第23話 4色の会議
期末テストを数日後に控えた六月末。
本来ならテスト勉強に追われるはずの俺は修羅場に遭遇していた。遭遇というのは少し違うだろうか。正確には修羅場の中央に立たされていた。
「終業式の挨拶するのは私だよ」
そう切り出したのは赤の女神、赤澤夕陽である。
俺にとって初恋の幼馴染である女が真っ赤な髪を揺らしながら立ち上がる。普段はアイドル然としているが、今の表情は険しい。
「ボクの役目だ」
そう返したのは青の女神、青山海未だった。
俺にとって親友だった少女はポニーテールを揺らしながら立ち上がった。快活な雰囲気は鳴りを潜め、真剣な顔つきである。
「……わたしが適任だろ」
静かに立ち上がったのは黒の女神、黒峰月夜。
俺にとって同じ傷を持つ仲間だった少女はポケットに手を突っ込みながら周囲の女神を鋭く睨みつける。
「わたくしが行うべきでしょう」
品がある起立をしたのは白の女神、白瀬真雪だ。
俺にとって元カノである少女は背伸びして周囲の女神達と身長を合わせようとしていた。必死に背伸びしても若干届いていない。
天華院学園が誇る【4色の女神】の声が会議室にこだまする。
……何故このような現場に立ち会っているのだろうか。
◇
このような状況になってしまった理由を説明するには時間を少し巻き戻す必要がある。
期末テストを間近に控えたその日、天華院学園は勉強ムードに包まれていた。それは俺も同様である。テスト直前の現在はバイトを減らし、放課後は勉強に力を注いでいた。
紆余曲折あった一学期も終わろうとしている。
生まれ変わったと自負していた俺の心をかき乱すような接触があった。しかしまあ、これは頭の片隅に置いておく。今は期末テストに全神経を集中したい。
下校時刻になり、帰宅しようと歩いていたら。
「あら、虹谷さん」
白瀬に遭遇した。
相変わらず小さい白瀬の今日の髪型はツインテールだった。見た目や幼い顔立ちとマッチしているが、若干あざとい印象を受ける。
こいつとはあの騒ぎ以来、初めての遭遇である。
弟君の件についてはあれから何も聞いちゃいない。今の俺が聞けるわけもないしな。気にならないといえば嘘になるが、今重要なのはテストだ。
「今帰りですか?」
「見ての通りだ」
「なるほど。ところで、今の虹谷さんはどう見てもヒマですよね?」
失礼な奴だ。俺はこれから家に帰宅して勉強しなければならない。そりゃ気晴らしで少しゲームもするが基本的には忙しい。
「実はこれから神会議があるんです」
「神会議?」
「定例会議みたいなものです。男神と女神が集まって行う会議です。月に一度行い、イベントなどの調整をする目的があります。もっとも、現在では女神専用の会議となりつつありますが」
「なるほどな。女神で集まって仲良く会議するわけだ」
適当に答えると。
「あの方々と仲良くするはずないでしょう!」
地雷だった。そういえば女神連中は仲が悪かったな。
理由は知らないけど面倒だな。
「そいつは悪かったな。で、会議に向かうんだろ。早く行ったほうがいいぞ」
「……虹谷さん、神会議に参加してください」
「どうして俺が?」
「実は本日、どうしても決めなければいけない事があるんです。前々から出ている議題なのですが、ちっとも解決の兆しがありません。女神全員と面識のある虹谷さんが決めてくれると助かります」
「面倒だからパス――」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
「行かねえって言ってるだろ!」
声を荒げると周囲からの周囲の視線が突き刺さる。
学園内での女神の力を忘れていた。立ち話をしているとあっという間に衆人環視になる。ここで断ろうものならよからぬ展開になるのは明らかだった。
抵抗は不可能だ。
「……わかった。行くよ」
こうして連行された俺は白瀬に連れられて会議室にやってきた。
