第26話 天華祭
天華院学園最大のイベント。
文化祭――通称「天華祭」である。
初日は校内公開で、二日目は一般公開となる。全生徒だけでなく周辺の学生も注目する天華コンテストは初日の最後を飾る一大イベントだ。
朝、用紙が配られて全校生徒が投票を行う。その後、集計する先生方が頑張って夕方に結果が出る。
開票する様子は不正が行われないよう公開され、集計部屋に立ち入るのは自由となっている。記名投票なので誰が誰に投票したのか調べようと思えば調べられるのだが、開票作業の邪魔をしない程度にしないと怒られる。
未だに紙での投票を行う理由は不正の防止だ。過去に一度デジタル化されたが、不正が疑われたことから紙に戻されたという経緯がある。
登校した俺は男神と女神の欄に投票する人物の名前を書いた。最も可愛がっている後輩の男子と、最も可愛がっている義妹の名前を――
そして、天華祭が始まった。
俺は朝からクラスの出し物を手伝っていた。初めての天華祭にめちゃくちゃテンションが上がった。
転校前は田舎だったので文化祭も盛大なものではなかった。天華祭の盛り上がりっぷりに圧倒されながらも、全力でこれを楽しんだ。
我がクラスの出し物は模擬店だ。唐揚げと焼きそばを売っている。ありきたりな出し物ではあるが、クラスの仲間と協力して作り上げるのは最高の気分だった。
「――お疲れ様。そろそろ交代の時間だよ」
「おう。後は頼むぞ、真広」
「任せて!」
さて、休憩時間になった。
数日前から決めていた通り、目的の場所に向かって歩き出す。
その途中、正面から見知った顔が友達と会話しながら歩いてきた。
相変わらず他の生徒に比べて一回り小柄だ。しかし立ち振る舞いのせいか、あるいは自信に満ちているからか、彼女の姿は本来の身長よりもずっと大きく見えた。
「あら、翔太さんじゃありませんか」
「奇遇だな、白瀬」
声を掛けてきた白瀬は友達を先に行かせた。
「いよいよ天華コンテストだけど、調子はどうだ?」
「ええ、後は結果を待つだけですわ」
「自信ありそうだな」
「今年も女神の座はわたくしが頂きますわ」
自信に満ちているのも納得だ。
コンテストに向けて白瀬は精力的に行動していた。
家庭内のごたごたが片付いた白瀬は以前よりも前向きになり、笑顔が増えた。そのおかげか人気もアップしていた。
また、男神の最有力候補が弟の八雲君というのも大きいだろう。初の姉弟神誕生を望む声もちらほら聞こえる。
「わたくし、必ず女神になってみせますわ!」
「気合い入ってるな。頑張ってくれ」
「あ、あの、もし女神になったその時は――」
熱っぽい顔で何かを言おうとしたが、白瀬は次の言葉を発せずに口を塞いだ。
「いいえ、何でもありませんわ。既に決着しているのに後からごちゃごちゃ言って困らせるのは主義ではありませんからね」
首を振った白瀬は嘆息した。
「それでは。失礼しますわ」
「ああ、またな」
自信に満ちた小さな背中を見送った後、再び歩き出した。
しばらく歩いていると、ある人物を発見した。俺は嬉しくなって小走りでその人物に近づくと、声を掛けた。
「黄華姉さん!」
「おっ、翔ちゃんだ」
「今日は天華コンテストだね。自信はどう?」
「ぼちぼちだよ」
そう言いながら姉ちゃんは自信あり気に笑った。
赤澤に対抗する形で女神を目指した姉さんだが、前女神だけあってその人気は根強いものがあった。
昨年の噂に関して相手の正体が兄であると公表した。
その効果は凄まじく、あっという間に女神候補の大本命に名前が挙がった。最上級生唯一の有力候補であり、大人の魅力で高い支持を得ている。他の候補に比べると胸元のレベルが段違いだ。
「結果、楽しみだね」
「お姉さんが赤澤ちゃんをギタギタのボコボコにするから、期待して待ってて」
ギタギタのボコボコって、今時使う人いないでしょ。
「そ、そっか。応援してるからね」
「ありがと。じゃあ、また後で」
自信に満ちた姉さんを見送った後、今度こそ目的地に向かう。
到着した場所は一年生の教室だ。そこは喫茶店をやっており、室内に入るなり可愛らしいメイドさんが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「似合ってるぞ、紫音」
「あっ、お兄ちゃん!」
接客してくれた可愛いメイドこと、紫音が笑顔になる。
その声に反応した八雲君と目が合う。八雲君は礼儀正しく一礼してくれた。相変わらずの紳士っぷりである。服装が服装だけに本職に見える。
紫音のクラスは喫茶店だ。今や文化祭の定番となっているメイド&執事カフェだ。
是非とも来てほしいと紫音から頼まれた。俺としてもメイド姿の紫音を見るのが楽しみだったので必ず来ると約束していた。
紫音も休憩時間になったので、一緒に昼食を取りつつ世間話をした。
「今日はいよいよ本番だな」
「本番といっても、特にやることはないんだけどね」
「まあな。で、感触はどうだ?」
「初めてだからわからないかな。けど、お姉様のためにも必ず女神になる!」
