第25話 虹色の答え
「これでよし」
気絶した赤澤を部屋に運び、安堵の息を吐いた。
気を失っただけで特に問題はなさそうだ。万が一の事態になったら後味が悪いというか、さすがにそこまでは望まない。
……この部屋に来るのも久しぶりだな。
運び終えた後で部屋をぐるりと見回した。壁に飾ってある写真に視線を向けると、そこには俺の姿があった。
小学生時代に中学生時代、こっちに戻ってきてからの写真もある。一応断っておくと、盗撮とかではない。戻ってきてからの写真もクラスメイトと夏祭りに行った際に記念撮影したものだ。
「ホント、馬鹿ですよね」
写真を見た桃楓がつぶやく。
「翔太兄さんの写真に向かって毎日ぶつぶつ言ってるんですよ。謝ったり、好意を伝えたり、何年もそれを繰り返しているんですから」
本気で俺のこと好きだったんだな。
だったらあんなことをしなければ――
そこまで考えて首を振る。性癖とかほざいていたからどうしようもなかったのだろう。赤澤夕陽には是非とも性癖がフィットするお相手を見つけてほしいものだ。甘い奴と言われるかもしれないが、幼馴染としてそれくらいは願っておこう。
「お姉ちゃんに合う人が見つかってくれればいいんですけどね」
同じ感想を漏らした桃楓の顔を見る。
「どうしました?」
「赤澤のこと、もっと嫌ってると思ったから意外だった」
「どうしようもない馬鹿でも、お姉ちゃんなので」
「……昔は仲良しだったもんな」
「私としては翔太兄さんを諦め、前を向いて歩いてくれれば仲良しに戻れると思っています。性的嗜好がとても歪んだ人ですが、その一点さえなければ自慢のお姉ちゃんですからね」
赤澤を見つめながら桃楓は続ける。
「お姉ちゃんは凄い人なんです。誰よりも可愛くて、人付き合いが上手くて、運動も勉強も得意で、私とは正反対です。自慢の姉でした。あんな性癖さえなかったら今でも憧れの人なのは間違いありません」
あのカミングアウトの後だと説得力に欠けるが、発言に嘘はない。
赤澤が学園のアイドルなのは疑う余地がない。
ルックスだけじゃない。コミュニケーション能力が高く、学力はトップクラスだし、運動神経だって良い。体が弱かった桃楓に読み聞かせとかしていたし、面倒見のいい姉だったのも良く知っている。
元々万能ってわけではなかった。昔は暗い子で、運動も得意ではなかった。その裏には並々ならぬ努力があったはずだ。それを間近で見ていた妹としてはあの性癖は俺以上にショックだったのかもしれない。
……これ、俺が存在していなかったら理想的な姉妹だったのでは?
まっ、そこは仕方ないってことで見逃してもらおう。あれが性癖ならいつかは発覚していたはずだし。
「さあ、そろそろ出ましょうか」
「おう」
人の部屋にあまり長居するのも良くない。俺達は赤澤の部屋を出た。
最後の最後で特大の爆弾が投下されたけど、話し合いは終わった。
長かったようで短かった【4色の女神】との因縁もひとまずは区切りだ。達成感みたいなものはなかったが、胸の奥にあったトゲは抜けた気がした。まあ、最後に別角度からトゲが刺さった感じがしてすっきりはしないけど。
余韻に浸っていると、部屋の扉を閉めた桃楓が背を向けたまま口を開いた。
「あの、翔太兄さん」
「どうした?」
「先ほどの件で言っておくことがあります」
先ほどの件?
「私達の関係です」
「ああ、俺達が付き合っているって話か」
話に乗っかったことは後悔していない。
桃楓の言うとおり、あのままだと赤澤が暴走していた可能性がある。今後付きまとわれるのも嫌だ。嘘を吐いてしまったが、状況的に仕方なかった。
「お姉ちゃんは執着心が強く、諦めが悪いです。普通なら絶対に身を引くこの場面でも、チャンスがあれば何度でもアタックするでしょう。恐らく、私と翔太兄さんの関係を疑えば間違いなく迫ってきます」
「……かもな」
その点について俺は断言できないが、身内の桃楓が言うならそうなのだろう。
桃楓が振り返った。口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「仮定の話をしましょう。お姉ちゃんの目が届くところで私と翔太兄さんの接触が少なかったら、果たしてどうなるでしょう?」
「どうって――」
まあ、関係を疑うだろうな。赤澤からしても妹である桃楓のことは誰よりも知っているだろうし、距離感で怪しまれる可能性は高い。
あれ、ちょっと待て。
「気付きましたか。話を合わせた時点で翔太兄さんは今後、私と恋人の距離感でいることが求められるんです。怠ればお姉ちゃんに迫られるかもしれませんよ?」
「っ」
ここまで計算していたのか。
善意で助け舟を出してくれただけだと思っていた。裏にこんな狙いがあったとはな。恐ろしい子に育ったものだ。
「お姉ちゃんほど歪んだ性格ではありませんが、執着心と想いの強さはお姉ちゃんよりも上だと自負しています」
桃楓は歩き出した。
