だったが、アイドルソングを歌った。俺も大好きな歌だったので八雲君と一緒になって手拍子していた。
八雲君が選んだのは男性アイドルの歌だ。めちゃくちゃ上手かった。ルックスも相まって本当のアイドルのように映った。
続いて白瀬はアニメソングを歌った。有名な電波ソングだった。明らかに狙ったようなあざとい選曲に若干引いた。
引いたとか言った俺が披露したのもアニメソングだ。ただし大好きなラノベ原作のアニメの歌である。萌えではなく燃えを意識した熱い歌だ。歌はそこまで上手くないので反応はそれなりといった感じだった。
「……ねえ」
盛り上がる中、黒峰が声を掛けてきた。
先ほどのこともあって変に緊張したが、視線はタッチパネルにくぎ付けだった。
「これ、どうやって操作するの?」
「……おまえも初めてだったのか」
黒峰は答えない。
昔を知っているので黒峰が初めてでもおかしくないと言えるが、過去を知らない三人からしたら意外だろう。だから小声で尋ねてきたわけだ。
他の奴の目もあるここでは学園スタイルを通すつもりのようだ。こいつも難儀な二重生活を送っているものだと感心しつつ呆れた。
操作方法を教える。
「さあ、次はお姉様の番ですよ」
「……わかってる」
黒峰がマイクを握る。
意外にも流行の曲をチョイスした。最初こそ緊張で声が震えていたが、慣れてくると声が出るようになった。かなりの美声だ。というよりも普通に上手い。
これには紫音も大はしゃぎだった。
それから料理を食べながら雑談し、各々が好きなタイミングで何曲か歌った。
◇
カラオケは大盛り上がりだった。
特に紫音と八雲君が凄かった。初カラオケでハマってしまったのか、マイクを離す気配もなくずっと歌いまくっていた。
俺はトイレにいた。どうやら飲み過ぎてしまったらしい。
手を洗いながら今日の出来事を考えていた。突発的な感じで今回の集まりになったわけだが、無事に終われそうだ。なんだかんだあったものの生まれ変わった俺は奴等とのプールイベントも楽々こなせることが判明した。我ながら頑張ったものだ。
戻ってくると、白瀬が部屋の前に立っていた。
「……入らないのか?」
「虹谷さんを待っていました」
白瀬は不敵に笑う。
「上手く行っているようですね」
「何のことだ?」
「とぼけないください。黒峰さんとの関係ですよ。かなり距離が近づいたようですね。見ていてわかりましたよ」
「だから俺は別に――」
「サポートはわたくしに任せてくださいませ」
聞いちゃいない。
罪滅ぼしとかほざいていた割に全然罪の意識がなさそうだ。
「あっ、ですが他の女神の方々のほうが良いと言うならそちらも協力しますよ。わたくしの罪滅ぼしなわけですし」
女神限定なのかよ。俺からしたら罪滅ぼしどころか罪を増やす行為だぞ。
言い終えると、白瀬は部屋の中に戻っていった。
白瀬が部屋に戻ると、入れ替わりで中から黒峰が出てきた。
黒峰は扉に背中をつけて内側から開けられないようにして、きょろきょろと見回して誰もいないことを確認した。
「あの……お疲れ様」
地味子スタイルだった。
派手な見た目からの弱々しい声はギャップがあった。
「お、お疲れ」
「……」
用事はないのか?
「……スマホ買ったの?」
「っ、誰から聞いたんだ」
「紫音ちゃんが言ってたよ。最近はアプリばっかりしてるから自堕落な生活になってるって」
自堕落は余計だ。
ただ、ここで紫音を責めるのは筋違いだろう。別に口止めはしていなかったし。いずれはバレていただろう。
黒峰はポケットからスマホを取り出した。
「よかったら、連絡先教えてくれるかな」
「……」
「ほら、同じバイト先だし知っておいたほうが便利でしょ?」
ここで拒否するほうがまずいよな。
今の俺と黒峰は健全なバイト仲間であり、こうして遊びに来た仲でもある。拒否したら何か含むところあるのか、と勘づかれる恐れがある。
「別に構わないぞ」
「ホント!?」
「あ、ああ」
黒峰と連絡先を交換した。
それが用件だったのか、黒峰はぺこりと一礼すると部屋の中に戻っていった。少しだけ時間を置き、俺も部屋に戻った。
「お姉様、大丈夫ですか? 顔が赤いですよ」
「っ、何でもない。ちょっと暑いだけ」
「えぇー、冷房ガンガンに効いてるから寒いくらいじゃないですか?」
「うっさい。とにかく暑いんだよ」
そんな二人の様子を見て白瀬が不気味に笑っていた。ちなみに八雲君はジュースを飲みながらちらちらと紫音を見ていた。
こうして七月唯一にして最大のイベントが終了した。




