第14話 黒い噂
大々的に梅雨入りが発表されたその日。天華院学園ではある噂が飛び交っていた。
「翔太は聞いた?」
「黒の女神の噂だろ。知ってるよ」
流れていた噂は黒の女神に関することだ。
その内容は「パパ活している」だの「援助交際している」だのという下世話なものだった。
これは単なる憶測ではない。どうやら街中で大人の男と腕を組んで歩いている姿を生徒が目撃したらしい。仲睦まじい様子だったのでそういった噂が飛び交っているらしい。
「本当なのかな?」
「さあな」
昔のあいつは男嫌いだった。
少なくとも自分では男が苦手と言っていた。男が苦手になったエピソードも聞かされた。
しかし、それはあくまでも俺の主観でしかない。表では男嫌いと言いながら実は男大好きの肉欲に溺れまくった女だった可能性もある。あるいは俺が転校した後に心境が変化したのかもしれない。
だから判断がつかなかった。学園で見かけるあいつは外見も内面も昔と変化しすぎている。
「黒の女神と関わった経験がないからわからん」
「だよね。クラスも違うし」
「真広のほうが知ってるんじゃないか。あいつとは同じ中学校だったんだろ」
「あれ、僕と黒峰さんが同じ学校出身って言ったっけ?」
失態だ。
同じ中学だと直接聞いたわけじゃなかった。
「あっ、あれだ……前に4人中3人が同じ中学校とか言ってただろ。後は勘だ」
「そうだったね。うん、実は黒峰さんも同じ中学校だったんだ。白の女神様以外は同じ中学校だったんだよ」
「白以外ね、了解した。で、同じ中学出身ならわかるんじゃないか?」
真広は難しい顔になる。
「昔の黒峰さんと今の黒峰さんって違いすぎるんだよ」
「違うって?」
「見た目も中身も変化してるっていうか、全然別人になってるんだ。翔太が昔の彼女を見たら絶対驚くよ」
同じ中学出身の真広からもそういう認識だったのか。
だからこそ余計にわからない。バイト先で接触した黒峰は中学時代のあいつだった。まじめで地味な少女。
今朝、登校してくる時にたまたま見かけた黒峰はバイト先で出会った姿とは別人だった。
「情報を知りたいところだ」
「例の奴だね。了解」
待ってましたと言わんばかりに得意気な顔で真広が口を開いた。
「黒峰さんの支持層はかなり偏ってるね。塩対応されることに喜びを覚えてる人と、サバサバした女の子が好きなタイプ。それから不良っぽい人が黒峰さんを推してる感じかな。後は、長身でスタイル抜群だからそこが好きな人もいるかも」
「……なるほど」
納得はしてみたが、腑に落ちない点もある。
連中は【4色の女神】と呼ばれているが、俺にはあいつが他の女神と互角の得票数とは思えなかった。
学園内で見かける黒峰はサバサバ系とかクール系ってよりは単なる無愛想だ。
容姿に文句はない。整った顔立ちは同世代よりも大人びており、高身長も相まって美少女というよりは美女だ。制服を着崩し、ポケットに手を入れて歩いている姿は孤高の一匹狼という印象を受けて魅力的に映る。
美女には違いないが、男に好かれるタイプかと問われたら疑問が残る。
それに――
「特徴は男嫌いかな」
しばらくここで生活すれば情報は入ってくるものだ。
黒峰は男に対して塩対応だ。告白されてもばっさりと切り捨て、声を掛けられたら不機嫌全開の顔で対応する。男に対して一切の容赦がない。話しかけられて舌打ちすることもあるらしい。
頭がいいのは知っているが、あの性格が支持を集めるとは思えない。
「彼女の一番熱い支持層は女子なんだ」
「……女子?」
「同性に好かれるタイプなんだよ。裏表はないし、言いたいことを隠さずズバズバ言うし、メイクも上手でお洒落だしね。おまけにリーダーシップもあるから、女子からすると憧れの相手みたいな感じかな。男子には塩対応だけど女子には優しくて友達思いなんだ。聞いた話だと女子から告白された経験も何度かあるみたいだよ」
勘違いをしていた。天華コンテストでは男だけではなく女も投票できるわけだ。男性票ではなく女性票を多く獲得しているのなら納得だ。
学校での黒峰は男子に冷たくしているが、女子に対してはそうでもない。常に取り巻きがいる。女子の支持率だけでいえば赤澤や青山よりも遥かに上だろう。
バイト先が知られるのは困ると本人が述べていたのはその辺りが影響しているのかもしれない。
「男嫌いで女性支持が強いタイプか」
「ただ、噂のせいでどうなるかだね」
「……で、その噂の真偽については?」
「どうだろうね。判断が難しいよ」
「事実の可能性もあると?」
真広はしばし考えてから。
「中学三年生の春だったかな。黒峰さんは突然イメチェンしたんだよ。元々は印象に残らないくらい地味だったんだ。見た目だけじゃなくて性格まで変わっちゃって」
「……」
「今まで大人しかったのが嘘みたいに積極的になって、あっという間に学校の人気者になったんだ。その頃から男子が言い寄ってくると不機嫌全開で罵倒してたっけ。そんな姿に女子が惚れるって感じ。女番長みたいな位置づけだったかな」
男に塩対応で女番長?
