第27話 虹色の終業式
「今日の登校を区切りに、一学期が終わります。昨今様々な問題がありますが、こうして無事に終業式を迎えることができました。さて、明日から夏休みに突入するわけですが――」
力強い声が響く。
久しぶりに見る親友の顔は相変わらずこの世界の主人公たるイケメン具合であった。あの頃より身長が伸びている。瞳には強い光が灯っていた。
ステージの上に立つ姿は堂々としていて様になっている。もはや主人公というよりは太陽といってもいいだろう。この世の闇を照らし、世界を浄化する光だ。
男神に選ばれた?
そりゃそうよ。あの蓮司だ。この世界において主人公たる男だ。人気投票で選ばれないはずがない。票を入れなかった奴は何をしているのか叱責してやりたいレベルだ。ダントツで優勝するのは当然である。
ほら、そこに立っている猫田の顔を見てみろ。
あの表情は憧れの王子様を見るようではないか。他の女子生徒達もうっとりしていた。惚れない理由がないからな。
……あれ、ちょっと待てよ。
ここで俺は冷静になり、以前から気になっていた点について答えを導き出した。
女神の不仲問題。
久しぶりに見る蓮司は以前よりも遥かに強い輝きを放っている。そして蓮司は男神であり、今年も確実に男神に就任するだろう。
学園でやけに女神の話題が多いのは男神の結果がわかりきっているからだと真広が説明してくれた。
そうなると、あの女神達が妙にいがみ合っている謎が一気に解決する。
単独の女神となれば来年も男神確定の蓮司と神専用の部屋でイチャイチャできる。ハーレムではなくヒロイン狙いの女神連中からしたら他の女神が邪魔になる。
っ、そういう訳かよ。
あいつ等が女神にこだわる理由にようやく気付いた。間違いない、あいつ等は蓮司とイチャイチャすることが目的なのだ。仲が悪いのは恋敵同士だからと考えれば納得できる。正妻の座を争っているに違いない。
我ながら天才的推理だ。
でも、俺的推理によると白瀬は弟と付き合っているのでは?
……知らねえよ。
もうその辺の事情とか全然わからねえし、蓮司を好きってことにすれば万事解決だ。その証拠にあいつ等も蓮司にくぎ付けで――
「……」
体育館の隅っこにある特別席に座る女神達は誰も蓮司を見ていなかった。それどころかつまらなそうにしていた。
赤澤はアイドルのような笑みを生徒達に向けていた。
青山は多分ゲームのことを考えているのか愛想笑い。
黒峰はポケットに手を入れて無愛想で無表情。
白瀬に至っては目を瞑っていた。恐らく寝てる。
「……」
ツンデレか?
本当は蓮司にくぎ付けだが、それを知られると男子から支持を失う。だから表向きは興味のないフリを貫いているってわけだな。
あえて言わせてもらいたい。
そこは目をハートにしてガン見する場面だろ、と。
その辺りの基本的なことができないからおまえ等は蓮司を攻略できないんだぞ。全くもってわかっちゃいない。大体、この学園では持ち上げられているのかもしれないが世界は広いんだ。おまえ達レベルの女の子も大勢いるぞ。
まっ、転校前の学校にはいなかったけどさ。
結局、終業式が終わるまで女神達は蓮司を見ようとはしなかった。普通なら挨拶中はステージに注目するはずだが、あえて見ないようにしている風に映った。やはり特別意識はしているらしいことがわかる。それが恋愛感情なのかは知らないけどさ。
連中の様子は気になったが、俺は途中からステージに集中した。
◇
そんなこんなで終業式が終わり、一学期が終了した。
思い返せば様々な出来事があった。
女神という名の悪魔共との接触。真広との出会い。猫田にはあの時の恩返しをした。最後には蓮司もここに通っていると判明した。最初こそ戸惑いも多かったけど終わりよければすべて良しだ。結局のところ俺の正体は誰にもバレなかったわけだし、いじめの標的にもなっていない。
途中、精神的に不安定な時期もあった。
新しい環境での生活。新しい家族との生活。過去にトラウマを植え付けてきた連中との接触。これでもかってくらい畳みかけてきた展開に自分を見失いそうにもなったが、しかし俺は乗り切った。
目的である正体を隠すってことは出来たわけだし、学園での生活は安定している。クラスでも孤立はしていない。及第点だろう。
正直言って最初は即バレすると思っていた。
だが、正体はバレていない。そう言い切れる根拠もある。
仮に正体が連中の誰かにバレていたらアクションを起こすはずだ。例えば過去の件で俺を脅したりだ。俺は犯罪者手前みたいな扱いだったし、高校でもそうなりたくなければ金を出せみたいな感じで脅してくる可能性は高い。
