第21話 赤い親友と虹色の友達
どうして猫田が謝るんだ?
意味がわからず、頭にハテナマークを浮かべる。
「謝られるようなことは何もないと思うのだが」
「っ」
「むしろ 猫田には感謝しているぞ」
「……感謝?」
恐る恐るといった感じで猫田が顔を上げた。
「ほら、中学の頃の話だ。あの噂について教えてくれただろ。俺が赤澤夕陽に付きまとっているという噂だ。あれを教えてくれたおかげで助かったんだ」
その言葉に猫田は青い顔になった。
反応があまりにも予想外だった。もしかしたら俺はおかしなことを言っているのだろうか。
「えっと、少し話を聞いてくれるか?」
「う、うん」
猫田の反応が気になったので、当時のことを語った。
中学時代の俺は何も知らずに生活していた。初恋相手である赤澤に冷たくされて意気消沈していたが、それ以外は特に何もない平和な日々を送っていた。
状況は徐々に変化していった。
何となくクラスメイトから避けられている感じがした。それは日に日に顕著になっていった。
不思議に思っていたところで猫田が登場して、俺が赤澤のストーカーをしている噂が流れていると教えてくれた。
それを聞いてから、慌てて赤澤と距離を置いた。
しかし噂はすでに広まっており、平和な日々は壊れてしまった。ただ、すぐに赤澤と距離を置いたので事件らしい事件は発生しなかった。もし何も知らずにそのまま過ごしていたら赤澤ファンから襲撃されていたかもしれない。
だから、情報を提供してくれた猫田に恩義を感じていた。
語った後でチラッと蓮司のほうを見る。
蓮司は意味がわからないとばかりに首を振っていた。多少申し訳なさそうな顔をしているのは先ほどの失言があったからだろう。それに関しては後で責めるのでじっくり反省しておいてほしい。
「……違うの」
「違うって何が?」
「あの噂を流したのは、うちだから」
「えっ!?」
猫田が流しただと?
「どういうことだ」
「今度はうちの話を……聞いてください」
「お、おう」
そして、猫田は語り始めた。
「うちと夕陽は中学に入ってから出会って、すぐに意気投合した」
それは良く知っている。間違いなく赤澤と猫田は親友同士だった。
「あっという間に仲良くなって、親友って呼び合うようになった。夕陽のことは何でも知っているつもりだった。でも、一つだけわからないことがあった」
猫田は俺を見る。その瞳にはいつもの快活さがなかった。
「どうして無川と一緒に登校してるのか謎だった。無川と夕陽は学校じゃ全然喋らないのに、何度か一緒に登校してるところを見かけた。事情を聞いても夕陽は笑うだけで答えてくれなかった。だからその、付きまとわれてるって思って――」
なるほど。
俺達が幼馴染だと知らなかった猫田は、俺があいつのストーカーをしていると勘違いしたのか。
「夕陽は優しいから、何も言えないと思ってた」
「……」
「だからうちが親友を守らなくちゃって」
親友を守るために猫田が行ったのは俺がストーカーだと噂を流すことだった。噂を流せば俺が引き下がると考えたらしい。
しかし中々離れないから、しびれを切らして直接教えた。作戦は上手くいき、俺はあいつから離れていった。
わざわざ噂を流すという手段にしたのは、直接言って暴走するのが怖かったからだという。当時の俺と猫田は仲良しではなかった。下手に刺激したら何をするかわからなかったから、噂を流すという方法を取った。
「……そうだったのか」
衝撃的な真実だった。
「うち、勘違いしてたの」
「勘違い?」
「……夕陽は、無川のことを嫌いだと思ってたから」
「いや、それは勘違いじゃないだろ。俺自身もそう思ってたし、実際その通りだったからな。あいつには何度も苦しめられた」
あいつは間違いなく俺を嫌っていた。その一点だけは間違いないと断言できる。態度やら言葉でそれは伝わってきた。
「うちもそう思ってた。けど、ホントにそうなのかな?」
猫田は納得していない様子だった。
「どういうことだ」
「はっきりしたことはわからない。仲直りしてからも無川のことは怖くて聞けなかったから。でも、夕陽は無川のこと大切な幼馴染って言ってた」
大切な幼馴染ね。
とてもそういう感じではなかったけどな。
「……罪悪感があったから適当言っただけじゃないか?」
