第20話 白い元恋人
迎えた土曜日。
何が悲しくて元カノとデートしなくちゃいけないのか。そもそも交際していた短い期間にあいつとデートしたことは一度もない。
愚痴っても仕方ないな。今の俺はあの頃の俺とは無関係の別人だ。それを貫かなければ。ボロを出すわけにはいかない。女神様とのデートを喜ぶくらいでなければ不自然だろうか。
というわけで、駅前。
待ち合わせの時間前に到着すると、そこにはすでに白瀬がいた。
初めて見る私服姿は新鮮だった。
あいつは目立っていた。通りすぎる人達は白瀬を見つめ、そのかわいらしさに驚いていた。ワンピース姿はとても清楚な印象を受けた。何度か声を掛けられていたが、白瀬はまるで相手にしていなかった。
「遅かったですね」
「時間ピッタリのはずだが?」
「デートでは十分前に到着するのが基本ですよ」
「そいつは悪かったな」
「まあいいでしょう。それで、まずはわたくしの服装などについて感想を述べてください。というより絶賛してください」
「似合ってるよ」
「……ありがとうございます」
白瀬は頬を赤く染めた。
外見はやっぱ可愛い。それだけは間違いない。
「虹谷さんもいい感じですよ」
「そいつはありがとよ」
「さて、それではこれからどうします?」
白瀬が問いかけてきた。
「俺が決めるのか?」
「デートは男性に任せるタイプなんです」
誘ってきたんだからおまえが決めてくれよとは思うが、こいつのプランに従うのも癪だったりするので受け入れた。
「なら、映画だな」
「無難ですね」
「うるさい。無難でもいいだろ」
がっかりしたような白瀬。
少々イラっとしたが、この程度で怒る俺ではない。
「……で、弟君には連絡したのか?」
「大丈夫です。恐らく付いてきているはずなので」
「ならいい」
会話も少なく映画館に向かった。途中で白瀬は何もないところで転びそうになっていたが、本人は地面に対してぶつぶつと文句を言っていた。
「さて、なにを観るか」
映画館前に掲示された上映中のポスターを眺める。恋愛系の映画が多い。最近流行りのアニメ映画もある。個人的にはアニメを推したい。
「言っておきますが、これは演技ですからね。恋愛映画を共に鑑賞して雰囲気に酔わせてワンチャンを期待されても不可能ですからね」
男女が抱き合っているポスターを眺めながら白瀬がジト目を向ける。
「安心しろ。そんな気はない」
「どうですかね。わたくしの魅力に堕ちない男性は少ないですから」
「自分で言うな。てか、おまえならこっちがお似合いだろ」
子供の悪霊が大暴れするホラー映画だ。悲惨な最期を遂げた子供が悪霊となり、幸せそうな子供を次々と襲っていく刺激的な作品。
長い期間上映されているタイトルで、残忍な内容で一世を風靡した。世間からの評価も高い。
「……わたくしなら、というのはどういう意味ですか?」
「似てるだろ。この悪霊と」
ポスターを指さす。
子役らしい悪霊の少女は白瀬と似た顔立ちをしていた。身長も多分同じくらいだろう。
「ほう、つまりわたくしが悪霊であると?」
「俺にとってはな」
「……」
「っ!」
無言で足を踏まれた。
「決定だ。絶対これを観るぞ」
「本気ですか?」
「本気だ。ほい、決定」
実は映画館に向かうと話していた時点で決めていた。
何故かって?
こいつがホラーを苦手としているからだ。お化けとか幽霊とか苦手としていたのは記憶に残っている。
「なんだ、怖いのか?」
「こっ、この程度のホラー映画にわたくしが臆するとでも?」
「声が震えてるぞ。まったく、見た目と同じで中身も子供――痛っ!」
再び足を踏まれた。
全体重をかけられた攻撃は想像以上に痛い。
「ふん、いいでしょう。この映画を楽しむとしましょう。楽しんでやるとしましょう。わたくしは余裕ですが、果たしてあなたは耐えられるんでしょうかね。ビビって涙目になっている様を楽しませてもらいましょう」
俺と白瀬は映画を共に観賞することになった
◇
「――震えは止まったか?」
呆れながら俺が口にすると、白瀬はぎこちない笑みを浮かべた。
「なっ、なんのことでしょうか? わたくしは震えてなんかいませんっ!」
映画館を出た俺達はカフェに向かった。学園の連中にバレないように少し距離のある場所だ。
こいつは予想以上に悲鳴を上げまくっていた。何度か気を失いそうになり、上映中は隣に座っていた俺の腕を何度も抱きつき、その度に逆ギレして睨みつけてきた。理不尽だ。
白瀬は注文したパフェに手を伸ばす。
一口食べると顔色が急変した。余程気に入ったのか、無言でパフェをばくばく食べ出した。俺はその姿を見ながら珈琲をすすった。
すると突然、白瀬がフッと笑いだした。
「どうした?」
「いえ、虹谷さんはおかしな方だと思っただけです」
「唐突に失礼な奴だな」
「だってそうでしょう? 口ではわたくしと仲良くしたくないみたいな発言をした割に、虹谷さんの行動はまるでデートを楽しんでいるように映ったものですから。先ほど笑っていましたよ。言動と行動が嚙み合っていない方だと思いまして」
不意打ちに心臓が高鳴る。一緒に映画を観て、カフェでお茶をする。傍から見たら完全にカップルだ。
しかも笑っていた?