聞けばますます人物像が霞む。劇的すぎるイメチェンは家庭の事情か、それとも男がデキたからなのか。
「変化に心当たりとかないのか?」
「あるといえばあるかな」
「あるのかよっ!」
「ただ、確証もないし大声で言えるような内容でもなくてね」
きょろきょろと真広は教室内を見回す。赤澤と猫田は前のほうで楽しくおしゃべりしている。それを確認すると、顔を寄せてきた。
「二つ心当たりがあるんだ」
「二つも?」
「一つは二年生の頃に広がった噂でね。ある男子に襲われそうになったとかそういう感じの噂。もう一つは三年生の春に流れた暴力事件の噂。友達とケンカして相手をボコボコにして、ひきこもりに追い込んだって言われてるね。その直後にイメチェンしてきたんだ」
その内容に俺は固まった。
前半については身に覚えがある。まさに俺があいつに裏切られた事件だ。だが、後半に関しては記憶にない。
「本当かどうかは不明だよ。噂になった相手はどっちも転校しちゃったから」
「……」
暴力事件まで起こしたのかよ。あいつマジで悪魔になっちまったのか。
「あれ、でも黒峰は女には優しいんじゃないのか?」
「だから余計にわかんなくてさ。アンチが流した嘘かもしれないし」
「……そいつはまた、謎だな」
聞けば聞くほど意味不明になってくる。
◇
噂の真偽は明らかにならなかった。
その日の夜、バイトが終わった俺はチャリを漕いでいた。
バイト先の黒峰は噂を気にしている様子はなかった。普段通りに接客をこなし、普段通り優しいバイトの先輩で、普段通りまじめな店員であった。今日は俺よりも一時間早く帰っている。
噂について知らないのか?
女子から人気があるなら知らされていそうなものだが、その辺りは聞かなかった。俺は黒峰の正体を知らないってことになってるし、聞くのもおかしい。
「寄ってくか」
帰り道の途中、無性にアイスが食べたくなった。
家に戻れば夕飯が用意されているが、ガマンできなくなってコンビニに立ち寄った。ついでにお菓子などを購入した。
店を出ると。
「……」
黒峰が父親と歩いていた。仲良く腕を組んで。
バイトが終わって一度家に戻って化粧をしたのか、学校向けの姿だ。何を話しているのか知らないが黒峰は満面の笑みだった。手には買い物袋を持っている。
二人はそのまま街中に消えていった。
「仲良く父娘デートか」
バイト終わりに迎えに来たこともあったし、相当仲がいいらしいな。
俺も早く自分の父親と打ち解けたいものだ。それなりに会話はできるが二人で出掛けるほど仲良しではない。一緒に買い物とかしてみたいもんだ。
――って、あの悪魔を羨ましがってどうするよ。
同じ傷を持つ仲間を裏切るような薄情な女が父親と仲良くしていたところで全然羨ましくなんてない。
チャリに跨り、家を目指してペダルを漕ぐ。
その最中、学園で蔓延している噂の内容を思い出す。
「……」
もしかして噂の真相ってこれか?




