第22話 白い接触後
学校からの帰り道、つい昔のことを思い出した。
トドメを刺され、心が潰れてしまった哀れ無川君はひきこもりになってしまった。
あの後、俺は母にこれまでのすべてを打ち明けた。気付けなくて申し訳ないと悲しそうにする母に申し訳なくなり、しばらく泣いた。その後すぐに田舎に引っ越すことになったわけだが、悪魔共から受けた傷は心を深くえぐった。
我ながらよくここまで回復したものだ。
その後の東部中学校での出来事については知らない。母も忙しかっただろうし、気を遣ってくれたのだろう。あえて情報を伝えてこなかった。
ただ、俺が蓮司に残した手紙だけは渡してくれたらしい。
……そういえば、蓮司はどこに進学したんだろうな。
転校してからは親友の蓮司との連絡も取っていない。母もそれから引っ越しをしたので恐らく繋がりはないだろう。そもそも蓮司は幼馴染ではあるが、親同士が友人というわけでもないし。
マンションの近くを通ると、白瀬が近づいてきた。
「今回はありがとうございました」
白瀬の顔は浮かなかった。弟を納得させたからといって問題が解決したわけではない。
あれからカフェでしばし話しても解決法は浮かばなかった。
「親父さんはやっぱりダメそうなのか?」
「無理でしょうね。父はこの程度で諦める人ではありません」
「……そうか」
しばらく俺はお友達にさせられたままか。
「諦めなかったらどうするつもりだ?」
「いずれ父の元から離れるつもりです。幸いにも稼ぎ口はあるのでそちらをメインにして、実家とは縁を切ろうかと」
親との確執について俺がとやかく言うことではないだろう。
「虹谷さんには迷惑をお掛けしました」
「……」
正直、白瀬に関しては未だにわからないことが多い。
こいつが悪魔なのは間違いないのだが、いろいろとはっきりしないところがある。
一度は好きになったわけだが、熱しやすく冷めやすいというかあの一件はそれほど尾を引くものではなかった。元々の関係性も薄かったので、転校してから思い出すことも少なかった。
二年前は様々な状況が重なってダメージ甚大だっただけだ。
冷静になって今思い返してみればあのイケメンと比べて当時の俺は男として遥かに劣っていた。根暗とイケメンを比べたら普通にイケメンと付き合うものだ。こっちだってブサイクか美少女か二択を迫られれば後者を選ぶわけだし。
で、二年後に聞かされた家庭の事情。
あの時、白瀬は自分を闇を抱えているといった。こいつにも思い悩むところはあったのかもしれない。
唯一気がかりなのはあのイケメンだ。
あの日、白瀬は本命の彼氏を連れて来た。
あいつは誰だったんだろう。
中学時代に婚約者騒動があったらしく、おまけに流れたらしい。あのイケメンとは仲睦まじい様子だった。あのイケメンが婚約者なら別れなかったはずだ。
とか考えていたら。
「これから弟と最後の話し合いをしてきます。今回はありがとうございました」
「え、あ、おう」
話し合い?
ストーカーとか言ってたのにおかしくないか。だったら最初から話し合いで良かった気がしないでもないし、デートしなくても俺を紹介すれば良かったはずだが。
「そうだ。弟からすればわたくし達は恋人同士ですし、よかったら紹介させてください。それで弟が虹谷さんを疑う可能性はゼロになりますよ」
「いや、止めておくよ」
露骨にシュンとした白瀬。
「……そうですか。では、失礼します」
そう言ってマンションのほうに向かう。途中で長身の男が出てきた。白瀬と楽しそうに喋っている。
俺は家路を歩きながらチラッとそちらを見た。弟は白瀬と違って長身だ。噂によるとかなりのイケメンらしい。どれどれ顔を拝んでやろうじゃないか。
……えっ?
その顔を見て俺は驚愕に目を開いた。
白瀬の弟はあの日、本命の彼氏として紹介してきた長身のイケメンだった。
どゆこと?
そもそも白瀬は弟が父親の手先だと言ってストーカー呼ばわりしていたはずだ。にもかかわらず、白瀬と弟君は仲が良さそうに話していた。イケメンと美少女が醸し出すその空間はまるでカップルのようにも映る。
これはアレか。
もしかして禁断の愛なのか?
頭の中にあった霧が晴れてきた。まるでパズルにピースをハメたように。
白瀬は実の弟とデキているんだ。婚約したくないのもそれが原因だ。二年前からイチャイチャしていて、俺と交際していたのは弟を嫉妬させるためだった。でもって、弟と無事に付き合えたから俺を切り離した。
……なるほど、辻褄があう。
親父さんと揉めていた理由もその辺りが理由だったりしたらどうだろう。父は禁断の愛を許さない一般的な人で、母は禁断の愛を貫こうとする自分の子供達の味方だった。その辺りが導線となってケンカに発展した。要するに実は父がまともで他がちょっとアレだったパターン。
そして、高校生になって白瀬にまたも婚約の話が持ち上がった。
父としては娘の幸せを考えて縁談を持ってきた。しかし白瀬はそれを許容できずにケンカして家を飛び出した。
――ここまでが俺と出会うまでの内容。
白瀬は裏で弟とデキているが、それを学園の連中に知らせるわけにはいかない。
そこで隠れ蓑として、たまたま転校生である俺に白羽の矢が立った。黒峰との噂の真偽を確かめるという名目で。
事情を知らない虹谷翔太と仲良くして、周囲には俺と白瀬がデキているように振る舞う。そして裏では弟と付き合っている。
つまり真実は父親の目を欺くために俺を利用した。ただ、唯一の誤算は俺が過去に無川翔太として利用していたことを忘れていたこと、そしてあまりにも俺の知能が高すぎたこと――
これなら過去から現在までのすべてを説明できる。
あれ、俺って天才か?
というよりも、計画がばがば過ぎる気がするぞ。
しかしあいつはポンコツなところもあったし、これはこれであり得るのかもしれない。
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらとぼとぼ帰宅した。途中、何もないところで転倒したのは俺のポテンシャルではなく単純に動揺していたからだろう。