あるいは、謝罪してくるとかな。連中に良心があれば過去を反省して謝ってくることもあるだろう。しかしそれもない。
ノーアクションってことは、バレていないってわけだ。
ホームルームが終わり、下校の時刻になった。
「ようやく終わったね」
近づいてきた真広がそんな風に話しかけてきた。
「あっという間の一学期だったな」
「かもね。また明日の夜、ゲームしながら遊ぶ日とか決めようよ」
真広とは夏休みも遊ぶ計画をしている。GPEXのイベントにも出場することが決まっているし、夏祭りに行く約束もしている。
「了解」
「夏休みにスマホ買うんだよね。なるべく早くしてよね」
完全にクラスに溶けこんだ俺だが、スマホを購入しろという圧が日に日に強まっていた。
さすがに限界なので購入するつもりだ。遊ぶ約束をしたりする際にパソコンを立ち上げるのも面倒になっていたし。万が一のことがあったら困ると親にも言われている。年貢の納め時だろう。電子の奴隷になってやろうじゃないか。
「おう、買ったら連絡するよ」
じゃなあ、と言って真広と別れる。
教室を出ようとしたら、赤澤から声が掛かった。
「虹谷君、夏祭りの約束忘れちゃダメだからね。私、楽しみにしてるから」
「わかってるよ」
「……じゃあ、またね」
赤澤がそう言って去っていく。
夏休みの中盤、クラスの面々で近所の夏祭りに行く約束をしている。クラスメイトの中でも結構な数が参加するイベントである。猫田や真広も参加とあって参加を決めた。
赤澤と同じクラスになった時は絶望感に打ちひしがれたが、今となっては少し苦手なクラスメイトくらいの感覚になっていた。数年という歳月はそれほどまでに大きい。トラウマは少しずつ薄れている。
廊下を歩いていると青山に遭遇した。
友達らしき女子と仲良くおしゃべりしていた青山は俺の姿を見つけると近づいてきた。何故か浮かない表情をしている。
「……虹谷」
「ど、どうした?」
「あのさ、大会楽しみにしてるからっ!」
それだけ残して青山は去っていった。
青山とはテストが終わった後に一緒にゲームをした。その時、夏休みにGPEXの大会というかイベントがあるから一緒に参加しようと誘われている。真広がやる気満々だったので参加することになった。
浮かない表情をしていたと思ったが気のせいらしく、青山は快活な笑みを向けてあちこちに声を掛けていた。
あの日、いきなり青山が話しかけてきた時は心臓が止まりそうになったが、今となってはたまに一緒にゲームをプレイする間柄だ。まだ少し苦手意識はあるがそれだけだ。
靴を履き替えて正門に近づく。
正門付近には黒峰とその取り巻きがたむろしていた。記念撮影をしていたらしい。取り巻きの中にいる義妹に若干引いていると、俺に気付いた黒峰が近づいてきた。
「……夏休みもよろしく」
口元に薄っすらと笑みを浮かべた黒峰は颯爽と去っていく。
黒峰とはバイト先で会うことになるだろう。交際の噂が流れてから学校では喋っていないが、バイト中はちょくちょく世間話をする。バイトでは常に敬語なのでこうして学園でたまに声を掛けられると違和感が凄かった。最近は何だか思いつめた表情をしている気がした。
今の黒峰には違和感のほうが強くなってきている。
学園を後にして帰り道を歩く。
途中、マンションの側を通りかかると白瀬が立っていた。俺の顔を見ると近づいてきて。
「ごきげんよう」
「……どうも」
「ご近所ですし、夏休み中も顔を合わせる機会があるかもしれませんね。それでは、失礼します」
ぺこりと頭を下げて白瀬が去っていく。
特に夏休み顔を合わせる予定もないが、ご近所とあって偶然会う機会は訪れるかもしれない。
白瀬とは帰り道が同じとあってたまに遭遇した時は話をする。弟に恋人と勘違いされており、ある意味では一番気になっている存在でもある。
苦しめられた期間が短かったせいか、白瀬に対しての感情はそれほど強烈なものはない。相変わらず強引な奴という印象だ。
家の前に到着した。
ここで考えても仕方ないのはわかっているが、正直気がかりは多々残っている。
女神の仲が恐ろしく悪いこと、蓮司に対しての妙な態度、過去にあった猫田のやらかし、青山の骨折と配信者デビュー、黒峰のイメチェンと過去の暴力事件の噂、白瀬の家庭環境――
「俺がここで考えても仕方ないか」
頭の中を空っぽにして虹谷家の玄関を開ける。
「ただいま」
……
…………
………………
この時の俺はまだ知らなかった。
夏休みから始まる女神達の理解不能な猛攻と、その後に待ち受ける怒涛の展開を。