ありえないだろ。いくら時間が万能薬だとしても俺はあの時のことを忘れていない。
「自分で自分の心が理解できていないみたいですね」
「っ」
「まあ、男子は好きな女の子に対してブスと言ったりして虐めてしまうこともありますからね。わたくしも過去に『チビ』とからかってきた相手に告白された経験があります。だから理解は示せますよ。本当はわたくしと親密になりたかったのですね。虹谷さんも可愛い所があるじゃないですか」
悪魔が何を言ってやがる。
俺は――
「別に全然楽しくないしっ」
「そうですか? わたくしはてっきり……っ」
白瀬のスマホが震えた。 内容を確認するとホッとした表情に変わった。
「進展があったのか?」
大きく息を吐いて話題を転換する。
「ええ、ばっちりです。今連絡が来ました。わたくしの言葉を信じてくれたみたいです。映画館に出入りしている姿を見て納得してくれたみたいですね」
「マジで単純だな。なら、作戦成功か」
「ひとまずは、ですね」
ひとまず?
不吉な言葉だな。
「これで時間は稼げるはずです。良かったですね?」
「どうしてこっちを見る。これで俺の役目は終わりだろ」
「いいえ、父はこれくらいで諦めるような人ではありません。虹谷さんと交わした契約は『問題を解決するまで』というものでした。根本的な問題の解決は父との関係に決着をつけることです。一度退けたくらいで父は諦めません」
「……」
何だよそれ。また騙し討ちみたいなマネしやがって。
ホラー映画ですり減らしたメンタルが回復したのか、白瀬は先ほどの恐怖に歪んだ表情とは一変して余裕の表情だった。
「これからも恋人のフリをお願いします」
「断る」
「契約破棄するつもりですか?」
「明らかに騙しただろ。無効だ」
「……そうですか。残念ですが仕方ありませんね。さすがにこのまま関係を強要するのは人としてどうかと思いますしね。わかりました」
提案してきた割にあっさり諦めたな。
「ですが、約束していた今後近づかないというのもナシですよ?」
「……マジかよ」
「安心してください。黒のように困らせるつもりはありません。ただこのように関わってしまった以上、我々は他人ではいられませんね。弟に交際している件を疑われたら困ります。今後は友人という形でどうでしょう?」
「……」
「あくまでも仲良くしすぎない程度を心がけます。あの悪魔達も似たような関係なのでしょう? わたくしだけがいけない理由がありますか?」
致し方ない。
俺が頷くと白瀬は小さく「……よし」と呟いた。
元カノと友達になってしまった。
しかしこいつえらく強引だな。誰かに友達の作り方教わったほうがいいぞ。そのやり方は絶対間違ってる。
「さて、改めまして友人の虹谷さん」
「なんだ?」
「強引な手段で関わったことは謝りますが、父との確執は本当です」
「結婚させられそうになったんだろ」
「それはあくまでも家出の原因です。父との関係はそれ以前から冷え切っていましたから。具体的には中学生の頃から」
冷え切ってたのか。あの頃はそんな素振りはなかったけどな。
女の子の思春期は激しいと聞く。父親と一緒のお湯は嫌とか、洗濯物はわけるようにするとか話を聞いたことがある。それが原因でケンカになる家庭もあるとかないとか。
「冷え切った原因は?」
「そちらも婚約騒動です。あの時は流れましたが」
さすがは社長令嬢だな。中学生の頃に婚約とか俺には想像もできない。
俺がこいつと付き合っていたのは中学二年生の冬だ。あの頃、その騒動があったのかもしれないな。
「それがきっかけでケンカに発展しました。姫宮女学院の高等部に進学予定だったのですが、父に逆らって天華院学園に入学しました。あの人の言いなりになるのが癪でしたから」
「で、ケンカは拡大してついに家を出て一人暮らしを始めたわけか」
「その通りです」
状況的にはお嬢様のわがままと、父親の横暴がぶつかった感じか。
「ちなみに母はわたくしの味方です。一人暮らしを始める際の手続きだったり、書類が必要なものを用意してくれました」
「それを弟君が連れ戻しにきたと」
「身内のごたごたで騒がせてしまい、申し訳ありませんでした」
白瀬は深々と頭を下げた。
状況は大体掴めた。そこでたまたま黒峰と騒動を起こしていた俺を発見し、あわよくば黒峰から転校生の票を奪い取れると思い声を掛けてきたわけか。
「根本的な問題の解決はどうするんだ?」
「だから今から作戦会議をしましょう」
「その会議に俺が参加する理由は?」
「お友達だからですよ。虹谷さん」
そうして作戦会議が始まった。
会議の内容はよく覚えちゃいない。ただ、白瀬に言われた『自分で自分の心が理解できていない』という言葉が頭に残った。