コンテストに向けて紫音も頑張っていた。
慣れない作業ながらも自分を売り込み、多くのファンを魅了していた。俺も紫音の支持を呼び掛けた。少しは効果があったと思いたい。
確かにライバルは強力だ。今年の有力候補は女神経験者ばかりで、知名度的には大きく劣っているのが現状だった。頑張って活動していたのはよく知っているので、何とか成果が出てほしい。
「コンテストも楽しみだけど、初めての文化祭を楽しむつもり」
「そうだな。俺も楽しむとするよ」
「というわけで、早速いろんなところ回ってみるね」
紫音は立ち上がると、友達らしき女子生徒に手を振った。
「おう。行ってらっしゃい」
「行ってきます、お兄ちゃん!」
緊張していたら解そうかと思ったが、あれなら大丈夫だな。
その後、桃楓のところに顔を出した。楽しく会話していると、あっという間に休憩の時間が終わった。
再び戻ってきた俺はせっせと唐揚げを作った。作業自体は午前と変わらないのだが、午後のシフトは少しテンションが下がった。
「……」
「……」
接客の担当が赤澤だったからだ。
赤澤とはあの日以来、ロクに会話をしていない。何となく距離があった。衝撃の事実を知ってしまったせいもあるだろう。
「――翔ちゃん。私、女神になる」
それは、俺にだけ聞こえるつぶやきだった。
「凄く頑張ってきたから」
「……知ってるよ」
あの日から数日は赤澤が死体みたいに元気がなかった。
しかし急にやる気を出し、女神の座を獲得するために本気で動き出した。学園のアイドル様の人気は相変わらずで、当然今年も有力候補である。
「女神になったら話したいことあるの」
「お、おう」
それ以上の会話はなかった。何の話かわからないが、何となくここで内容は聞かないほうがいいと思った。
その後、俺も赤澤も黙々と仕事をこなした。
そして――
初日終了を告げるアナウンスが流れた。
◇
天華祭初日が終了した。
普通の学校なら生徒達が「寂しい」とか言ったり、帰り支度をする奴が出るところだろう。だが、ここにそういった生徒は誰もいない。文化祭初日の本番がこれからだと皆がわかっているのだ。
片付けを済ませると、俺は待ち合わせ場所に向かった。
「――悪いな、片付けに手間取った」
謝罪の言葉を口にしながら近づくと、お喋りしていた少女達がこっちを向いた。
「気にしなくていいよ。黒峰と話して時間潰してたから」
「……こっちは疲れたけどね」
「酷くない?」
「冗談」
目の前で青山と黒峰が笑い合う。
これから天華コンテストが行われるわけだが、俺は彼女達と共に観戦することになっている。
「ねえ、翔太」
「どうした?」
「ボク等を誘ってくれた嬉しいけど、桃楓ちゃんは放っておいていいの?」
青山が不安そうに聞いてきた。
「心配無用だ。明日は一緒に回る予定だからな」
「天華コンテストは?」
「紫音のお供をするってさ。心細いから付いてきて欲しいって頼まれたらしい」
「……そういえば、あの子達って最近いつも一緒だよね」
「どうも気が合うみたいだぞ」
つい一週間ほど前、俺は桃楓と付き合いだした。
交際を始めてからそれなりにイチャイチャしているわけだが、最近の桃楓は紫音と行動を共にすることが多くなっている。
付き合ってすぐに紫音に紹介した。というか、桃楓と俺が同時に天華コンテストを辞退したのであっさりバレた。
紹介して以来、あっという間に意気投合して仲良くなった。今では互いに親友と呼び合うくらいだ。
「あのさ、もしかして浮気を疑われたりしないかな?」
「浮気?」
「ほら、桃楓ちゃんって重い子でしょ。女子が翔太に話しかけようとしたら露骨に牽制するっていうか、絶対近づけないようにするじゃん」
「大丈夫だ。というか、今日のこの面子も桃楓の提案だからな」
俺がそう言うと、青山と黒峰は目を瞬いた。
4色の女神――
俺を苦しめてくれたその存在が今日で終わる。桃楓はその終焉を見届けるべきだと提案してきた。狙いはわからないが、ある種のケジメみたいなものだろうか。
それに、桃楓は青山を結構信頼している口ぶりだった。「海未さんが一緒なら大丈夫です。黒峰先輩と二人きりにならないでくださいね」とか怖い笑顔で言ってきたし。
「気にしてなかったけど、今日でボクも女神じゃなくなるのか」
「……全然興味が無かったから忘れてた」
などと話をしていたら、集計の結果が出たというアナウンスが流れた。
「それじゃ体育館に行こうか」
俺達は体育館に向かった。
体育館はすでに多くの生徒で埋め尽くされていた。出遅れた俺達は体育館の隅っこに寄った。途中、蓮司の奴が猫田と楽しそうに会話をしている場面を目撃したが、空気を読んで声を掛けるようなことはしなかった。
間もなくして、ステージの上に生徒会長が立った。
男神と女神のせいで印象は薄いが、この学園には生徒会長も存在している。眼鏡を掛けた一見地味系の女子生徒だが、意外とノリがいい人物なのは周知の事実だ。
『では、只今より天華コンテストの結果を発表しまぁーす!』
メインイベントが幕を開けた。




