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4色の女神達~俺を壊した悪魔共と何故か始まるラブコメディ~  作者: かわいさん
第1章 4色の接触

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第16話 黒い回想

 あいつとの出会いは中学二年の夏だった。


 通っていた東部中学校は近隣にある複数の小学校から生徒達が集まってくる。黒峰とは元々別の小学校だった。


 クラスも違えば部活も異なる両者に接点はなかった。


 その頃、俺は精神的に弱っていた。

 ストーカー疑惑のせいで周囲から腫れ物扱いされていたからだ。青山との関係も切れ、蓮司とも距離を置いていた。日々の生活に楽しさはなくなっていた。 


 教室に居場所がなかったので給食を食べ終えると別の場所に向かうようになった。

 

 最も多く利用していたのが図書室だ。


 利用者の少ない図書室だったが、必ず先客がいた。いつも俯き加減で本を読む地味な少女――黒峰月夜だった。


 お互いの間に会話はない。存在を認知こそしているが、話をする仲ってわけでもない。俺は図書室でラノベを読むだけの日々を送っていた。


 ある日、黒峰から声を掛けられた。


「……大丈夫ですか?」


 初接触はあっちからだった。


 胸を刺すような劣等感、流れる悪意のある噂によってメンタルが壊れていた俺は死んだ魚みたいな目をしていた。黒峰は元気なく項垂れている姿を見かねて話しかけてきたらしい。


「大丈夫だ。ちょっといろいろあってさ」

「そうですか」


 黒峰は言葉を切って小説に視線を移した。


「……そういえば、いつもここで会いますね」

「かもしれないな」

「本が好きなんですか?」

「多少は」


 気付くと会話する仲になっていた。


 会話と言っても事務的というか、挨拶をするだけの義務的なものだった。しかし毎日過ごしていると時少しずつ会話の内容が増えていった。


 黒峰はクラスに馴染めず、誰とも会話しない生活を送っていたらしい。その頃の俺と似たような生活だったので親近感を覚えた。

 

 ある日の会話が関係を急速に深めた。


「こんにちは、無川君」

「どうも」

「今日もラノベですか?」

「えっ、あの、そうだけど」

「その……良かったらどんな本か聞いてもいいですか?」


 黒峰が隣に座った。


 こんな積極的な黒峰は初めてで、違和感を覚えた。


「やめておくよ。あんまり女と話したくないんだ」

「……例の噂のことですか?」

「知ってたのか」

「はい、実はその件で少し話がしたくて」


 どうやら噂を聞き、あえて話しかけてきたらしい。


 学校では俺と赤澤が幼馴染であることは知られていない。赤澤の幼馴染は蓮司だけという話になっているのだが、友達がいない黒峰は流れている噂を断片的に聞いてらしい。そのため俺のことを「幼馴染に告白して失恋した後、諦めきれずストーカーのような行動をしている」と認識していた。


 実際に失恋したようなものだからあえて訂正はしなかった。


「あの……一緒なんです。わたしも幼馴染に失恋したんです」

「黒峰も?」

「はぃ。わたしなんて全然見てくれなくて」


 黒峰には初恋の幼馴染がいた。


 その恋は叶わぬ恋だった。相手にはすでに恋人がいて、呆気なく初恋に破れてしまった。


 そう、俺とあいつは初恋の幼馴染に失恋したという同じ傷を持っていた。


 さらに言えば失恋はしているものの告白すらしていないという共通点もあった。戦いすらできずに負け犬になった惨めな者同士。


「……仲間だな」

「……仲間ですね」


 それからというもの妙に気があった。


 傷を舐め合うように、昼休みは図書室で会話に興じた。


 黒峰は話してみると結構気さくだった。最初は内気で地味なイメージしかなかったが、意外とおしゃべりも好きだった。打ち解けるまで時間は掛かるけど仲良くなれば普通に話せるタイプだと気付いた。


「本当は結構激しい性格なんですよ?」

「見た目からは想像できないな」

「家族内では『内弁慶の月夜』って呼ばれてますから。ちなみにマジギレすると物を投げる習性があります。母とのケンカでティッシュ箱を投げつけてやったこともありますよ。お返しにお玉で殴られましたが」

