第3話 赤い接触
転校初日が終わろうとしていた。
さすがに進学校だけあって授業の難易度は高かったが、これくらいなら問題ない。まじめに授業を受けていれば成績で苦労はしないだろう。
荷物をまとめながら今日の出来事を想起する。
まずは良い点から挙げていこう。
初日に真広と友達になれたのは予想外の幸運だった。
会話をしてみた感じ上手くやれそうだ。中学の情報云々を抜きにしても相性は良さそうだ。今後も上手く付き合っていくとしよう。
クラスの雰囲気も良かった。
まだ初日だが、生徒達は基本的にまじめで品がある。進学校とあって不良は少ないようだ。明るい雰囲気でいじめ行為もない。
教師も当たりが多い印象だった。担任の水島先生は美人でいい人そうだし、他の教師にしても悪い印象を抱く相手は今のところいない。
続いては悪い点だ。
悪い点は一つしかない。そう、女神と呼ばれている悪魔共だ。
悪魔全員がここに進学しているとは思わなかった。中高一貫の女子校に通っていたあの女までもここに来ているのは完全に計算外だった。
だが、俺はそこまで悲観していなかったりする。
正体がバレていないからだ。容姿も苗字も変わっている俺をあの無川翔太と結びつけることは難しいだろう。同じ中学で何度も顔を合わせた真広は気付かなかったわけだし、下手をしなければ大丈夫そうだ。
実際に赤の悪魔からコンタクトはなかった。恐らく気付いていないのだろう。あいつが気付かないってことは他の連中が気付く可能性は低い。
後は近づかなければいいだけだ。
簡単なミッションじゃないか。
あの悪魔共は女神とか呼ばれて讃えられているらしい。要するに人気者だ。人気者の少女がわざわざ男に接触してくる可能性は低い。
「あっ、翔太。帰る前にちょっといいかな」
真広が声をかけてきた。
「どうした?」
「昼休みに途中で終わっちゃったけど、男神と女神について話しておこうかなって。この学校にいる以上は知っておいたほうがいいかと思って」
「……知りたい。頼む」
あいつ等の話題を出されたら聞くしかない。
「まず、神を敵に回しちゃダメだよ。これ絶対ね」
「回す気とかないけど、理由を聞いてもいいか?」
「影響力が強いからだよ。そもそもコンテストといっても単なるミスコンじゃないんだ。神って役職は生徒から支持された人がやる役職で、容姿だけじゃなくて学力とか素行も求められるんだ」
顔以外も評価対象なわけだ。
ある意味では生徒会長みたいなものだろうか。
「といっても、全員見た目が素敵だけどね」
まっ、本音と建前は違うからな。
「他の理由は?」
「教師から信頼されてるからだよ。神に選出された人は多くの生徒から支持されてる。それってつまり教師達からしたら無碍には扱えないってことなんだ。神にイチャモンでも付けたら生徒達からの支持を失うわけだしね。というわけで、神は敵に回しちゃダメだよ。ケンカしたら学園中が敵に回るから」
嫌な情報だが、正しいのだろう。
教師にしても昨今は揉め事を起こすと社会的な問題になるし、男神とか女神とは衝突したくないだろう。教師からしても中々触れにくい相手ってわけだ。
「信頼されてるされてるって、学園側も神を認めてるのか?」
「元々は単なるミスコンだけど、改正があってからは学園側も正式に認めてるんだ。神は学園行事の時に役目があるんだよ。表彰したり、イベントの挨拶だったりさ。イベントの度にゲストで出演するって感じかな」
お飾りなわけじゃないのか。
確かにイケメンや美女に表彰されることで生徒は奮起するだろうし、そういった意味では適切な使い方かもしれないな。
「で、今の女神達についてちょっと触れておくね。史上初の複数女神だけど、それぞれ派閥とかあって面倒だからその辺りも注意したほうがいいかも」
「派閥?」
「大袈裟な言い方になったけど、単純にファン層かな。ファン同士は仲が悪いからうっかり発言にも気を付けて」
「……ちなみに赤澤の支持層は?」
「彼女の場合は幅広いよ。学園のアイドル様だからね」
赤澤夕陽の支持層は幅広いらしい。
「特定の層というよりは全校生徒から人気がある感じかな。他の追随を許さない圧倒的な正統派美少女だし、アイドルっぽい顔立ちに加えて誰にでも分け隔てなく接する性格。頭もいいし、運動もできるし、話も上手だし、友達も多い。王道のアイドルだね。聞いた話によると事務所にスカウトされた経験もあるらしいよ」
あいつは昔からその路線だった。中学時代もアイドル的な人気を博しており、周囲に笑顔を振りまいていた。
アイドルにスカウトされた経験もあるのも驚きはない。あのルックスだ。実際にアイドルグループのメンバーですと言われても疑問を呈す輩はいないだろう。センターを張っていても納得できる。
「中学時代から可愛かったけど、高嶺の花になっちゃったよ」
「……真広は同じ中学なのか?」
「実は女神達って三人が同じ中学出身だったんだ。今にして考えれば奇跡だよ」
「そっ、そいつはまた凄い偶然だなっ。あはは」