向かった先は一階のリビングではなく、同じく二階にある桃楓の部屋だった。促されて俺も後に続く。桃楓の部屋に来るのも数年ぶりだ。
「どうぞ」
「えっと、お邪魔します」
部屋は昔と大きく変わっていた。
あの頃は全体的に無機質で、生活感のない部屋だった。それが今は可愛らしい小物だったり、動物のぬいぐるみがあったり、全体的にピンクっぽい印象を受ける女の子らしい部屋に変貌していた。
「……」
俺の視線はある場所に釘付けとなった。
机の上に置かれた大きめのボード一面に俺がいた。
正確に言えば、俺の写真がボード一面に貼られていたというべきだな。写真の数は赤澤の部屋よりも多かった。
「私の宝物です。残念ながら現在の写真はありませんけど」
「……」
「翔太兄さんが帰ってきたことを黙っていたお姉ちゃんはやっぱりずるいです。実は先ほど夏祭りの写真を見て、イラっとしました。夏祭りに行くと言っていたあの日、妙にテンションが高いと思ったらそういうことだったんですね」
口を膨らませて不満そうに言った桃楓はその後、何かを思い出したように机の引き出しから小さな宝箱を取り出した。
「宝物は他にもあるんですよ。これは幼い頃に翔太兄さんがくれた消しゴムです。こっちは翔太兄さんがラムネを飲んだ時にプレゼントしてくれたビー玉です。それからこっちは――」
宝箱からは幼い頃に俺がプレゼントしたらしい品々が出てきた。全然覚えていない。多分、いらないから適当にあげた物ばかりだ。
満面の笑顔で品々の説明をされ、俺は困惑した。
「どうしました?」
「いや、あの……突然の出来事に驚いてるところだ」
桃楓は苦笑した。
「確かに突然でしたね。お姉ちゃんの話は終わったし、折角家に来てもらっているので積極的にアピールしようと焦りました」
「アピール?」
「はい。私達が再会してまだ日は浅く、告白の返事をする材料は少ないはずです。だから、少しでも気持ちを知ってほしくて」
言われてみれば桃楓と再会してからまだ間もないな。
再会直後も赤澤と黄華姉さんが揉めていたから落ち着いて会話できていなかった。連絡先は交換したけど、俺の頭は赤澤との話し合いで一杯だったので世間話とかそういうのもなかった。
「それに、嬉しくて」
「嬉しい?」
何がだろうか。
「この品々を保管していた時は自分の気持ちを伝えられる日が来ることは永遠にないと思っていました。だって、全部知っていたので」
「……知ってた?」
「翔太兄さんの気持ちです。ずっとお姉ちゃんに夢中でしたよね。私のお見舞いに来たというのは単なる口実で、お姉ちゃんに会いに来ていたのも気付いていました。ちょっと辛かったけど、おまけでも私は嬉しかったです」
事実なので否定しない。
当時の俺は素直になれないガキだった。好きだった赤澤と遊びたかったのに「桃楓のお見舞いに来た」と言い訳しながらこの家を訪ねていた。
「二人が何事もなく関係を深め、男女のお付き合いしたのなら私は自分の気持ちを殺して祝福していたでしょう」
桃楓はそこで言葉を止め、再び口を開いた。
「でも、お姉ちゃんは自滅した。私はこのチャンスを逃しません。何より、ポッと出の女共に翔太兄さんを盗られるのは我慢できませんからね。釘を刺した白瀬さんも相変わらず危険だし、天塚先輩も注意が必要です。大丈夫だと思っていた黒峰先輩もちょっと怪しい雰囲気です」
白瀬に関しては桃楓の懸念通りだ。俺に好意を持っていると言っていた。黄華姉さんのほうはどうだろう。あれは一時的な気の迷いだと思うし。
そして、黒峰にそういう気配はなかったけど。
「……心当たりがあるって顔してますね?」
桃楓がジト目でこっちを見ていた。
「っ、いや、特にないぞっ!」
「まあ、確かに今は大丈夫かもしれません。ですが、今後はどうでしょう。何かのきっかけでやる気になったりすることはあるものです。天塚先輩以外は翔太兄さんを傷つけた相手なので、私としては絶対負けるわけにはいきません!」
それから桃楓はいかに俺を好いているのかを長々と伝えてくれた。
途中からは思い出話に変わり、二人して盛り上がった。赤澤との一件が終わったことで俺も気が楽になったのか、楽しくお喋りできた。
気付けば結構な時間が経過していた。
「いい時間だし、そろそろ家に戻るよ」
「はい。答えは文化祭の一週間前まで待ちますので」
「赤澤の問題も片付いたし、真剣に考えられるよ。桃楓の気持ちはよくわかったから。気持ちを伝えてくれてありがとな」
――
――――
それから数日後、告白の返事をした。
自分の性格はよく理解しているので長引くと思っていた。しかし、意外にも悩むことはなく答えはあっさり出た。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ラスボス戦も終わり、4色の女神達も残すところ数話となりました。
本編は6月中に完結します( ;∀;)
エピローグというか、本編完結後のヒロインの閑話についてはもう少し時間が必要かと思います。よろしければ最後までお付き合い頂ければ幸いです。