会議室にはコの字の机があり、すでに他の女神達が着席していた。わざわざ離れて座っている辺りに関係がはっきりしている。連中は入室した白瀬を睨みつけた後、後ろから入ってくる俺の存在に驚いていた。
「虹谷君?」
「えっ、虹谷!?」
「……おっす」
赤と青と黒の女神がそれぞれ俺に反応する。
どうしてここに、と言わんばかりの女神達に向けて白瀬が微笑む。
「わたくしのお友達をお連れしました」
そう言った瞬間だった。会議室の空気がヒリついた。特に赤澤の目つきは人でも殺しかねないものに変化した。
訳がわからぬまま俺は席に座らされた。何故かコの字の机の中央に。
白瀬が座り、会議が開催される。
「では、始めましょうか。議題はずっと保留になっていた一学期終業式の挨拶です」
そして冒頭に戻る――
揉めている議題というのは一学期の終業式で生徒に向けて行う挨拶らしい。神の仕事であり、こいつ等は自分こそが終業式の挨拶をすると譲らなかった。
問題自体はそこそこ前から出ているそうだが誰も譲らず、結局今日まで伸びてしまったらしい。
「このように、わたくし達の話し合いはいつまでも平行線です」
誰も譲らないのを確認して、白瀬は息を吐いた。
「ですので、虹谷さんに決めてもらいましょう」
不意の提案だった。
「わたくしは聞きましたよ。虹谷さんは全員と顔見知りだと」
「だから虹谷君を連れてきたの?」
赤澤の問いに白瀬が頷く。
「どうせわたくし達が話し合ってもいつもみたいに揉めるだけです。挨拶の件は今回決めなければならないことですし、じゃんけんなどで決めると後々揉めそうですからね。わたくし達と面識があり、なおかつ転校生で推しが判明していない虹谷さんに決めてもらうのが適切かと」
全然適切じゃないだろ。
てか、そのために呼ばれたのかよ。
このお嬢様に突っ込んでくれ。部外者に決めさせるな、と。
「いいアイデアだね。白にしては」
「ボクも賛成。白のくせにまとも」
「……いいよ。白はくたばれ」
何故か女神達は自信満々で俺を見る。
どうするよ、これ。
こいつ等の顔は自分が選ばれて当然みたいな感じだろうか。これは誰か一人を選ぶと後で痛い目を見る奴だ。
打開策はどこにある。
全力で脳をフル回転させ、そして思い当たる直近の出来事。
「テストだ」
そう、期末テストである。
「期末テストの結果で一番成績が良かった奴が挨拶をするってのはどうだ。成績上位者はテストの結果が張り出されるはずだ」
天華院ではテストの上位30人だけが張り出される。
「学生の本分は勉強だ。テスト結果で勝負するのは公平のはずだ。これなら白黒がはっきりするし、文句はでないだろう。全員やりたいみたいだし、成績トップの奴が挨拶をするってことでどうだ」
提案に女神達の反応はといえば。
「なるほど、確かにそれなら勝ち負けがはっきりするね」
「いっ、いいよっ」
「……乗った」
「建設的な提案ですわ。我が校らしくていいですね」
こうして女神達の激闘の幕が開いた。
どうにかなったな。
役目を果たした俺が帰ろうとすると。
「……ちょっと待ってよ」
青山が何かに気付いたように。
「そういえば男神の奴が言ってたよね、話し合いがまとまったら自分に話すようにって。あいつも自分が挨拶したいとか言ってたっけ」
男神という言葉が出た瞬間に緊張が走った。
女神達の顔色は明らかに曇った。
……?
そういえば、男神には会ってないな。
一学期の間は神の存在感が薄かった。俺が引っ越してきたのは四月下旬で、一学期にはこれといったイベントはなかった。式典で挨拶をするとか、イベントで表彰をする神はあまり活躍しないのが一学期である。
「でしたら、彼にも参加してもらいましょう。恐らく乗ってくるでしょう。トップだった生徒が挨拶をするということで」
白瀬は苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
こうして期末テスト対決が実施される運びとなった。
翌日、男神が正式にテスト勝負に参加が決まり学校を挙げてのイベントとなった。