「自慢っぽく言ってるけど痛いエピソードだな」


 世間話もするが、内容は大半はお互いの幼馴染についてだった。


「あいつは昔から可愛くてさ。天使だったな」

「あの人は昔からイケメンでした。王子様でした」

「昔は優しかったな」

「今でも優しいですよ」


 どれくらい好きだったのかという謎の初恋自慢合戦を繰り広げたのは今となっては黒歴史でしかない。

 

 自分でも当時の感情はよくわからなかった。赤澤に対してすでに興味はないと思いながら、初恋を忘れられなかったんだろう。学校のアイドルと幼馴染であると自慢したかったのかもしれない。


「えっ、無川君の幼馴染ってあの赤澤さん?」

「まあな」

「……そっか」


 それだけで伝わった。


 赤澤は有名だった。学校のアイドルとして名を馳せていた。


 彼女の相手といえば完璧イケメンであり、王子と名を馳せる犬山蓮司だ。どうあがいたところで勝ち目などあるわけがない。


「黒峰のほうは?」

「高校生ですよ」

「……歳上だったのか」

「うん。近所に住んでるお兄さんで、子供の頃から遊んでもらったの。優しくて、とってもかっこいいお兄さんだった」


 黒峰が想いを寄せていた相手は近所に暮らす当時高校生で、年齢は俺達よりも三つ年上という。


「お兄さんには恋人がいるんです」

「前に彼女持ちって言ってたな」

「うん。わたしのお姉ちゃん」

「……難儀だな」


 略奪しろとも言えない相手だった。


 兄と慕っている幼馴染と黒峰の姉も当然のごとく幼馴染であり、お互いが初恋で中学生の頃に結ばれたらしい。それからはバカップルよろしく所かまわずイチャイチャしていたそうだ。

 

「目の前でキスしてる姿を見たのは辛かったな」

「ご愁傷様」

「むぅ、なんか投げやりですね」

「と言われても困る。黒峰の姉さんとその兄さんが付き合ってるのも悪いことじゃないし、どっちも好き合ってるわけだし」

「……ですよね。祝福するしかなかったし」


 黒峰は二人を祝福しながらも密かにダメージを受けていた。


 もし、赤澤と蓮司が交際していたら俺も祝福しながら心を痛めただろう。


「お互い辛いな」

「そうですね」


 俺達は同じ傷を持つ者同士。


 互いに叶わない初恋をした。幼馴染でもなければ親友でもない。言うなれば仲間とか戦友という感覚を持った相手だろう。おまけに友達のいないボッチ同士だった。


 ……結果からいえば、俺達は仲間でも何でもなかった。



 秋が近づくと静かな図書室に変化があった。

 

 いつもなら誰もいない図書室に先輩の男子生徒が近づくようになっていた。イケメンで名前もそこそこ通っていた元サッカー部の男だ。


 興味がなかった俺は変わらず読書していた。男は別に騒ぐわけでもなければケンカを売ってくるわけではない。そいつの目的は一つだった。


 男は黒峰狙いだった。


 不安を覚えた。


 黒峰と仲良くなった後、いつも図書室で過ごしている理由を教えてくれた。あいつは過去にいくつかのトラウマがあった。


「あの先輩は知り合いなのか?」

「全然。最近話しかけられるようになったの。ちょっと目線が気持ち悪くて」

「困ってるなら注意するか?」

「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


 黒峰はそう言って気丈に振る舞っていたが、あの男に話しかけられた時は顔が明らかに曇っていた。


 この時の俺は迷っていた。あの男は黒峰狙いはではあるものの、力づくで迫るわけでもない。ただ図書室にやってきて黒峰に話しかけているだけだ。引き際もわきまえていた。利用者の邪魔にならない程度で去っていく。


 杞憂だったか?