「噂を払拭しようとする夕陽の姿はとてもそういう感じには見えなかった。確かに罪悪感はあったかもしれないけど、無川の株を上げようとしてた。あの必死の姿は嘘じゃなかったと思う。うちに対しての怒りも本物だったし」
ふむ、言われてみれば確かにそうかもな。
勘違いしていたけど、赤澤と猫田がケンカしていた原因は蓮司じゃなくて俺だったみたいだし。
でも、中学時代のあいつを思い返したら無理があるだろ。どう見てもあいつは俺が大嫌いで仕方ないといった様子だったぞ。
考えていると、猫田が小さく息を吸った。
「えっと、これでうちの話は終わりです」
「……」
「あれは全部うちの勘違いというか、早とちりでした。それで無川の悪い噂を広めて……本当にゴメンなさい。今さら謝ったところで意味がないってわかってるけど。ゴメンなさい!」
話し終えた猫田は震えながら頭を下げた。
正直なところ、今の話を聞いて怒るとか、裏切られたという気持ちはなかったりする。
俺にとってあれはすでに終わったことだ。猫田の言うように今さら意味がない。噂を流した張本人が猫田というのは衝撃だったが、当時の状況からすればその行動には一定の理解を示せる。
赤澤と学校で喋っていなかったのは事実だし、一緒に登校していたのも事実だ。あの状況では勘違いしても無理はない。
俺は親から一緒に登校するように言われていたが、事情を知らない奴からすれば学園のアイドル様が一人になる登下校を狙って行動を共にしようとしていた奴に映るのも無理ない。そりゃストーカー疑惑も出るだろうよ。
「顔を上げてくれ」
「……」
「先に言っておくが、俺は怒ってないぞ。猫田に対して何かするつもりもないし、この話を広めるようなマネもしない」
「えっ?」
「確かにビックリはした。でもさ、猫田が何も言わなくても似たような感じの噂は広がってたと思うんだ」
あの頃から赤澤にはファンが多かった。
一緒に登校していた俺を羨んで悪い噂を広めようとした輩は絶対にいたはずだ。実際、あれだけ早く噂が広がった背景には積極的に広めた奴がいたはずだ。
「俺は猫田と友達のつもりだ」
「っ!」
「この学園に転校してきてから、猫田のことを隣の席からずっと見てた。おまえが悪い奴じゃないのはよく知ってるつもりだ」
転校生である俺に対して猫田は優しかった。
仲直りを手伝ったから好感度が高かったのはあるだろう。それでも、猫田の存在には大いに助けられた。転校当時は【4色の女神】が本物の悪魔に見えていたし、少なからず同級生の女子に対して恐怖みたいな感情があった。
だが、猫田のおかげで円滑な新生活のスタートが切れた。居心地のいい高校生活になった一因は猫田にあるといっても過言じゃない。
そういった意味で贖罪は終わっている。
「で、でも――」
「それに、罰だって受けたからな」
親友である赤澤とケンカしたのも俺との一件が原因だった。
親友とケンカして、クラスでも孤立していた。十分に罰は受けているだろう。これ以上は酷ってものだ。
蓮司のほうを見ると、やれやれという感じの表情をしていた。
「まっ、翔太がいいなら俺は何も言わないさ。あの時は俺も自分のことで手一杯で何もできなかったからな。猫田が噂を流したってのは驚いたけど、あっさり広まったってことは多くの奴らが似たような感情を抱いていたからだろうしな」
全くもって同意見だ。
元凶はそう勘違いさせるような態度を取ったあの女だ。大体、あいつの頭の良さなら噂になることくらい想像できただろ。本当に俺のことを大切な幼馴染だと思っていたなら自分から離れていってほしかったよ。
「今の俺にとって猫田はクラスメイトで、友達だ」
「……」
「これからも仲良くしてほしい。もし、罪悪感があるのなら今後の生活をフォローしてくれたりしたらありがたい。俺の親友はどうもポンコツだからな」
不貞腐れたような「うるせえ」という声が聞こえてきたけど無視だ。
「……うん、わかった。ありがとね、虹谷」
猫田は三度頭を下げた。
思わぬ事態になったが、あの噂の真相を赤澤と話し合う前に知れて良かった。実は噂の出どころは気になっていたことの一つだったから。
――
――――
そして翌日、赤澤夕陽と対面を果たす。




