第1話 虹色の夏の始まり
高校二年生の夏休みを迎え、俺はある結論に至った。
人生はクソかもしれない。
だが、クソみたいな人生であろうと天国は存在する。
学生における天国とは夏休みである。夏休みという響きを聞いてテンションが上がらない学生を探すほうが難しいだろう。それほどまでに夏休みというイベントは学生にとってありがたいものだ。
無論、俺もテンションが上がるタイプだ。
特に今年の夏休みは去年までとは大きく異なる点があり、それがまた天国感を増し増しにしてくれる。
まず、部屋の気温だ。
冷房が効いた部屋は真夏であるという事実を忘れさせてくれる。去年までいた田舎は窓を全開にするだけでも結構涼しかったが、やはり涼しさが全然違う。かつて暮らしていた場所は貧乏だったので冷房を節約する生活だった。真夏に自室が快適というのは人生初である。
続いては手元だ。
現在、俺はアプリゲームに熱中している。
「……神だわ」
夏休み初日にスマホを購入したわけだが、どっぷりとアプリゲームにハマっていた。特に学園を舞台にしたアイドル育成ゲームに夢中だった。コマーシャルを見かけてからやってみたいと密かに思っていた。
俺は元々アイドルが好きだ。
歌も好きだし、ダンスも好きだ。しかしアイドルの最も好きなところは可愛い衣装を着て笑顔を振りまいている姿だ。いつも癒されていた。ひきこもっていた時の癒しはアイドルの動画だった。
幼馴染だったあの少女にアイドルになれと言ったのも願望ありきだったのかもしれない。もっとも、小学生の頃は自分がアイドル好きという自覚もなかったのだが。
……冷房の効いた部屋に寝転がって、アプリゲームで遊ぶ日が来るとはな。
向こうの学校で友人が「最高だぞ」と力説してきたのを小馬鹿にしていたが、どうやら俺が間違っていたらしい。この生活は最高だ。至福といっても過言ではない。
別にパソコンで良くね?
いやいやダメだ。パソコンでは寝そべることができない。部屋の中央に寝そべって行うからこそ優越感みたいなものに浸れるってもんだ。
そういったわけで、俺は夏休み序盤から自堕落な生活を送っていた。
夏休みに突入して数日。
ここまで学校の連中と接触はない。
というより、バイト以外で外出をしたのはコンビニだけだから学校どころか誰とも接触していない。バイト先では黒峰と時間や日付が違うらしく会っていない。
自堕落と認めてはいるものの、ただ寝転びながらアプリで遊んでいるだけではない。ゲームの合間を縫ってちゃんと夏休みの宿題を消化していたりもする。元々は八月の後半に全力を出すタイプなのだが、今年はそこそこ用事があるので先に終わらせようと考えていた。
「……そういや、一学期が終わったんだよな」
冷房の効いた部屋の中で、ふと思う。
今さらながら自分がこうして夏休みを無事に迎えられたことに嬉しさと驚きがある。
転校した直後は絶望的な気分になったものだ。あの恐ろしい悪魔達が勢ぞろいの高校だと知ってガクガク震えた。赤澤と同じクラスだと判明した転校初日の夜はベッドの上でうめき声を上げた。
いつバレるかビクビクしていた日々が今となっては懐かしい。
よくも気付かれなかったものだ。何度か「もしかしてバレたか?」と思ったが、向こうからのアクションがないのだから大丈夫だろう。
それだけ今の俺が過去とは変化しているってことだ。
俺は生まれ変わった。それが実感できた。
ただ、あいつ等も変わっていた。見たところ悪事は働いていなかったし、学園で過ごす姿は健全な学生そのものだった。容姿も相まって女神と言われれば否定するほうが難しい。
赤の女神は学園のアイドルだ。誰に対しても優しく、男女から人気がある。
青の女神は学園の元気印。誰とでも楽しく話をする人気者。
黒の女神は孤高の存在である。女性からの羨望を一身に集める。
白の女神は萌え属性の塊だ。マスコット的な人気を博している。
あいつ等がこのまま大人しくしているのなら万々歳だ。何事もない平和な時間を消費して卒業しよう。
一学期でバレなかった以上、今後バレる可能性は低い。
そもそもあいつ等は俺の存在など頭から抹消している気がする。あれから二年以上も経過しているわけだしな。もう気にする必要もないだろう。
余計なことをするほうが危険だ。何も考えずに単なる学生として生活したほうが俺の身も安全だろう。
「……折角の夏休みに悩むのは勿体ないな」
それより夏休みの予定についてだ。
今年の夏休みは忙しいけど暇であり、暇なようで結構忙しい。
予定は三つある。
八月初めに青山海未から誘われているGPEXのイベント。正確には配信者を集めた大会である。これに参加するにあたり、青山は俺と真広に自分が配信者の【青海】であるとカミングアウトしてきた。知っていたので特に驚きはなかった。
続いてのイベントは八月中旬のお盆だ。祖父母の家に泊まりに行くことになっている。個人的にとても楽しみである。
最後に八月下旬にある夏祭りだ。これはクラスメイト数人と行くことになっている。赤澤夕陽もいるが、教室でも散々接触している相手だ。さして問題はないだろう。
以上が夏の予定である。
つまり、七月の間はこの幸せな生活が送れるわけだ。
寝転びながらアイスを頬張り、スマホの画面を見つめる。担当のアイドルが歌って踊っている姿に感動する。
幸せだ。このまま溶けてしまいたい。
だらけきった表情を浮かべていると足音が近づいて来るのに気付いた。足音は部屋の前で消え、次いでノック音が聞こえた。
「はいよ」
答えると扉が開いた。
そこから入ってきたのは我が義妹――虹谷紫音だった。