 そう思っていたある日、不安は的中した。


 数日後の昼休み。いつものように図書室に向かうと黒峰があの男に絡まれていた。図書室には二人以外の生徒は誰もいない。恐らく誰もいないタイミングを狙っていたのだろう。


「放課後ヒマなら遊ばない?」

「……遊びません」

「部活引退して時間あるんだ。どっか行こうよ?」

「っ、離れてくださいっ」


 地味だったが黒峰の顔立ちは整っていた。そして発育が良かった。男の視線が胸元に向かっているのがよくわかる。


 俺だけが知っているあいつの弱さ。


 黒峰は小学生の頃から成長が早く、酒の席で酔っ払った親戚に胸を触られたことがトラウマとなっていた。以来、男が苦手になった。それでなくとも過去にいじめを受けていたあいつは人間関係を構築するのは下手だった。


 図書室に入った俺と黒峰の目が合った。


 仲間からのSOSを受け、助けに入ろうとした。


「なあ、いいだろ――」

「止めてくださいっ!」

 

 男が強引に腕をつかんだ瞬間、黒峰は真っ青な顔で暴れた。


「うわぁっ!」

「きゃっ!」

  

 大暴れした衝撃で男は本棚に背中をぶつけた。振り払った反動で黒峰もまた地面に転がった。


 直後、衝撃を受けた本棚からいくつかの書籍が飛び出した。

 

「――危ないっ!」


 咄嗟だった。

 

 降り注ぐ本の雨から黒峰を守るため飛びついた。仰向けで倒れる黒峰に覆いかぶさる。背中と頭にいくつかの本が直撃し、痛みが走った。


「っ、大丈夫か?」

「……」


 黒峰に声を掛けるが反応はなかった。どうやら地面を転がった際に頭を打って気絶したらしい。


 保健室に連れて行こうと考えたその時。


「どうした!?」

 

 本の落ちる音と大声を聞きつけて数人の生徒と教師が集まってきた。散乱した本と現場の状況を見て全員困惑していた。


 駆けつけた中にいたとある女子生徒が口を開いた。


「ちょっ、あのストーカーが月夜ちゃん襲ってるんだけど!」

  

 頭が真っ白になった。自分が周囲にどう思われているのか大々的に知りショックを受けたんだと思う。


 ……後のことはよく覚えていない。


 翌日、登校した俺を待っていたのは冷たい視線と教師からの呼び出しだった。


 俺は強姦未遂犯にされていた。


 あの時の女が黒峰を押し倒した犯人は無川翔太と言い触らしたらしい。無論、俺は自分の無罪を証明するために必死で弁解した。


 だが、あの現場を目撃した女子生徒の証言が強かった。また、黒峰にちょっかい出そうとしていた例の男も保身のためか女子生徒の話に乗っかった。人気があったイケメンの意見でますます不利な立場に追い込まれた。


 元々蔓延していた噂もあり、弁解虚しくあっという間に犯罪者扱いされた。


 肝心の黒峰はショックでしばらく欠席していた。


 この一件は表向きには証拠はなく、さらに未遂だったので事故という形で処理された。学校側としても問題にはしたくなかったのだろう。


 俺の無実を信じてくれたのは親友の蓮司だけだった。しかしあいつを巻き込みたくなかったので距離を開けることを提案し、独りになった。


 最悪の展開になったが、心のどこかに余裕があった。


 黒峰が証言してくれれば問題ない。あいつはわかってくれるはずだ。事情を説明してくれれば噂は消える。


 しかし数日後。

 

 登校した黒峰はなにも言わなかった。その件はすでに終わったかのように、俺が悪者という雰囲気を払拭しなかった。おまけに俺を犯人扱いした女といつの間にか友達になっていた。


 あいつの態度が決定打となった。


 無川翔太はストーカー行為をする最低野郎であり、さらに大人しい女子生徒を襲おうとしたクズ野郎だという新しい噂が流れた。


 その後はもう地獄だった。


 精神的にボロボロになっていた俺を待っていたのは青山からの攻撃だった。頭を打って病院に送りにされ、心と体に大きな傷を負って登校できなくなった。


 階段から転落した事件の後、突き落とされたことは学校に言わなかった。


 青山を庇ったわけではない。黒峰との一件で誰になにを話しても信じてもらえないと思ったからだ。この件に関しても証拠はない。


 ……俺は保健室登校を始めた。


 後のことは知らない。


 ただ、黒峰に言い寄って襲おうとしていた男は特に罰など受けた様子もなく楽しそうにしている姿を見かけた。そして、噂を流したあの女も黒峰と共に笑顔を浮かべているところを目撃した。

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