第19話 黄色い決意
不意に発せられた言葉にドキッとした。
「……っ、冗談だよね?」
戸惑いながら口にすると、姉さんは値踏みするように俺を見た。
「この間の一件まで意識したことなかったけど、翔ちゃんってかなりの好物件だよね」
「えっ」
「性格は昔から知ってるから問題ないとして、外見はあの頃に比べて凄い格好良くなってる。運動神経は抜群だし、テストの結果から学力の高さもわかる。噂で聞いたけど、今年の男神候補だってね。ってことは、将来性もばっちりってわけだ」
憧れの人に褒められて気分は良い。
努力を認められている感じがして誇らしくもあるのだが、俺はそこまで大層な男じゃないと思うけどな。
圧倒的な候補が辞退したから男神候補に名前が挙がっているだけだし。
「前に話したと思うけど、わたしの好み覚えてる?」
「もちろん」
黄華姉さんに恋心はあったけど、告白はしなかった。
告白しなかった理由はいくつもある。当時ボロボロだった俺は自分が姉さんみたいな女神と釣り合うはずがないと思っていた。
ただ、理由はそれだけじゃない。姉さんの好みについて聞いたことがあったのも気持ちを伝えなかった理由の一つだったりする。
「年上が好みって言ってたよね」
「正確には頼れる素敵な男性かな。大人じゃなくて、頼りがいのある大人っぽい感じの人が好きなの」
姉さんはグイグイ引っ張ってくれる頼りになる男が好きだと言っていた。年下の俺など論外だと思って行動に移せなかった。
「今の翔ちゃんは頼りになりそうだなって。顔だけじゃなくて体のほうも立派になったもんね。いつの間にかわたしよりも背が大きくなってるし、体もがっちりしてる。それに、こっちが地元ならいろいろなお店を知ってるでしょ。新しい場所に連れて行ってくれそうだし、そういう意味でもポイント高いなって」
確かに俺は成長した。
それは断言できるのだが、姉さんを引っ張っていく場面など想像できない。頭の中で軽く想像してみたが、浮かぶのは元気な姉に引っ張られる弟君の図だった。
「今の翔ちゃんならリードしてくれると思うんだけどなぁ?」
姉さんは妖艶な笑みを浮かべた。
……これはどっちだ?
わからない。揶揄う目的で言っている可能性もあるし、本気という可能性もあったりするのかもしれない。姉さんはたまにお姉さん風を吹かせながら揶揄って来るけど、今までにこういう恋愛を匂わせる感じではなかった。
どうする?
さっきは黙っていたが、桃楓から告白されたことを伝えるべきだろうか。いやしかし、さすがに桃楓の気持ちを勝手に喋るのは最低すぎる。
というか、仮に姉さんが本気だったらどうするんだよ。
桃楓と姉さんのどっちかを選ぶとか俺には無理だぞ。ただでさえ赤澤姉妹のことで頭がパンクしそうなのに。
状況を処理できずに沈黙していると。
「……もしかして、赤澤桃楓ちゃんから告白でもされた?」
「っ!」
どうしてそれを?
「あっ、ホントにされたんだ」
何故か聞いてきた姉さんのほうがビックリしていた。
「え、いや、どうしてわかったの?」
「何となくだよ。わたしの言葉が本気かどうか気にしながら、頭の中で誰かを気にかけてる感じがしたから。恋人がいるなら言ってくれるだろうし、それなら告白されて返事待ちかなって。この間までそういう相手はいなかったみたいだから、可能性があるとしたら桃楓ちゃんじゃないかなって」
俺がわかりやすいのか、姉さんが鋭いのか。
「……そっか。告白されたのか」
つぶやいた姉さんは深々と息を吐いた。
「さっきの話を聞けばあの子翔ちゃんに惚れるのは当然だよね。それにしても手が早いというか、再会してすぐとか本気度がわかるね。きっと、翔ちゃんを目の前にしたら我慢できなかったんだろうね」
「……」
「でも、あんな可愛い子に告白されたのに浮かない顔なのはどうして?」
桃楓のことはすでにバレてしまった。だからってわけじゃないが、姉さんに相談したくなった。
「悩んでるんだ」
「悩む?」
「桃楓は俺のこと恩人っていうけど、ホントに何もしてないんだよ。だから、申し訳ないっていうか複雑な気持ちでさ。それに好意と恩義がごちゃごちゃになってるかもしれないから、何というかソノね」
この数年は会っていなかったわけだし、桃楓の中で俺という人間が完璧超人にでもなっていたら後々が怖い。
むしろ絶対そうなっている気がする。
「付き合った後で幻滅されるのが怖い?」
「……まあね」
「気にしなくても大丈夫だよ」
「えっ」
「桃楓ちゃんは本気だから。あの時、わたしの手を払った彼女の目を見ればわかるよ。少なくとも、あの子は本気で翔ちゃんのこと好きだと思う。わたしのことを恩人って言ってくれる翔ちゃんの目とは少し違ってたから」
そうなのだろうか?