当然知っているが驚くフリをする。
「赤澤さんは昔から凄い人気だったんだよ」
「へえ。だったら彼氏とか居たんじゃないのか?」
「それは――」
その時だった。
不意に人の気配を感じた。
「ちょっといいかな」
聞き馴染みのある声に顔を上げると、赤澤が立っていた。
……きれいになったな。
昔から可愛かったが、見ない間にぐっと大人っぽくなっていた。端正な顔立ち、長いまつ毛、通った鼻筋。それでいてどこか幼さが残り、まさに正統派美少女という印象を受ける。
赤い髪の毛に視線が奪われる。あの頃から少し伸びただろうか。背中まで伸びそうな美しい髪は窓から入る風に揺れて空中に余韻を残す。
至近距離での邂逅に心臓が高鳴った。
「初めまして。挨拶してなかったよね。クラス委員の赤澤夕陽です」
初めまして、か。
どうやらこの距離でも俺の正体に気付いていないらしい。
「これはどうも。虹谷です」
「ふふふ、名前は知ってるよ。虹谷翔太君」
赤澤はくすりと笑う。その仕草は非常に可愛らしいが、あざとい印象を受けるのは過去の出来事があるからだろうな。
「それで虹谷君、今からちょっと時間あるかな?」
「えっと、別に大丈夫だけど」
「先生から虹谷君に学校を案内するように言われてるの。もしよかったら今からどうかなって」
クラス委員とか言ってたな。
全然案内してほしくないが、ここで断ると変に目立ちそうだな
教室を見回せば男子連中が羨ましそうにこっちを見ている。女子にも注目されているらしく視線が集まっている。
幸い正体には気付かれていないが、近づくとバレる危険性は高い。
しかし、これを断ったほうが今後辛くなりそうだ。そもそも断る正当な理由もない。転校初日から不用意に敵を作るのは愚行だな。女神を敵に回すなと言われているし。
「わざわざありがとな。それじゃ、お願いしようかな」
「うん。行きましょう」
真広に別れを告げて教室を後にした。
◇
赤澤に案内されて校内を回る。
俺はテンションが上がっていた。
天華院学園は歴史の長い学校だ。老朽化した校舎を建て直したのが数年前。真新しい校舎というだけでテンションが上がった。向こうの高校と違って食堂があったのに驚いた。
「ふふっ、虹谷君っておもしろいね」
「急にどうしたんだ?」
「目がきらきらしてるよ。子供みたい」
子供で悪かったな。
「……新しい校舎でテンションが上がってるみたいだ」
「あっ、それわかるかも。私も去年同じ感想だったよ」
「そうなのか?」
「似た者同士だね、私達」
赤澤は恥ずかしそうに微笑む。
ちょろい男子ならこれでイチコロだろうアイドルスマイルだが、その笑顔にドン引きしている俺がいた。
変わってねえな、こいつの手口は。
相手に同調することで親近感を与えて距離を詰めて好感度を稼ぐ。昔からよく使っていた手口だ。この技で男共は手の平でコロコロされたものだ。
当たり障りのない会話をしながら案内される。いくつかの施設を回った後。
「――はい、到着。ここが図書室だよ」
最後に案内されたのは図書室だ。
図書室にはそこそこ本が揃っていた。お堅い印象のある学校だが、ライトノベルが一角にあった。好きな奴がいるのだろう。気が合いそうだ。
「目ぼしいところはこれで全部かな」
「わざわざありがとな」
「気にしないで。それじゃ、私はこれで」
案内が終わると、赤澤は出口に向かって歩き出した。
危険なイベントだったが、どうにかバレずに凌いだ。接触はしたくなかったが、これくらいなら許容範囲だ。
「そうだ、虹谷君って田舎から引っ越してきたんだよね?」
突然赤澤が振り返った。
「お、おう。由緒正しき田舎者だぞ」
「由緒正しいかはどうでもいいんだけど、虹谷君ってここに来る前に転校した事とかあるかな?」
「……ない。生まれて初めての転校だ」
「転校してきた理由とか聞いてもいい?」
「親の転勤だよ。父親の仕事ね。友達もいるから向こうに残っても良かったんだけど、家事とか苦手だから付いてきたんだ。一人暮らしできる自信ないし」
ちなみに全部嘘だ。あらかじめ決めていた設定である。本日だけで何度もこの受け答えをしている。
昔の俺と気付かれないようにするためだ。ここに悪魔達がいたのは計算外だったが、同じ中学出身の連中に存在を知られるのも避けたかった。
返答を聞いた赤澤は何故か落胆していた。
「……変な質問してゴメンね」
「別にいいさ。転校生の宿命だしな」
「ありがとね。あっ、もし困った事があったら何でも相談してね」
相談したい悩みの存在が目の前にいるわけだが、そんなことを言えるわけもなく。
「了解。今後ともよろしく」
手を振って赤澤を送り出し、姿が完全に見えなくなったところで大きく息を吐く。
危なかった。
いつバレるか心臓が跳ねまくったが、どうにかやり過ごした。赤澤が気付かないのであれば他の悪魔相手でも大丈夫だろう。
何故ならあいつは幼稚園から行動を共にしていた幼馴染でもあるのだから。それも俺にとっては苦々しい思い出しかない初恋の幼馴染だ。