俺にはよくわからないが、他ならぬ姉さんの言葉ならそうなのかもしれない。いやでも、しかしな――
むむむ、と唸っていたら笑い声が聞こえてきた。
「急にどうしたの?」
「可愛いって思ってさ」
「っ」
「さっきの言葉は撤回するね。将来的にはわからないけど、やっぱり今の段階だと可愛い弟って気持ちのほうが強いかな。昔のイメージもあるんだろうけど」
俺からしても黄華姉さんは優しくて頼れる姉だ。今も昔もその印象は変わらない。
姉さんが笑ってくれたことで先ほど漂っていた変な緊張感がなくなった。さっきのは冗談というか、俺が頼りにならないと思ってくれたらしい。
「――わたしも頑張らないと」
「頑張るって?」
恐らく姉さんのそれは音量からして独り言だったろうが、気になったので聞いてみた。
「ああ、今後のことを考えてるんだよ。いつまでもお兄ちゃんを追いかけてても虚しいだけだからね。新しい恋を探そうかなって」
「……新しい恋」
「そろそろ踏み出してもいい頃だと思ってるんだ。お兄ちゃんの結婚式から少し不安定になってて、家族にも変に心配かけてるから。翔ちゃんに偉そうに言ったけど、わたしも大人にならないと」
そう言った姉さんの顔は決意に満ちていた。
「わたし、女神を目指してみる!」
「女神を?」
意外だった。
姉さんは立ち上がると、窓から遠くのほうを見つめた。
「新しい恋をするだけじゃない。相手は良い男じゃないと。そのためにも女神の称号って便利だからさ。前に女神やってたからわかるけど、女神目当てに近づいて来る男子は多いんだ。近くの大学生とかも天華院の神制度は知ってるだろうし、良い男をゲットするためには女神の地位も役に立ちそうでしょ?」
確かに女神の称号は大いに役立つだろう。
「あっ、理由は他にもあるよ。翔ちゃんの話を聞いたらますます赤澤ちゃんを女神にしたくないって思ったんだよね。あの子が学園で最高の女子生徒って称号を持つのは許せなくなっちゃった」
姉さんの視線は鋭くなる。
……後者のほうが本命の理由かな。
長い付き合いなのでわかったが、何も言わなかった。
「ケンカはしないでよ?」
「しないよ。ただ、正々堂々コンテストで勝ってわからせてあげようと思って。翔ちゃんの仇はお姉さんが討ってあげるからね」
「いや、俺は生きてるから」
姉さんは子供っぽく笑った。ホントにどこまで本気なのか。
「応援してるよ、姉さん」
「ありがとね、翔ちゃん」
そう言って手を伸ばしてきた姉さんだったが、途中で手を止めた。
「どうしたの?」
「いやね、翔ちゃんに彼女が出来たらって考えちゃったんだ。ほら、頭を撫でると怒られるかもしれないでしょ。だから、これで頭を撫でるのは最後かもって」
「大丈夫だよ。きっと」
俺にとって黄華姉さんは本当の姉みたいなものだから。
口には出さなかったけど、想いは伝わったらしい。頭に伸びる手はあの頃と同じで、俺の体は自然と姉さんが撫でやすい姿勢になっていた。




